第2話 君は誰?


 事態がうまく飲み込めず、激しい動揺が頭の中を巡る。



(誰? なぜ私の舞台に……? オーケストラは?)



 少年はかなり恵まれた顔立ちをしていた。

 こんなに呆けた顔をしていても、それさえも魅力と受け取れるほどに、将来有望な端整さだ。


 こんな状況で全く余裕もないはずなのに、却ってそんなどうでも良い感想が漏れてくる。



(あれ? でも、なんだかおかしい。)



 初めて見る顔のはずなのに、何故か懐かしさを感じるのだ。



 そう、私は――椎葉伊佐子はこの顔を知っている。でも記憶の底にしまわれた「彼」はもっと大人びていたような……。



(どこで見た? どこで……?)



 必死に記憶を手繰り寄せようとした瞬間、ドッと堰を切ったように流れ込む膨大なイメージに襲われる。


 これは、記憶――自分以外の誰かの?いや、これは「わたし」自身の記憶だ。



 そう、これは「今」のわたし――月ヶ瀬つきがせ 真珠しんじゅの生まれてから五年分の記憶。


 驚いた顔でこちらを凝視するピアノ少年は、月ヶ瀬つきがせ 穂高ほたか 7歳。2つ年上の真珠の兄だ。


(そう、この驚いた顔のスチルには覚えがある……。)


 伊佐子の記憶がその絵を導き出す。


(スチル? ……あれ⁉ どういうこと?)


 ヒュッと息を吸う音が自分の口から生まれる。



 ピアノの前に座る「今」のわたしの兄・穂高は、どう見ても生身の人間だ。が、伊佐子の記憶に残る二次元の絵が何故か彼と繋がる。



 自分がプレイヤーとして操作した「主人公」の演奏に驚いた場面で見せた攻略キャラ・月ヶ瀬穂高の顔にそっくりなのだ。



 伊佐子の記憶が知る穂高よりもかなり幼いが、間違いない。


(攻略キャラって……、こんな時に何を言っているんだ? 夢でも見ているの?)


 伊佐子は自分の残念な思考を封じ込めようとする。


(だって、いや、でも、これは現実で……)


 もう一人の幼い「わたし」が、困惑の渦に飲み込まれそうになる。



 流れ込む記憶と共に激しい頭痛が再び「わたし」を襲う。



 演奏は止められない。何があっても悟らせずに平然と弾き切らねばならない。


 それが演奏家が演奏家たるための矜持だ。



 その思いは、幼い真珠としててはなく、バイオリニストとして生きてきた伊佐子のプライドだ。



 けれど、意識を失っていく感覚が身体を支配する。



(今度こそ本当に倒れてしまうのか……)



 抗うこともできず、咄嗟に楽器を守ろうと身体が自然に動く。



 同時に、兄が「今のわたし」の名前を焦った声で叫ぶ。



「真珠!」



 ――と。




 自分の身に何が起きたのか全く分からないまま、わたしの頭は混乱でキャパオーバー。


 激しい動悸も始まり、視界の端に駆け寄ろうと手を伸ばす兄を認めたが、わたしはその手を掴むことなく舞台に倒れていった。




 暗転した視界のなか―――


 (夢を見ているのだろうか?)


 伊佐子である「私」が疑問を投げかける。





 (これは現実なの?)


 真珠である「わたし」が途方に暮れる。




 自分の身の上に起きたことが全く理解できない。


 

 何処か遠くで、悲鳴と、騒然とした空気の揺らぎが生まれる。


 そのざわめきを聞きながら「私」と「わたし」は完全に意識を手放した。




 月ヶ瀬真珠――以前プレイしたことのある乙女ゲーム『この音色を君に捧ぐ』の悪役令嬢の名前だ。




 わたしは「今」何故かその名前で呼ばれ、真珠として生きてきた記憶を持っている。



(これは……どういうことなのだろう?)



 2つの思考が、怒涛の如く頭の中を暴れまわる。


 頭痛は更に激しさを増していった。








【後書き】


読んでいただき、ありがとうございます!

今後期待してる、頑張れよ、と思っていただけましたら、最新話の下部の【☆☆☆】にて評価していただけると、大変嬉しくおもいます。ブクマもしていただけると嬉しいです!


ありがとうございます(*´ω`*)

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