第十一話 【誰も知らない世界の歴史】
「――ありがとうございます」
「いえ。あの試練の後――それもあんなに無茶をしていたのなら、どんな超人であっても疲れるでしょう。ましてあなたは人間です。それに、疲れた状態ではまともなパフォーマンスはできませんからね」
「……まさか、今度はあなたと戦え、とか言うんじゃないでしょうね?」
フィラと名乗った自称神様の言葉に、警戒を隠さずに訊ねた。
質問を肯定された瞬間に戦闘へ移れるよう最大の警戒を払う。
しかし、フィラは申し訳なさそうな表情で謝った。
「すみません。そう言うつもりではなかったんです。ただ、この後の話に集中してもらいたかったもので……」
「ああ、なるほど……すみません、変な勘繰りして」
「あの試練の後ではそう考えてしまうのも仕方ありません。こちらの配慮不足です」
互いに謝罪をし、一度空気を切り替える。
「もう大丈夫です。それで、話と言うのは何でしょう?」
「はい。まずは試練の報酬なのですが――」
「――試練」
「? 何か?」
「あ、いえ。何でもないです、続けてください」
「……そうですか? では――」
最後の試練以外、真面に攻略できた覚えがない。
故に、「報酬なのですが」の後のセリフを聞くのが少しだけ怖かった。
「では改めて、試練攻略の報酬――挑戦者、綾乃葵に“天恵”を授けてもいいと言った天使は、“希望の天使”以外の全員です」
「……マジですか?」
「マジです」
驚き敬語も忘れてそう尋ねた俺を、フィラは調子を合わせて肯定してくれた。
正直、六つも貰えるのは想定外だった。
「理由を――あ、いや、いいです。次行きましょう」
「そうですね。外のことで気が気でないでしょうし、また話す機会もあるでしょうから、そこでお話しすることにしましょう。では次に、最終試練攻略の報酬です」
「それにも報酬があるんですか」
「勿論です。あの試練を超えた先にある報酬が、
報酬が渋い、なんてセリフをまさかリアルで聞けるとは思わず、少しだけ驚いた。
ゲームなどをしていて良く聞くセリフを、異世界の――しかも神様が言うなんて、誰が想像できるだろうか。
「俺みたいな神様への信仰心が薄い人ならともかく、この世界の住人なら神様に会えただけで十分な報酬になると思いますが」
「この世界の人々は、空想上の神より現実にいる英雄を神聖視しがちですので、私に会えたから~が通じる人間は数少ないでしょうね。そもそも人類が皆、神を信仰しているは限らないでしょう?」
「……確かに」
フィラの言葉に納得する。
文化の違いやらはあるとして、少なくとも日本と言う国では数多の宗教があり自由に選択できても、敬虔な信徒はそんなに多くないように思う。
もちろん、暮らしていた場所の違いもあるだろうし、知らない場所では敬虔な信徒もいるのかもしれないので一概にこうと断言はできないが。
「では話を戻しまして、第八の試練の攻略報酬なのですが、“私が神としての力を使わない範囲での自由なお願い”をあなたに与えます」
「……随分と、気前がいいんですね」
「神の力を使わない願いなどたかが知れていますよ。それに、継続的なお願いや、人魔大戦を終わらせる、などの時間のかかるお願いも容認しかねます。あとは世界のバランスを壊しかねないお願いも」
「やっぱり色々と制限があるんですね」
「神様なんて、基本的に傍観しかできないんですよ。地上に介入すれば、簡単にバランスを崩してしまいますから」
あまりに破格だった報酬に、制限があってよかったとホッとする。
無償の好意ほど怖いものはない。
少し違うが、それを身を以って知っているからこその安堵だ。
「じゃあ、結愛の記憶を元に戻すとかできます?」
「……いや、それは難しい。あれは彼女が自分の身を守るために失ったものだから、私の介入が良い方向に転ぶとは限らない。彼女自身が戻したいと思うまで、待つのが一番だと思うよ」
どうしてもと言うなら戻すけど、というフィラの優しさを、言い出しっぺながら丁重にお断りする。
そんな前置きをされていやそれでも! なんて勇気はない。
「……あ。ってことは、結愛の記憶……あれって戻るんですか?」
「戻るよ、大丈夫。たださっきも言ったけど、その為には彼女自身の変化が必要だからね。尤も、失われた記憶の大半である君が傍に居続ければ、いずれは戻ると思いますよ」
「本当ですか!?」
フィラが優しげな笑顔で頷く。
その首肯が、この塔に来てから一番嬉しいものだった。
結愛は永遠にあの状態じゃない。
忘れられたまま一生を終える可能性が潰えたわけではないが、逆も然りだ。
「なら、早く戻りましょう! あなたの言っていた話って、これじゃないですよね?」
「え? あ、うん、そうだけど……最後の試練の報酬は――」
「――今はまだ決められないんで、また後でお願いするって出来ますか? さっき言ってましたよね? 『あとで会う機会もあるでしょう』って」
「……そうですね、わかりました。こちらの事情に巻き込んでしまったので、そのくらいの融通は利かせてみせましょう」
フィラの寛容な言葉に感謝する。
今更だが、フィラは神様という感じがしない。
何というか、近所のお姉さんと言う感じだ。
幼馴染でもなく、かといって顔見知りというだけの間柄でもない、絶妙な距離感のお姉さん。
もちろん、神様なんてやっているだろうから“お姉さん”なんて歳ではないのだろうが。
「……何か失礼なことを考えていますね?」
神様なら心の声を読めるのかとも思ったが、存外そうではないらしい。
確信はない、されど疑いしかない瞳で見据えられた。
フィラの勘がいいのか、あるいは単に表情に出やすいのか。
「――そんなつもりはないのですが……それで、話とは?」
女性に対して年齢の話はタブー。
それが神にも適応されるのかは気になるところではあるが、今は一刻も早くあちらに戻りたいので話を進める。
「そうでした。あなたが初代勇者の遺志を継いだのであればいずれは直面する、人魔大戦の始まりとその終結の話になります」
「人魔大戦の始まり……」
興味がなかったわけじゃない。
実際、詳しい歴史を調べようとしたこともある。
だが五千年もの歴史――歴史と言っていいのかは不明だがともかく。
長い年月があるにも拘らず、その始まりがどんな書物にも書かれていなかった。
「そうです。あの大戦は、一人の――」
「……?」
そこまで言って、フィラは言葉を切った。
その様子は、言い淀むという単語が当てはまりそうで。
言葉を選ぼうとしているようにも見えた。
「……一人の人間が起こした、反逆と怒りの大戦です」
「人間が起こしたって言うのは……?」
「言葉の通りです。魔人の裏にいるのは人間。人間が魔人を使い、人間と戦っているのです」
「……まさかとは思いますが、その人って今も生きてます?」
「はい」
淡々と告げられるそれは、到底受け入れがたい。
人間が人間を倒すために五千年もの長い間、暗躍し続けている。
なるほど、それなら確かに、昔の人々が何も残さなかったのは理解できる。
相手が魔人であり、魔人は人間とは違う。
故に、倒すべき相手だと、そう教えるのは人相手よりは簡単だろう。
けれど、そう簡単に信じられないのも事実だ。
「……いや、だって五千年も経ってるんですよ? 人間がそんなに長い間生きられるわけが――」
「事実です。現に、大戦は続いています」
「それは、ほら。一回でも大戦が起こればあとは復讐心で連鎖するとか、そういうのでは?」
「いいえ。その人間は最初の大戦からずっと、魔人の指揮を執っています」
この世界はファンタジーの世界だ。
魔術があったり、エルフやドワーフ、吸血鬼などの長命種がいたり。
そう言う世界だからこそ、寿命を延ばす魔術があるのかもしれない。
俄かには信じがたい話だが、あってもおかしくはないだろう。
「……まぁ、じゃあそれが嘘じゃないとして、それで俺にどうして欲しいと?」
「その人間を倒して欲しいのです。それが初代勇者の遺志を継ぐことにもなります」
「本当ですか?」
「はい。あとで初代勇者の記憶を確認していただければわかることです」
記憶の確認。
夢の中で初代勇者と会った時のような確認の仕方か、普通の記憶と同じように引き出せるのか。
どちらにせよ、神様がそう言うのならできるのだろう。
「ちなみに、倒すってのは……殺すってことですか?」
「いえ。戦い、勝つだけで構いません。あとはこちらでどうにかします」
「……神様はそう簡単に世界に介入しないのでは?」
「世界の歴史を悪い方向へ変えた人間です。世界の悪と言っても過言ではありません。神が介入する理由としては十分だという判断です」
「……そうですか。まぁ、俺は神様じゃないんでわかりませんが……事情はわかりました。殺さなくていいなら多分できます」
未だに人の形をした生き物を殺すことができない。
殺さなければ自分や、結愛などの大切な人たちの命に関わるような状況にでも置かれない限り、きっと変わらないだろうと思う。
人を殺してはならない、という常識的な教えがそうさせているわけではない。
精神的な弱さが、その一歩を踏み出させてくれない。
「話はそれだけですか?」
「はい。これからあなたをカノン神聖国へ送ったすぐ後にも関わりのあることですので、聞いていて欲しかったのです」
フィラから聞いた、人魔大戦の歴史の話。
天使が第八の試練で言っていた、神聖国の首都が侵攻を受けているという話。
その二つが繋がると聞かされれば、誰だって理解できるだろう。
「――すぐお願いします」
「はい。身勝手だとは存じていますが――世界のこと、お願いします」
最後に、フィラは申し訳なさそうに頭を下げた。
それを薄れゆく視界で捉えながら、実時間一日未満。
体感は一週間以上の濃密な体験をした天の塔を後にした。
* * * * * * * * * *
フィラによる転移魔術を受け、よく知る久しぶりの感覚を経て初めて視界に捉えたのは、白い霧のようなものだった。
霧の奥には海のような青が広がっている。
それを認識したと同時、体が浮遊感に襲われた。
「なッ――」
『カノン神聖国に送る』とフィラは言っていた。
なるほど確かに。
地図上では間違いなく神聖国内だし、詳しきく見ても首都カノンのど真ん中だろう。
尤も――
「――なんで空中なんだぁアアアアア!!!???」
――高さもちゃんと地上と言うわけではなかったが。
感じた浮遊感は文字通り宙に放り出されたことで感じたもので。
覚悟は愚か考えもしていなかった想定外を前にして、慌てるなと言うのが無理だ。
「いや落ち着け大丈夫だ。空中でも動けるだろ俺」
人間は空中で動けない。
だからこそ、空中で動けるようにと靴に空気を射出する魔術を刻んでいる。
靴に魔力を流し、まずは体勢を立て直す。
地上まではまだ距離があるので、足を下に向け、ゆっくりと降下していく――
「――煙…………ッ!?」
いきなり空中に放り出され、慌てた頭が忘れていた現状。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます