朝は夜を追いかけて
6日目。
封筒で指示された砂漠にたどり着いたフェネックを待ち受けていたのは、にわかには信じがたい、信じたくない状況だった。
「フェネック、ごめんなのだ。」
赤と黄色の箱は蓋が開け放たれ、唯一しまっている黄色の箱の上にはアライさんが座っていた。
「今日の分は、全部この黄色の中にあるのだ。」
時は少し戻り、早朝。
もう完全に早起きには慣れ、すっきりと目覚めた。
雪山の旅館ということもあり、朝はとても冷え込んでいた。こう寒いと、流石のアライさんも布団から出たくないのだろう、とても静かだ。
「アライさーん、そろそろ起きないとー。」
起こそうと思い、アライさんの布団を見るが、そこにはすでに姿はなかった。
代わりに、「先に行ってるのだ。」とだけ書かれた書置きが残されていた。
まずい。もし今日総取りされたら…
いや、総取りならばむしろ都合がいいのだが、1番都合が悪いのは…。
砂漠にたどり着いたフェネックが目にした状況そのものである。
赤と青の箱の中身はすべて黄色の箱に移された。昨日、雪山で赤と黄色の箱の中身を取り出したフェネックでは、その黄色の箱を開けて中身を確かめることもできない。
せめて、移した先が青の箱であれば…。
「ごめんなのだ、フェネック。」
「…なんで謝るのさ。」
「昨日の夜、フェネックがどこかに行くのを見かけたのだ。気になって追いかけて、フェネックが別な箱を開けてるのを見ちゃったのだ。」
「…見つかっちゃったかー。だから、黄色の箱に入れたんだね?」
ばれてしまった以上、もう何を言っても無駄だろう。
「でもねアライさん。確かに今日、私はその箱の中身は取れない。でも、明日は?」
「明日?」
「明日になれば、私は全部の箱を開けられる。アライさんは今、初日の3袋、3日目の2袋、4日目の1袋で6袋。対して私は2日目の3袋、3日目の1袋、4日目の2袋と昨日の2袋。合わせて8袋。あと3袋で勝ちが決まるんだよ?」
「…それがどうしたのだ?」
「わからないの?アライさんは明日、赤と青を開けられない。黄色の箱だけじゃ、どう頑張っても、10袋までしか取れないんだよ。」
この日、アライさんが黄色の箱をとれば最終日は開封不可で9袋。開けずとも新しい1箱を足して10袋。過半数には満たないため、アライさんの勝ちはない。
ばれたと思って焦ったが、冷静に考えれば、もう勝ちは決まっているではないか。
「謝るのは私のほうだよ、アライさん。ごめんね。勝つのは、私なの。」
「…何を言ってるのだ?アライさんは明日、この色の箱を開けられれば勝てるのだ。」
「アライさん、いくらなんでもそれはでたらめが過ぎるよ。」
「…じゃあ聞くのだ。フェネックは、今まで残してきた箱全部を取りに行けるのか?ちなみに明日は海辺なのだ。」
アライさんは封筒を差し出した。
内容はこうだった。
7日目の箱の設置場所は海辺となります。
また、明日は最終日のため、精算作業及び勝敗の判定を行います。
精算場所はサバンナの箱設置場所付近となります。日没までにお越しください。
海辺…これまで残してきたサバンナ、高山、雪山を回収しつつ、海辺の箱をとることは確かに現実的ではない。…が、不可能ではないだろう。今から出発して、とりあえず雪山と高山の青い箱を回収できれば。
「取りに行くよ。そのための『早起き』だからね。」
それだけを言い残し、フェネックは急ぎ足で回収に向かった。
最終日。
精算場所がサバンナであることを考え、海辺に先に向かうことにした。
昨日、両者とも青の箱を開けてしまっているため、1袋だけ回収できずに負債となるが、引き分けにできればそれでいいだろう。
…仮にアライさんがいなければ、黄色と赤の両方をとれれば、過半数で勝ちになるが。
淡い期待の通りになるはずはなく、案の定、アライさんは海辺の箱の前で待っていた。
「待ってたのだ。…全部、回収できたのか?」
「何とかね。」
「…すごいのだ。さすがフェネックなのだ。負けたのだ。今日の分は全部取っていいのだ。」
「えっ?」
「フェネックも、青の箱を開けられないのは知ってるのだ。でも、1個づつ開けて、引き分けなんて…、ちゃんと負けにしてほしいのだ。」
願ってもない話だ。が、そうまで言われてしまっては逆に開けづらい。
「勝っても負けても、借金に変わりはないから、せめて引き分けにしようよ。」
「それは嫌なのだ。…本当はフェネックに勝ちたかったのだ。勝って見返したかったのだ。最近、自分が情けなく感じていたから。」
「アライさん…。」
「でも、結局最後までまともな案は見つからなかったのだ。フェネックが回収できなくなることに賭けるしかなかったのだ。」
「でも…。」
アライさんだって頑張っていたじゃないか。最後は本当にピンチだった。
「引き分けに…」
「ダメなのだ。ちゃんと負けさせてほしいのだ。」
「…。」
しぶしぶ、フェネックは黄色の箱を開けた。
帰り道、会話はほとんどなかったが、サバンナが見えてきたところでアライさんが放った「ありがとう」が妙に心に引っかかった。
サバンナに着いたころには、空は赤から黒へのきれいなグラデーションだった。
1日目、すべてが始まったあの箱の前にはフウチョウの二人がいた。
「君たちの仕業だったのかー。」
「うーん、そうだけどそうじゃないっていうか…」
「カンザシ。…コホン、ちょっと早いけど、準備ができていれば精算するよ?」
「じゃあ、お願いしようか。」
「そうするのだ。」
精算するため、2日目の分を保管していた1日目の黄色の箱を開ける。
が…。
「無い!?」
「どうかしたのだ?」
「ここに入れてた3袋が、ないんだ。」
「…。」
「アライさん?」
徐々にアライさんの肩が震え始める。
「フフッ、ごめんなのだ、フェネック。それならここにあるのだ。」
そう言って、アライさんは青の箱を開けた。
「アライさん!?それは開けたら…」
「問題ないのだ。」
現にフウチョウたちも、特段何かをしようという空気はなく、アライさんを見つめている。
「どうして…」
「だましてごめんなのだ。昨日開けてなかったのは、黄色に見せかけた青い箱なのだ。」
「どういうこと?」
アライさんは3色の紙を取り出し、フェネックのほうへ投げた。
「それを貼ってたのだ。博士たちに頼んで用意してもらったのだ。」
「黄色と青を入れ替えて…?」
「そうなのだ。あとは時間がないと煽って、フェネックが雪山や高山に行くようにしてサバンナに来るまでの時間を稼いだのだ。うまくいったのだ。」
「いつからこの箱に入ってるって気付いていたの?」
「フェネックを信じてたのだ。アライさんが思いつくことを、フェネックが思いつかないはずはないのだ。」
「アライさん…。」
「結果、アライグマ様、13袋。計65000枚。フェネック様、8袋。計40000枚。よって、アライグマ様の勝利となります。回収分との差額の12500枚を賞金として贈呈いたします。そして、フェネック様には回収分との差額、12500枚をお支払いいただきます。」
「賞金分、全部フェネックの支払いに充ててほしいのだ。」
「アライさん!?」
「フェネックに勝てただけで十分なのだ。楽しかったのだ。」
アライさんのすがすがしい顔は、こちらの気分まで晴らしてくれた。
これだから、アライさんだから、朝でも夜でも追いかけてしまうのだろう。
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