第七話 【不思議な依頼】
再開を果たした
約十年の話をたった一晩で、と言われると、短いようにも思う。
しかし当人はそうでもなかったようで、重たそうな瞼を何とか開き、眼の下に隈を作りながら、それでも満足そうな顔をしていた。
文字通り一晩中、寝ずに話を続けていたのだろう。
結愛も行方不明の両親と再開できたら、ラディナのように幸せになれるのだろうか。
「……葵様?」
「ん? あいや、何でもない。それより今日はどうする? 寝とく?」
感傷に浸りかけていたのを引き戻されて、現実に戻った葵はラディナへそう尋ねた。
人は誰しも寝なきゃ生きていけない。
葵はこの世界に来てから比較的寝ずに過ごせるようになったが、それでも不眠で活動し続けられるわけではない。
あくまで少ない睡眠時間でいつも通りの活動をこなせる、というだけの話だ。
「いえ、私の都合で夜更かしをしたのですから、いつも通り動きましょう」
「流石にあの後でいつも通りを要求するほど悪魔じゃないよ俺。ってかラディナは寝なきゃパフォーマンス発揮できないでしょ?」
ラディナは葵のようにショートスリーパーではない。
いや、葵の短い睡眠時間をショートスリーパーと言って良いのかわからないが、ともかくラディナは睡眠を削って平時のパフォーマンスを出せる人間ではない。
ソウファやアフィと一緒にスヤスヤと穏やかな寝息を立てていて、年相応な部分が見て取れる。
もちろん、寝不足の状態でどうしても動かなきゃいけない場面もあるだろうが、今はその時ではない。
「ラディナがいないなら、いないなりに動くこともできる。だから自分の体調を優先して、明日以降に備えてくれる方がありがたい」
葵にとって、ラディナという存在はかなり大きい。
この世界に来てから初めて行動を共にした存在というだけでなく、様々な場面で葵のことを助けてくれた。
それはこの一か月も変わらなかった。
一時的に離れていたが、それでも変わらず尽くしてくれた。
他人を信用せざるを得ない状況が作られたとはいえ、高校のクラスメイトにすら心を許さなかった葵が心を許せた数少ない相手という点で、ラディナはやはり葵にとって大切と言っても過言じゃない。
それに、今後は人間の国以外に赴くこともある。
というか、ここ数か月の間で得られた結愛の情報が共和国だけだ。
そもそもそれ自体が確証のある情報ではない。
となれば、捜索の及ばない範囲に自ら足を運ぶ必要が出てくる。
今の葵にはナディアから受け取った刀を届け、その死を伝える義務がある。
ナディアの故郷は獣人の国に程近いエルフの里にあるらしいので、いずれはそこへ行くのが確定している。
結愛の情報が得られないのであれば、人間の国は組合の依頼と軍とムラトたちに任せ、葵は葵しかできない――あるいは行かない場所を探す。
つまり、今後はより一層ラディナの力が必要になる。
そう言った個人的な思惑もあるから、自分を大事にしてほしいのだ。
「……わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「うん。あ、あと一つ質問いい?」
「何でしょう?」
頬をポリポリと掻いて、少しだけ迷う素振りを見せる。
しかし迷っていても埒が明かないので、意を決して言葉を紡ぐ。
「今更なんだけど……ラディナのこと、アンナって呼んだ方がいい?」
少しだけ気合いを入れて聞いた質問を、ラディナはキョトンとした顔で聞いていた。
間が空き、ラディナは困ったように笑った。
「なんで笑うのさ」
「いえ。覚悟を決めて、みたいな表情で聞いてきた質問が想定外のものだったもので」
名前は大事なものだと思ったのだが、ラディナはそう思っていないらしい。
「今まで通り、ラディナで構いません。例え名前が生まれた時のものと違くとも、私の生みの親がお母様であることに変わりはないですから」
どうやら名前よりも関係の方を重要視していたようだ。
決して名前を軽視しているわけではないのが今の答えから伝わってきた。
ラディナが納得しているのなら、もう言うことはない。
「そっか。じゃあ今まで通りで」
「はい。では、お気をつけて」
ラディナはソウファとアフィに目配せし、恭しく頭を下げた。
その目配せの意図をしっかりと受け取ったソウファは子供らしい笑みを浮かべて無邪気に頷いた。
アフィもすまし顔で頷いた。
すまし顔、といっても梟なので表情の変化をはっきり理解できるわけではないが、いつも通りなのできっとすまし顔だ。
「うん。行ってくる」
ソウファとアフィを連れて、城の中を歩く。
女の子の姿になっているソウファは違和感ないが、梟のアフィはそれなりに目立つ。
召喚者の一人が魔物を連れている、という情報は拡散してくれているらしいので、目立つだけで言葉を掛けられるようなことはなかったが、それでもすれ違う人たちから視線は頂戴している。
目立つだけなのは全く以って問題ないうえ、当の本人たちが気にしていないのだから無問題と言っていいだろう。
「あるじ様。あれ何?」
「あれは魔道具だね。日が出てない時の灯だよ」
「じゃああれは?」
「あれは……なんだっけ。どっかで見たような」
目的地までの道すがら、ソウファの質問に答える。
とはいえ、葵は全てを知っている神ではない。
故に答えられない質問もある。
今しがた聞かれたものも、魔道具だということしかわからない。
用途や意図がまるで理解できなかった。
足を止めずにそれが何なのか考えてみる。
「あ、人が出てきた」
「だね。あ、自動で閉まった」
「自動ドアだな。そういや共和国で見た」
「そう言えば」
「じゃああれは人の出入りを検知する魔道具か、もしくはあの扉を動かす魔道具だな」
記憶を手繰り思い出したそれに、アフィが頷く。
思いのほか忘れていることが多い。
自動ドアなんて日本では珍しいものではなかったし、異世界的には異質でも葵の日常的には平常だ。
故に記憶から抜けやすいのかもしれない。
「魔道具多いね」
「そうだね。王国の城の倍はある」
ソウファの言う通り、この城には魔道具が多い。
それこそ、城の中でどこかしらに視線を向ければ視界の中に一つは魔道具があるくらいには、そこかしこに設置されている。
王城では各部屋にこそ実用的な魔道具が置かれていたが、こちらは今のように廊下でさえ魔道具を散見できる。
「魔道具って高いんじゃないの?」
「高いよ。一般人は一つか二つ持っていればいい方だ」
「じゃあこのお城の持ち主はお金持ちなんだね」
ソウファの無邪気さは変わらない。
子供のような見た目と同じ知識や考え方で、ほっこりさせられる。
とはいえ、その内容には葵も同意見だ。
こんなに魔道具があると、その価値も薄れてしまう。
もちろん、感覚的なものでしかないが。
「聞いてなかったが、今日はどこに行くんだ?」
「今日は組合に行って結愛の情報の確認と、ラティたちに今後の動きを聞いておく。まだ結愛が見つかってないけど、召喚者の目的だった大戦は終わったわけだし」
ソウファに聞かれ、何も告げずに連れまわしていたことを思い出す。
文句を言わずについてきてくれたことに感謝しつつ、質問に答える。
「騎士団長様はどこに?」
「今の時間は飯時でしょ? だから一旦部屋にね」
幸い、地図を覚えるのは得意だ。
3D系のゲームでも一度通った道は手が加えられない限り覚えていられる。
この城に初めて案内されたときに主要な設備は教えて貰っているので、道の心配はない。
そんなこんなで、使用人やら昨日のパーティーの参加者やらの注目を浴びつつ、ソウファの質問に答えながら進むこと数分で目的地に到着した。
コンコンとドアをノックして、自身の到着を告げる。
しかし中から返事はなかった。
「いないね」
「まだ寝てるとか?」
「いや、中に魔力反応がないから、もうどっか行ってるんだと思う」
困ったなと顎に手を当て考える。
こんな朝早くからラティーフがどこかへ出かけるとしたらどこへ向かうか。
考えられるのはアヌベラやドミニクなどの主要人物との会議だろうか。
召喚者の滞在期間や今後の行動などを話し合っているのかもしれない。
「とりあえず帝王の部屋に行ってみようか。いなかったら先に組合で」
「わかった」
「はーい」
それぞれの返事を聞いて、葵は早速行動を開始した。
* * * * * * * * * *
結論から言うと、ラティーフは見つからなかった。
アヌベラやドミニクともすれ違わなかったので、仕方がないと諦めて先に結愛の新着情報の確認の為に組合へと足を運んだ。
大戦から一か月で活気が戻っている辺り、組合員の逞しさというものが窺える。
ガヤガヤと相変わらず騒がしい酒場を尻目に、同じ階の端に備え付けられたタブレットを操作して目的の依頼を見つけ出す。
「進展なし、か」
いつも通り変わりないのを確認し、落胆の溜息をつく。
しかしいくら気持ちが落ち込んでも状況は変わらない。
しかし変わらないものだけではないのも事実だ。
現に、葵はこの半年で等級が胴まで上がっている。
マンドゥによる手引――もとい不正のおかげではある――というか、むしろそれ以外の何ものでもないが、こうしてポーズでもいいから依頼を受けていないと、目聡いやつに絡まれかねない。
「じゃ、情報収集ついでに何か依頼受けようか」
「はーい」
ソウファの元気な返事を聞きながら、再びタブレットを操作して依頼を探す。
できれば探し物系の依頼がいい。
物を探すという都合上誰かに話を聞くというのが当たり前になる。
以来という体で話を聞き、その流れで結愛のことを聞くことだってできる。
一石二鳥だ。
「……」
捜索のタグ付けされた依頼を眺めていくうちに、一つの依頼が目に留まった。
依頼文は簡単なもので、『パーティーメンバーの一人が地下水道に亡き家族の形見を落としてしまったので、それを拾ってきて欲しい』というものだった。
この文面からして、おそらくは依頼主も組合員だろう。
ならばなぜ自分たちで取りに行かないのだろうか、という当たり前の疑問が湧くが、怪我をしたりあるいはやむにやまれぬ状況があって今はいけない、というものなのだろう。
依頼の削除があと五日になっていることから、この予想もそう遠くはないはずだ。
「これ、受けていいか?」
「いいよー!」
「ああ」
ソウファが元気に挙手をして、その頭上でアフィもすまし顔で頷いた。
随分と軽い返事が返ってきたが、それも心地いい。
気負う必要がないのは楽だ。
ともあれ二人の了解が得られたので、葵はその依頼の受注した。
探し物ならソウファの鼻を使えば一発なので、そこまで気合を入れる必要もない。
結愛探しとの一石二鳥にはならないかもしれないが、形見というのは大事なものだ。
葵に何かそう言ったものがあるわけではないが、葵の大事な人が一人、大切にしていた記憶がある。
それがない状態で過ごすのは、精神的にもよろしくない。
だから早めに見つけてあげようと、首から掛けたペンダントに手を添えて思った。
「よし、完了。じゃあ行こうか」
「はーい!」
ソウファは返事をすると元気よく駆け出した。
急に動いたことでアフィは返事をする前に連れ出された。
相変わらず、というか昔よりも元気が増したソウファを微笑ましく思いながら、そのあとを追った。
「――形見を亡くしたのはこいつだ」
水道に赴く前に、まずは依頼主のところに顔を出した。
理由は二つ。
一つは形見を落とした場所の見当をつけたいからだ。
地下水道ということは、つまり道があるということだ。
物理的に流されでもしない限り、位置が動くことはない。
ならば、覚えている限りの道順を辿っていけば、いずれは見つけられるはずだ。
そして二つ目は、形見に付着した匂いを探査するための物品を貸してもらいたかったからだ。
いくらソウファの鼻が優れていても、元の匂いがわからなければ嗅ぎ当てることなどできるはずもない。
故に、こうして話を聞きに来た。
「すみません。急にお邪魔して。この子に匂いで探査させようと思ってまして、その為に何かあなたの匂いが付いたものを貸していただけないかと」
「それなら――」
最初に応対してくれた男性が、形見を亡くした女性を連れてきた。
脚を汚しているのか、松葉杖をついた女性だ。
その女性は少しだけ困惑顔を見せたが、葵の言葉を聞いて納得してくれたのか、指に嵌められていた指輪を一つ抜き取って差し出してきた。
「亡くしたものと同じ指輪です。見つけていただいたものと照合するのにも使えるかと」
「お預かりします」
差し出してくれた指輪を受け取って、持ち物と混同しないように使っていない小さな麻袋に入れておく。
目標は達成したので、次ここに来るときは依頼を達成したときだろう。
「悪いな。俺たちが自分で探せりゃいいんだが、怪我しちまってよ」
「大丈夫ですよ。報酬で動く。組合員なら当然ですから」
「そう言ってくれると助かる。あ、行く前に一つ忠告があるんだが」
「なんでしょう?」
真剣な、強張ったとも言える表情でそう前置きした男の言葉に、葵は気を引き締める。
そして秘密でも話すかのように、周りに聞こえない程度の声量で男は言った。
「地下水道な。よくわからない何かがいる」
「よくわからない何か?」
「ああ。姿は見えない。でも確実に敵意のある何かだ」
その言葉はいまいち要領を得ない。
発言がフワフワとしていると言うか、本当に理解させる気があるのか、と疑ってしまうような言葉だ。
でも、それを疑うことはできなかった。
男の真剣な表情と声音が、曖昧な発言に真実味を帯びさせているからだ。
「こいつの怪我も、向こうでまだ寝てる仲間の怪我も、全部そいつの所為だ。暗闇だから見えなかったとか、そんな生易しいもんじゃあねぇ。そこにいるのはわかる。だが影も形もわかりゃしねぇ得体の知れねぇ何かがいた。だから、十分気を付けてくれ」
「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
男の言葉を頭の片隅に止めて置き、会釈し感謝を述べて部屋を去る。
階段に差し掛かったあたりでソウファには人型に戻ってもらい、お邪魔しましたとカウンターにいた宿屋の店員さんに挨拶をして宿屋を出た。
「何かってなんだろうね。魔物かな?」
宿屋を出て開口一番、ソウファが不安そうな声で聞いてきた。
正直、男から聞いた話だけで断定はできない。
十中八九その可能性が高いと考えてはいるが、姿を消せる魔物の話など聞いたことがない。
もちろん、葵は魔物博士でもなければこの世界に存在する全ての魔物の性質を理解している全知全能でもないので断言はできない。
あるいは太古の時代の遺物、という可能性だってある。
未だ見つかっていない遺跡のようなものがあって、そこを守る守護者とかの可能性だ。
と、そこまで考えてないなと我に返る。
そもそも地下水道はこの国ができてから、共和国の技術提供があって作られたもの。
技術提供があったということはそこの開発にも手が加わっており、その上で未発見の遺跡があるだなんて考えづらい。
地下水道が町の外と通じていて、そこに何らかの原因で迷い込んだ魔物がいた、と考える方が自然だろう。
水を引くとなれば自然を流れる川から引くのが常識だろうし。
「たぶんな。ただあの組合員たちは少なくとも銅の等級はあるはずだ。そんな人たちが為す術なくやられ、撤退せざるを得なかった相手ともなれば、警戒はしておいたほうがいい」
「俺たちだけで行けるか?」
アフィの問いは、言外にラディナを待ってから行くべきでは? と提案しているようにも聞こえた。
歩みを止めずに考える。
数歩を歩いたところで、葵は顔をあげた。
「行ける。姿が見えなくても物理的に干渉できるなら問題ない。ソウファの鼻もあるし、アフィは空気の流れで相手の動きが読める。俺には師匠の魔眼がある。姿が見えない程度なら、おそらくどうにかなるはずだ」
「わかった」
葵の説得に頷いて、アフィは人型に戻っているソウファの頭で丸まった。
“魔力操作”の鍛錬法を教えてから、暇があればそうやって鍛錬に励んでいる。
なぜソウファの頭の上なのかは疑問だが、二人とも落ち着けているようなので敢えて追求する必要はないだろう。
他に色々と考えなければならないこともある。
でもまずは目の前の依頼を優先しよう。
そう考えて、葵たちは地下水道へと向かった。
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