第七章 【再会】編

第一話 【果たした再会。叶わぬ願い】



 カナン神聖国。

 世界を滅ぼそうとした魔王への対抗力として神の世界から降りてきた現人神。

 現世で初代勇者と出会い、その生き方に感銘を受けて仲間となり、最後まで世界の人々を守ろうと戦った人物かみさま

 そんな神が現人神としての滅びを悟り、大地にその身を埋めるまで暮らした場所こそが、カナン神聖国の首都カナンだ。


「綺麗な街……」


 久しぶりの面子で久しぶりの長旅を終え、神聖国の首都カナンを遠目に目にした一言目は、感嘆の言葉だった。

 全てが白。

 純白で塗りたくられたように一切の澱みのない街並みは、ソウファの言った通り綺麗の一言に集約される。

 この街にたどり着くまでの経緯も大変だったがゆえに、その感嘆を増幅させている。


 北東にある帝国から南西にある神聖国に向かう途中に連合国の領土を通過したが、アヌベラの忠告通り首都を中心に近くの町や村が内乱じみた騒動の渦中にあったため、大きく迂回する必要があった。

 聞いた噂によると、連合国の重鎮の娘が王国の第二王女に手を出したというなんとも聞き覚えのある噂だ。

 人の口に蓋はできないと言うが、ソフィアが漏らすとも思えない。

 どこからことの真相が明るみに出たか、あるいは本当に噂程度に流れていた話が何かの証拠で真実味が増してーーとか言う展開も予想できる。

 ともあれ、その影響で連合国を横断することができなくなっていた。


 横断ができないのなら当然迂回する。

 右回りの山を越える近道と左回りの平原を行く少し遠回りの二つの選択肢があったが、今回は急く気持ちを抑えて遠回りの平原を選択した。

 距離と時間を比較した際にも山越えの方が早いのだが、道という道がない急激な崖のようになっているため、安全をとって遠回りを選択した。

 また最近棲み着いたのか、フラッと立ち寄っただけなのかは不明だが、その山脈を龍が徘徊しているらしい。

 ただでさえ不安な道行に世界の守護者とも呼ばれる最強種族の龍と対峙するなど、命を捨てる行為に他ならない。

 それに結愛と会う前に大怪我しては意味がない。

 だから遠回りでも、安全な平原を選んだ。

 道中、全員が道を間違えたりするハプニングこそあったが、“身体強化”込みの超速ダッシュで進み続けた。

 魔物の“魔”の字も見えなかったことも、早着の要因の一つだろう。

 ともあれ、ふた月程はかかると踏んでいた道のりを、僅かひと月で踏破できた。


「どうしますか?」

「まずは教皇のところに挨拶に行く。これは俺一人でいいからラディナたちは別で動いてもらって……」

「では私たちは組合に行って情報を集めます」

「ああ。頼む」


 やるべきことを果たしつつ、目的も果たすための別行動。

 手短に次の行動を決めて、街に入った後に備える。

 もちろん、結愛の情報収集をラディナたちに任せ切るわけではない。

 教皇への挨拶とは即ち、結愛の情報を得ることと同義だ。

 これもまた、挨拶と情報収集を兼ねた行動。

 一石二鳥を狙う算段だ。


「その間に別の街に行っちゃうかもよ?」


 ソウファの言い分もわかる。

 二兎追うものは一兎も得ず、と言う諺があるように、挨拶と情報収集を同時に行おうとして失敗するかもしれないよ、と心配してくれている。

 葵が結愛のことをどれだけ探し続けていたかを知っているソウファだからこそ、この優しい心配をしてくれている。


「周辺の街はムラトたちに張ってもらってる。流石にまだ着いてないだろうけどね。そもそも教皇がようやく見つけた結愛のことを、そう簡単に見失うとは考えづらい」


 けれど、今回に限ってはそんなことも起こらないだろう。

 そもそも二兎を追うような器用なことをしているわけではない。

 だからこそ、先に教皇の元へ赴く。

 自身の考えを告げてから、首都へ入るために白一色の城壁の門へと向かう。


「止まれ!」


 軽装の装備で身を包み、腰には立派な剣を携えた、手に取り回しやすそうな槍を持った門番が声を張り上げる。

 その場には葵たちの一団しかおらず、それがこちらに向けられたものだというのはすぐに理解できた。


「首都カナンは教皇様の許可なく男の立ち入りを許可していない」


 そう言った門番は確かに女性だ。

 葵に話しかける門番の後ろでこちらをジッと見据え、有事の際には即座に対応できるようにしている門番も、やはり女性だ。


「男子禁制なのは知っています。ですが俺は教皇様の許可があります」

「教皇様の許可を? それを私に認めさせることができる物品はあるか?」

「いえ、生憎と書状のようなものを持っているわけではありません。ですが、確かに許可は得ています。教皇様へ確認を取っていただければわかります」

「ふむ……名を申してみよ」

「召喚者の、綾乃葵です」


 自身の名前よりも、“召喚者”という称号の方が有名だ。

 生憎と葵はまだ、組合の階級が銅で止まっている。

 一部では爆速で昇級している脅威の新人として知られているが、それでもやはり“召喚者”という符号には劣る。

 その考えは正しかったようで、“召喚者”の名を聞いた門番は疑念を瞳に抱きながらも姿勢を正す。


「すぐに確認して参ります。お待ちください」


 まだ“召喚者”だと言う確証がないわけだから、門番の警戒は正しい。

 ただ確認に向かうのに背を向けたのはどうかと思う。

 隙だらけだ。

 これが敢えて見せている隙なのならば上手と言う他ないが、そんな様子はない。

 ま、この街の守護体制がどんなだとかに口出しするわけではないので、あくまで考えるだけに留めておく。

 門番の片方を置いて詰所のような場所に入っていった門番は、一分ほどで戻ってきた。


「教皇様の確認が取れました。どうぞ中へ」

「ありがとうございます」

「あと一つ。教皇様が詳しい事情を話したいからできれば捜索より前に会いにきて欲しい、と」

「わかりました」


 取り次ぎを行ってくれた門番へ会釈をして、首都カナンへと足を踏み入れる。

 外から見えた印象そのままの、純白な街並みが葵たちを歓迎してくれる。


「じゃ、さっき決めた通りにね」

「畏まりました」

「わかったー!」

「気をつけてな」


 三者三様の言葉を受けて、葵は一旦ラディナたちと別行動を取る。

 既に首都の大まかな地図は頭に入れているので迷う心配はない。

 そもそもの話、教皇が執務を行なっている神殿は街のどこからでも視界に映るから迷う術がない。

 大通りは全て神殿へと直通しているから尚更だ。

 敵が侵略してきた場合は陥落しやすそうな構造だが、それは神殿が持つ結界でどうとにでもなる。

 大戦で教皇が見せた大結界カサ・カノンの上位互換。

 内外を自由に分断する結界でも、共和国の圧倒的な防御に特化した結界でもなく、侵入した外敵を排することに特化した結界。

 その全容を知識として得られたわけではないが、少なくとも初代勇者時代に作られ現在も稼働している結界だ。

 そういう意味では、共和国のものと似ている。

 あれも初代勇者が残したものだ。


「ってことは俺でも弄れるのかな」


 口に出した直後、それはないな、と首を横に振った。

 確かにそれをする技術、能力はあるのかもしれないが、あれは結界の全容を、あの謎の空間で初代勇者を名乗る人物に教えてもらったからだ。

 しかもあの時の能力を、今まで使えた試しがない。

 魔王戦の、覚えていない覚醒を果たした時でさえ、少なくともあの時のような“世界の全てを理解した”ような全能感はなかった。

 尤も、比べ物にならないくらいの高揚感と、絶対の自信があったような覚えはあるが。

 そんなことに思考をする暇があるならさっさと教皇に挨拶をして結愛を探そうと意識を切り替えて、屋根伝いに神殿へと駆けた。






ーー






 神殿に到着し、そこでも一度足止めを食らって、身分の証明ができたところで神殿から一人の女性が案内役として葵を先導してくれた。

 見たところかなり若い女性で、葵よりも年下だと思われる。

 ただ何故か、歓迎されているような感じではなかった。

 初対面のラディナと似たようなものを感じつつ、妙に覚えづらかった神殿の道を脳内地図に反映させながら進むこと五分。

 王国の謁見の間と比べても遜色ないーー否、こちらの方が上だと素人目にもわかるくらいに精巧な装飾のなされた扉の前にたどり着いた。


「教皇様は奥にいらっしゃいます。くれぐれも粗相のないように」

「わかりました。ありがとうございます」

「教皇様は寛大です。大戦のことで、あなた様とも多少の関わりがあるかもしれませんが、人としての礼節は弁えた上で謁見を」

「……はい」


 当たり前のことを妙に念を押して、案内役の女性は去っていった。

 おそらくは“召喚者・綾乃葵”の噂を聞いていたから、敢えて言葉にしたのだろう。

 実際、召喚された直後に王女に食って掛かり、その後も召喚者とは別で動いていた。

 誰に対しても牙を剥く協調性のない人間という話が広まっている可能性は高い。

 事実がどうであれ、綾乃葵と言う存在を知らない人間はその噂から人を判断するしかない。

 その結果があの態度なら、理解できる反応と言える。


「まぁでも仕方ないよな」


 多少は誇張されて吹聴されていようとも、元を辿れば事実であることに変わりはない。

 結愛が行方不明になり、焦りと不安の中でまともな思考ができなくなったが故の行動。

 己の弱さが引き起こした事実だからこそ、行く先々でそこを突かれても受け入れるしかない。

 切り替えて、目の前の扉をノックする。

 中から女性の声が聞こえ、部屋へと招かれたので断ってから立ち入る。


「お久しぶりですね、葵さま」

「はい。大戦終了後以来ですね。お元気そうで何よりです」

「ふふっ。葵さまこそ、お元気そうですね」


 二か月ぶりに対峙する教皇マルセラは、大戦の時よりも柔らかな雰囲気が増して感じられた。

 服装が“ゆるふわ”と表現すると違うが、大戦時に纏っていたものよりも凛々しさが抑えられ、その分威厳を放つようなものへと変わっている。

 色自体は白一色にワンポイントカラーで変更なしだが、デザインとワンポイントカラーの色の違いでここまで差が出るものなのかと素直に感心する。

 立ち話もなんだと柔らかそうなソファに座ることを勧められたので、素直に従っておく。


「さて、私と葵さまの間柄ですので、これと言った話もないでしょうから早速本題に入らせていただきますね?」

「お願いします」


 こちらの気持ちを察してくれたのか、マルセラは前置きをして話し始めた。


「発見の経緯は既に知っておられると思いますし、そもそも興味もないでしょうから結論だけ。結愛様は『精霊の拠り所』という宿屋に滞在しておられます。組合が主導する宿で、首都カナンで神殿に次ぐ建物ですので簡単に見つけられるかと」

「その情報は今でも正しいものですか?」

「はい。この一か月、結愛様を国として束縛し、監視できるようにしておりました。やり方が強引だと思われるかもしれませんが、可能な限り自由を阻害しないための手段ですので、割り切って貰いたいです」

「俺の為にしてくれたことですので、とやかく言うつもりはありません。この神殿ではなく、一般の宿屋に宿泊させてもらっているということが、自由の証明と言うことで考えておきます」


 この世界の人間が、召喚者である葵たちのことをかなり意識してくれていることは知っている。

 皇帝ドミニクはそういった配慮にはあまり興味なさそうだったが。

 ともあれ配慮したと言っているのだから、それを信じる他ない。

 例え結愛のことを束縛し、無碍に扱っていたのだとしても、それを止めることはできない。

 そのことを盾にすればその後を色々と優位に進められるかもしれないが、結愛と再開しさえすればあとは帰るだけなのでどうすることもできない。


「……申し訳ありませんでした。結愛様へ接触し、葵様の元へと向かうようにお伝えしたのですが――」

「聞いてますから大丈夫です。できなかったことをクヨクヨするより、できることをしてくれたのだから俺としては感謝しかありません」


 結愛を迎えに行くより、結愛がこちらに来てくれるほうが時間的には早かった。

 これから結愛と再開しても、どうせ王国に戻って他の召喚者と一緒に帰還するのだから、時短と言う意味では当然だ。

 だが結愛は教皇のその誘いを断った。

 詳しい理由は聞いてないが、そう言うことがあったと帝国の使者が早馬で教えてくれた。

 尤も、早く結愛と会いたいという超個人的な理由もあったので、ただ呆然と待つことはなかった。


「他に何か、伝えておかなきゃいけないことは?」

「そうですね……」


 そこでマルセラは考えるように言葉を切る。

 しかし葵へと視線を戻すと、横に首を振った。


「いえ。私からお伝えすることはございません」

「わかりました。では、本当にありがとうございました」


 ソファから立ち上がり、頭を下げてから部屋を出る。

 来た道を辿り神殿から出て、早速マルセラの言っていた『精霊の拠り所』という宿屋を目指す。

 場所を知らないので一先ず近場にあった家の屋根に飛び乗り、大きな建物に目星を付ける。


「あれかな」


 人の流れや外見からわかる特徴などを観察し、どの辺りに組合があるのかを探ってから、周辺にある大きそうな建物に向かって進む。

 近づいていくと、予想通り組合の施設だと言うことがわかり、その建物の前にソウファが立っていた。

 なぜ一人なのか、と言う疑問もあるが、それ以上に不安そうな顔で落ち着かない様子なのが気になる。


「ソウファ。どうした?」

「あ、主様。えっとね……その、なんて言えばいいのかわからないんだけど……」


 屋根から襲来した葵に驚くことなく、ソウファは珍しく歯切れ悪くなる。

 失敗し怒られるのを恐れている子供、という雰囲気でもない。

 いつもの溌剌とした元気っこの雰囲気はなく、心配と不安で埋め尽くされたような感じだ。


「ラディナとアフィは?」

「えっと、中でお話してる」

「お話し? 誰と?」

「その……結愛って人と」


 ソウファの言葉を聞いて、反射的に建物の中へと入った。

 いきなり入ったから視線が集中するが、そんなことに気も留めず、聴覚を研ぎ澄ませてラディナの声を探る。

 FPSで鍛えた聴覚がラディナの声を捉え、迷わずにそちらへと足を向けた。

 後ろから慌てたようにソウファが着いてきているが、走らない程度に、されど可能な限り早くラディナの元に向かう。


「ラディナ」

「あ、葵様」


 ラディナを捉え、声をかける。

 振り向き、葵の姿を捉えたラディナの表情には一瞬、動揺が見て取れた。

 しかし、その場に足を運んだ瞬間に、そんなことに構っている余裕はなくなっていた。

 捉えたラディナの先。

 おそらく葵が呼びかけるまではラディナと対話していたであろう人物を見て、葵の意識の全てが、その姿に注ぎ込まれたからだ。


「ぁ――」


 長く腰ほどまで伸びた綺麗な黒い髪。

 カッコよさと知性を感じさせる切れ長で大きな黒い瞳。

 スレンダーで鍛えられている肢体。

 身に纏う服は異世界の冒険者っぽい粗野で機能的でありながら、この町に合う白を基調としている。

 髪と瞳の黒と、今の結愛が持つ儚げな雰囲気と相まって、この宿屋の名前である精霊を彷彿とさせる。


「――結愛」


 多少変わっているところもある。

 纏う雰囲気とか服装とか、そう言った部分は明確に。

 だが確信を持って、目の前に座る女性が結愛だと断言できた。


「よかった無事で……本当に――」


 再開を果たしたら、もっと言いたいことがあった。

 もっと聞きたいことがあった。

 でも実際にその時が訪れれば、そんなことは頭から抜けてしまった。

 言いたいこと、聞きたいことが溢れすぎて、口がそれを言葉かたちにしてくれない。


「――ハハッ……待ち望んでたのに、なんでだろうな? 何をすればいいかわかんないや」


 結愛との再開。

 この世界での目標であり、生きる目的だったそれを果たしながら何もできない。

 本当なら、この体が思い通りに動いてくれるなら、したいことは沢山ある。

 失った半年以上の月日を取り戻すくらい触れ合いたい。

 この半年の間に起こった様々な出来事を語り合いたい。

 時間の許す限り――例え時間が許さなくても。

 空想上でしかなかったこの世界での出来事ファンタジーを、沢山――


 でも不思議と、言葉は出てこない。

 外に出したい感情が飽和して、何から言葉にすればいいかわからない。

 再開の感動と思い描いていた未来が目の前にあるという事実が、感情の波を昂らせるだけ昂らせて抑えを利かせてくれない。

 喜びも、安堵も、心配も、不安も、緊張も。

 全てが同じ波として襲い掛かってくる。


「あの――」


 話し合いの場に突然現れ、何かを言おうとしては意味の薄い言葉ばかり口にする葵に向けて、結愛が口を開く。

 結愛の声を聞くだけで、涙が溢れそうになる。

 そんな心情を知らない結愛は、キョトンとしたような、不思議を表情に宿して――




「――あなたは誰ですか?」




 ――そう、口にした。





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