第四話 【決意と覚悟】




 意識が浮上していく感覚を、寝ていながらに理解する。

 あの真っ白な空間を訪れた後は、大体こんな感覚を味わう。

 気持ちいいとも、気持ち悪いとも言えない、不思議な感覚だ。

 けれど今日に限っては、清々しい気持ちでいられる。

 おそらくは――いや、考えるまでもなく断言できる。

 眠りにつく前に抱いていた不安や緊張、悩みなどを、白い空間で解消してきたからだ。


「解消ってよりは、開き直りの方が近いのかな」


 瞼を開けて、小さく呟く。

 体を起こして部屋を軽く見回すが、三人で泊まれるはずの部屋には一人しかいない。

 きっと昨日の言葉をそのまま受け取り、配慮も込みで一人にしてくれたのだろうと推測する。


「ありがたいな」


 気遣ってくれる仲間がどれだけ貴重か、今なら明確に理解できる。

 勿体ないくらいの良い仲間に恵まれたなと再認識しつつ、準備を進める。

 シャワーを浴び、ついでに顔を洗い、いつもの黒の服を着てトイレを済ます。

 備え付けられた洗面台の鏡の前に立ち、己の顔を確認する。


「普通、だな」


 特に顔色が悪いわけでもなく、見るからに血色がいいというわけでもない。

 ザ・普通だ。

 けれど、昨日はその普通がなかった。

 自分の顔を直接見たわけではないが、ラディナがこちらの心情を察せたことからも、見た目で判断できる程度には良くない状態だったことが窺える。

 自覚できる範囲でも、かなり不味い状態にあったのは確かだ。

 五感が失われていくなんて感覚は、後にも先にもこれっきりだろう。


「うっし、行くか」


 だが今はその心配もない。

 開き直るようにして切り替えて、荷物を纏める。

 と言っても、昨日は何もせずに寝たので、纏める荷物は今出た着替えだけだ。

 パパっと片付けていると、コンコンと扉がノックされた。

 “魔力感知”で誰が来たのかを把握して、扉を開ける。


「おはよう、ラディナ」

「あ、おはようございます、葵様」


 挨拶を交わしたラディナは、不思議そうな顔をしてこちらをジーっと見つめてくる。

 何かを探るように、まじまじと。

 勿論、その理由はわかっている。


「そんな見つめられてると恥ずかしいんだけど」

「あっ、すみません。昨日とは様子が変わっていたので……」

「その件は心配かけた、ごめん。それと、ありがとう」

「いえ。立ち直られたのならよかったです」


 ラディナは心を撫で下ろすように、安心を溜息をつく。

 想像よりも心配をかけていたらしい。

 なら、悩みの解決もできたことを、行動で示していくことにしよう。


「早速で悪いんだけど、今後について話しておきたいことがある。ソウファとアフィを呼んで欲しい」

「わかりました。すぐに呼んできます」


 いつもよりも少しだけ嬉しそうに、ラディナは駆け足気味に去っていった。






 * * * * * * * * * *






 カナン神聖国の首都カナンにおいて、神殿を除けば一番大きな建物である『精霊の拠り所』と言う名の建物。

 その一階は組合の建物によくある酒場になっており、これから依頼に赴く組合員が依頼内容を詰めていたり、あるいは依頼を終え帰ってきた組合員が仕事終わりの一杯を楽しんでいる。

 ただ、神聖国のルール上その酒場にいるのは女性だけで、他国の組合と比べてむさ苦しさはない。

 ただ華やかかと聞かれればそれも少し違う。

 組合員で生計を立てている女性がそこらの村娘のようにひ弱で務まるはずがない。

 多少は筋肉やら傷やらがついており、他国の組合員おとこたちが羨むようなものは少ないと言える。


 そんな酒場に、一つのパーティーが入ってきた。

 一見、組合の酒場に入ってくるのにおかしな点のないパーティーだ。

 強いて言えば、村からの反対を押し切って都会に出てきた子供たち、と言われて納得できるくらいには年齢が若いと言うことくらいだ。

 尤も、それは一般的な組合での場合で、神聖国における場合は変わってくる。

 何せ、そのパーティーには神聖国にはいていいはずのない男がいるからだ。

 だが酒場に驚きは広がることはない。

 良くも悪くも、その男はその酒場において、少しだけ有名人だったからだ。


「昨日ぶりだな」


 その男は迷いのない足取りで酒場を横断し、あるテーブルの前で立ち止まる。

 男の立ち止まったテーブルを囲み、楽しそうに会話をしながら美味しそうな食事に舌鼓を打っていたグループに、少しだけ緊張が走る。

 グループは昨日よりも人が増え、緊張の目が一層強くなっている。

 腰まで伸ばしたプラチナブロンドの髪を持つ幼げな少女など、今にも襲い掛かってきそうな勢いがある。


「……昨日とは随分と様子が変わってるね?」

「色々と改心した――とは違うが、まぁ悩みを解決してきたからな」

「なるほどね」


 男の言葉に答えたのは、同じく神聖国では異例中の異例である男。

 名をフレデリック・エイト。

 現在、組合に所属している組合員の中で、最上位に位置する唯一の金等級の組合員だ。


「それで、今日ここに顔を出したのはどうしてかな?」


 その言葉で、フレデリックと一緒にテーブルを囲んでいた女子たちの雰囲気が変わる。

 緊張から警戒へ。

 僅かな変化だが、明確に剣呑な雰囲気がそのテーブルを包む。

 言葉選びを間違えればこの酒場が戦場と化しそうな勢いがある。


「昨日の続きをね――あ、勘違いしないように言っておくと、別にあんたらと事を構えようとは思ってないよ。ただ、俺の覚悟を示しに来ただけで」

「覚悟?」

「そう、覚悟」


 復唱するフレデリックに対し、頷いて答える。

 だがその言葉だけで要領を得られる人間はいないだろう。

 現に、会話をしているフレデリックも、その周りで話を聞いている仲間らしき女性たちも眉をひそめている。

 もちろん、結愛もだ。

 だから、わかりやすく行動で示すことにする。

 まずはその前置きをしておこう。


「俺はこの世界に来てからずっと結愛を追い続けてきた。あんたたちに何度止められても、それは変わらない」

「なるほどね。今後、どれだけおれたちが邪魔をしようと関係ないと言うことだね」

「ああ。前みたいに記憶を消されても、また追い続けて必ず見つけ出す」

「……どうしてそのことを?」


 フレデリックは驚いたように目を見開いて、言葉の真意を確かめるように尋ねる。

 周りで食事の手を止め、葵の言動に目を見張っていた女性たちでさえ、驚きを瞳と態度に表している。

 ここで答えを出し渋ったとしても話は前に進むはずもないので、大人しく答えておく。


「まず一つ。あの日、組合に寄ったはずなのにその覚えがなく、近くの公園のベンチで寝てるというのは普通に考えておかしい」


 冷静になって考えてみると、あの出来事はおかしかった。

 疲れが溜まっていてベンチで仮眠をとっていたのだとしても、そこに至るまでの過程を一ミリも覚えていないことや、それをまぁいいかとあっさり見過ごしたこと。

 やはり、おかしいと言わざるを得ない。


「そして二つ。ここであんたたちと対峙している時と、ラディナと対話していた時とは表情も態度も全く違った。俺が直接的に結愛へ何かをしそうだから、と言われてしまえばその通りだが、俺と前に一度会っていて、その時も似たような展開になったと考えればより納得できる」


 共和国で結愛との再会を果たしていたのなら、その時に結愛が葵のことを覚えていないことも知ったはずだ。

 そうなれば一人で冷静さを欠いていた葵なら思考が過激な方に行きかねない。

 ただ結愛がその場にいる以上、周りに迷惑をかけるようなことができるはずもなく、無力化されてしまったと考えれば辻褄も合う。

 今もそうだが、そもそも共和国時点での葵個人の戦力は平均以上なだけであり、無類の強さを誇っていたわけではない。

 金等級含む複数の組合員と一対多を展開して、手加減して勝てるはずもないからだ。


「そして最後。これが何よりの証拠だが、その時の記憶を取り戻した。だから、確信を持って発言してる」


 正確には、思い出したわけではない。

 今並べた根拠の最後だけは嘘。

 共和国で結愛と出会っていたなんて、正直今も驚いている。

 でも、間違いない。

 何せ、心の――葵の中で現実を見続けた奴らが、その一部始終を見ていたのだから。

 そして、真偽不明の情報は、フレデリックたちの態度で真実だと判明した。


「思い出した、か。なら、諦めるしかないんだろうね。でもそれなら、どうして君は対話なんてしようと思ったんだい?」


 フレデリックの立場なら、そう尋ねるのは何ら不思議じゃない。

 現に、共和国で結愛に再会したときは、結愛が葵を覚えていないことを信じられずに、その場にいたフレデリックたちが結愛になにかしたと根拠もなしに断定して暴れた。

 後先を考えない行動に出た葵が、今度は戦いではなく対話を望み、実際に行動に出ている。

 それを不思議だと思うのは、何も変なことではない。


 だが、対話を選んだのは葵側の問題ではない。

 共和国で結愛と再会を果たし、いざこざが起こった後で、その張本人である葵が何の制限もなく組合に出入りできたのはなぜか。

 いくら組合でも、周囲を巻き込むレベルの喧嘩をした本人に注意すらしないというのはおかしい。

 その理由を考えた時、葵の身に起こったことも鑑みて考えると、一つの答えが浮かび上がってくる。

 それは、惨状を目撃した人たちの記憶をフレデリックたちが消して回ってくれたからではないだろうか。


 じゃあなぜ、フレデリックは目撃者の記憶を消したのか。

 単純に、不都合な記憶は消しておくに越したことはない、という考えという考えはできる。

 金等級まで上り詰めた男が、たった一つの喧嘩でその地位を落とすかもしれない。

 そう言う考えの基、記憶の消去を実行に移したと考えればおかしくはない。

 が、金等級の組合員がいざこざを起こした場合、その責任は相手側にあると考えることはできないだろうか。

 実力と人格を高い水準で備えている人間しか、銅等級より上にはいくことができない。

 金等級ともなれば、その人格は保障されているようなものだ。

 なら、保身を理由に目撃者全員の記憶を消すというのは、些かリスクが高すぎるのではないだろうか。


 となれば、別の理由が考えられる。

 それはズバリ、フレデリック個人が目立ちたくないからではないだろうか。

 フレデリック・エイトと言う人間は金等級の組合員だ。

 が、それ以外に何か名を知らしめる行動をしたという話は不思議なほどに聞かない。

 これまでの旅でも、金等級の組合員がいるという話は少しだけ聞いたことがあったが、大戦でムラトから教えて貰うまで名前すら知らなかった。

 組合員として活動していないから知らなかった、と考えられなくもないだろうが、一つの分野で極めた人間の名前が他分野まで知られていないというのは変だ。

 それが少数しか知らない過疎の分野であるなら話は変わってくるが、組合と言うこの世界で誰もが知っている組織の実力者ともなれば、やはり知られていて当然だ。


 そうこじつけて考えた時、葵の知り得る情報、疑問だったことの全てが繋がり線となり、ある一つの可能性が湧いて出た。

 それは――


「今代の勇者と全面戦争を起こす気はないからさ」


 先ほどよりも大きな驚きが、フレデリックたちに伝播する。

 思考が追いついていないのか、驚いたまま沈黙が流れる。

 その沈黙こそが、何よりの答えになっていた。


「どうして、って顔してるが、考えてみれば簡単だったぞ」

「……聞かせて貰おうか?」

「言っておくが、マジで大したことないぞ。あんたが男でこの国にいること。金等級だから特例で、と言われたら納得できるが、じゃあなんで銀等級に過ぎない大地さんがこの国にいられる?」


 この国が男子禁制にしている理由は少しだけ複雑で、でも知ってしまえば単純だ。

 神聖国は神カノンの影響で精霊が集まりやすい土地になっているらしく、その精霊の力を行使できる精霊術師は初代勇者を除いて女性しかいない。

 故に、男子と言う精霊に好かれにくい要素の一つを徹底的に除外することで、精霊から力を借りやすくする、という目的の結果、この国は男子禁制になっている。

 一部の人だけが知る事実だが、初代勇者も実は女性だったりするので、事実上、精霊は女性にしか力を貸さないと考えて間違いないだろう。


「金等級まで上り詰めた男なら精霊は懐くのか、という試験的なものか、あるいは別の理由があってこの国への滞在を許されてるのか。どうあれ、“金等級”という特別がない以上、大地さんを例外として置いておくのはリスクが高すぎる。なら、それ以上の権力があって、教皇を捻じ伏せていると考えるのはおかしいか?」

「まだ君と顔を合わせたのは三回だけど、初対面の印象とは随分違うんだなって驚かされてるよ」

「初対面がおかしかっただけなんだ。許してくれとは言わないが、今の俺を見てくれるとありがたい」

「そうするよ。それで?」


 今までの会話は前座。

 まだ本題じゃない。

 けれどその前に、一つだけ聞いておかなければならないことがある。


「あんた、どうして勇者の立場を隠してる?」

「それはこの後に関係あるのかな?」

「ない。純粋な興味本位だ」

「……ある人を探してる。その為に動きたくても勇者の称号が邪魔になる。だから隠してる。そう言ったら、君は信じるかい?」


 ジッと、フレデリックの目を見据える。

 逃げも隠れもせず、フレデリックは葵のオッドアイを受け止める。


「正直、ここで嘘を言えば問答無用で殴ってたところだ」

「信じてくれるのかい?」

「正直言うと、信じたい、が正しいかな。嘘かホントかなんて、俺ははっきりとわかるわけじゃないからね」

「なるほどね」

「ああでも、殴りたいってのも本心だから、努々ゆめゆめ忘れないようにな」

「殴られるのは嫌だな」

「そうなっても仕方ないだろ。お前がお前の責務を全うしてたら俺たちはこの世界に来ることはなかったんだから」

「……それはそうだね」


 自分の行動が多くの人間を巻き込んでいる。

 その事実をしっかりと理解していたのか、フレデリックの表情に影が差す。

 葵の怒りを逸らすための演技、と言うようにも見えない。

 その真偽は今はわからないが、だろう。

 なら、改めて確認すればいい。


「じゃあ本題に入る。覚悟を示す、その話だ」


 おもむろにポケットに手を入れる。

 何かを取り出すのを警戒した女子たちを左手と目で制して、右手にそれを握る。

 それをフレデリックたちの――結愛の方へと向けて、握ったまま突き出す。


「――俺は、結愛が好きだ」


 ずっと否定してきた感情。

 ただの家族愛だと、葵を救ってくれた感謝からくる恩返しだと自分自身に嘯いて、誤魔化していた感情。

 トラウマも相まって、心の奥底に仕舞って、閉ざし続けてきた本心。

 昨日、幼い自分が教えてくれた、紛れもない今の葵の本心だ。


「結愛からしたら意味が分からないと思う。まだ二回しか会っていない男。初対面の時に暴れまわり、迷惑をかけただけの男。そんな認識だと思う」


 今も信じたくない。

 実は葵のことを覚えていて、いつものからかいで慌てる姿を見てクスクスと笑っているんだって信じたい。

 けれど、結愛は葵の傷つくことはしない。

 どんなにからかいが度を過ぎたって、外も中も、葵を傷つけることなんてしてこなかった。

 だからこれは事実だと、理解せざるを得なかった。


「だから、覚悟を見せようと思う。俺が本心で語っているってことを示すために」

「……自爆でもするんですか?」


 先ほど、こちらに襲い掛からんばかりの勢いで得物を手に取ったプラチナブロンドの髪の少女が恐る恐る訊ねた。

 素っ頓狂ともとれるその発言を聞いて、思わず笑いが零れる。

 葵の反応を見て、少し怒ったように少女は口を尖らせる。


「なんで笑うんですか」

「いや、確かに何かを取り出してそれを握ったままだとそう見えなくもないよなって思ってさ。でも大丈夫。心中なんてつまらないこと、するつもりはないよ。これは、結愛に覚悟を示すものだ」


 そう言って、握っていた右手を開く。

 軽めの金属音が鳴って、それは葵の手からぶら下がる。

 チェーンで繋がったそれは、この世界に一つしかないもの。

 両親を失った結愛へ、いつも一緒にいられるようにとプレゼントした、結愛が大切にしてくれていたもの。


「……それ――」

「そう。結愛のペンダントだ」


 共和国で見つけ、今まで御守り代わりに持っていた、元血濡れのペンダント。

 洗浄し、ついでに外見が変わらない程度に効果を付与しておいた、ペンダントだ。


「これを返す。それが、今の俺にできる、結愛に信用してもらうための行動かくごだ」


 結愛はこちらに来たがっている。

 だが、それを許せるほど周りの女性は甘くない。

 葵の目的が結愛である以上、少しでも隙を見せてしまうのはイコール負けだと理解しているからだ。


「そこの子」

「……何か?」

「これ、結愛に渡してくれ。大事なものだから、くれぐれも丁重にな?」

「失礼な! そこまでドジじゃありません!」


 からかい甲斐のある子だな、とプラチナブロンドの少女に対しての評価を改めつつ、汚物にでも近づくように恐る恐る近づいてくる少女へそれを渡す。

 自身で建てたフラグをコケることで回収しそうになりつつも、無事に結愛の元へ届け終える。


「……間違いない。本物だよ、これ」

「こんな世界だから、少しだけ手は加えてる。もし怖いなら、面倒かもだけど付与を剥がしてから着けてね」

「これ、どこで……?」

「共和国にある灰の森だよ」


 結愛はペンダントをジッと見つめる。

 そして葵へと視線を向けると、頭を下げた。


「ありがとう。私の大切なものなんだ」

「……それはよかった」


 そう言って、葵は踵を返す。


「どこか行くのか?」

「ん? ああ、言ってなかったけか。ごめん、ちょっと感極まってすっ飛ばしてた」


 改めてフレデリックたちへ向き直る。

 大きく深呼吸をして、結愛の周りにいる人たちを見渡す。

 誰もが、結愛をすぐに守れるようにと意識を張り巡らせている。

 “鬼闘法”まで使った全力の“身体強化”で結愛を抱えて逃げようと画策しても、その隙がないくらいには警戒されている。

 実際に行使はできるだろうが、面倒なのに変わりはない。

 つくづく、結愛の周りにいる人間がこの場にいる人間でよかったと思う。


「さっきのは結愛への覚悟。これからするのは、あんたたちへの覚悟だ」

「俺たちへの?」

「ああ。俺が結愛を好いていて、それが本気だと言うことをあんたたちに示すために――」


 結愛を含む全員を見渡して、その一人一人の目を見て、葵は一呼吸置く。

 そして――


「――俺は、天の塔を攻略する」


 そう宣言した。

 何を言っているのか理解できなかったのか、キョトンとした顔で誰もが疑問を呈す。

 警戒を尽くしていた周りの女性たちでさえ、揺らぐほどに。


「天の塔? それって、あれか? 初代勇者が攻略し、魔王への対抗力を身に着けたって言う伝説の塔か?」

「そうだよ」

「……正気かい? あの塔は伝説。五千年経った今もなお、その影すら見つかっておらず、初代勇者の力の凄さを納得させるための空想上の作り物とさえ言われているのを知っているのか?」

「ああ、知ってるさ。だがもしその塔を見つけ、あまつさえ攻略したのなら、あんたたちは俺の覚悟を認めざるを得ない。違うか?」

「いや、違わないが……そもそも攻略したかどうかなんてわかりゃしないだろ?」

「どうだろうな。まぁそんときゃあんたにも挑んでもらって、その内容を擦り合わせりゃいいだろ」

「た、短絡的だなあ」

「そう言う人間なんだ」


 呆れたように溜息をつきフレデリックへ、肩を竦めて開き直る。

 その様子を見てまた溜息をつき、両手を上げて降参を体現する。


「攻略が終わるまでの間、俺たちはここで待ってたらいいのかな?」

「ああ。たとえ逃げても追い続けるからね。なら互いに苦労がないほうがいいだろ?」

「それもそうだな。じゃあ俺たちは君を――綾乃葵を待ってるよ」

「ああ。何があっても、必ず結愛を守り通せよ、勇者」


 再び、フレデリックへ――結愛へ背を向ける。

 結愛たちの顔を見るのは、天の塔を攻略し終え、覚悟を示した後だ。


「ラディナ、ソウファ、アフィ」


 葵の後ろに控え、この場での会話を聞いてもらっていたラディナたちの前で立ち止まる。

 既に、話はしてある。

 この場で改めて言うほどの時間的余裕はない。

 できれば早く攻略して、早く戻ってくるのが最適解だからだ。

 故に一言だけ、改めて言葉にしておく。


「俺の留守を任せる」

「はい」


 三人が頷き、答えてくれる。

 とても頼もしい。

 後ろを振り向く必要はなくなった。

 ただひたすらに前を向き続ける。


「じゃあ、行ってくる」


 振り向かず、それだけ言って、伝説の塔へと向けて出発した。



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