第九話 【洞穴で】




 どうにか視認できる程度の薄暗い部屋。

 否、そこは部屋と呼ぶには些か物件としては成り立っていない、ただ石を砕きくり抜いただけの洞穴だ。

 外と繋がっている場所はなく、月や太陽の光もないことから、おそらくは洞穴の奥の方なのだろう。

 そんな、生活するには強靭なお尻と精神力を求められる空間で、ソフィアは眠りから目覚めた。


「――ここは……」


 視界に飛び込んできたその薄暗い洞穴を見て、理解不能を口に出す。

 こんな場所で眠った覚えもないし、そもそもこんな洞穴をソフィアは知らない。

 夢にしては右半身に当たっている冷たい岩の感触が嫌にリアルだし、お腹がクゥと小さく音を鳴らしたし喉も乾いた。

 何よりも――


「――痛い」


 そう言って、ソフィアは背中で縛られた腕へと視線を向ける。

 鬱血うっけつしてしまうのではないかと思うほどにきつく縛られた手首と足首に巻かれた縄を見て、どうにかほどけないものかと試行錯誤してみるが、やはり縄はビクともしない。

 せめてもの救いは、縄の素材が人肌に優しいことくらいだろう。

 これが荒縄などであれば、チクチクとしたあの感覚でより精神を摩耗していたかもしれない。


「縄なら燃やせば何とか」

「や、やめておいた方がいい、ですよ」


 動いて解けないのなら、いっそ自分の手ごと燃やせば抜けられるのでは、と画策したソフィアの頭上から声がした。

 常に何かに怯えているような、オドオドしい雰囲気をありありと感じさせる、少しだけ気味の悪い男だった。

 ソフィアが気持ちが顔に出るタイプの人間だったなら、おそらくは嫌悪感を顔に出してしまっていただろう。

 年齢のほどはわからないが、肉体的には騎士団員と張り合えるくらいの実力者だと推察できる。

 ただ、荒い息を吐きつつ、血走った目で見られるのは、どうにも嫌な気持ちになる。

 その気持ちを心の中で押し留め、平静を装って会話を試みる。


「やめておいたほうがいい、というのは?」

「そ、そのままの意味です。その縄は、魔術に対して耐性を備えた、ま、魔物の糸から生成されたものですから」

「……なるほど」


 確かに、男の言った糸で作った縄なら魔術では燃えにくいし、先に手足が焼け焦げてもおかしくない。

 それに、この縄が妙に人肌に優しいのは、魔術師のローブなどにも編み込まれるくらいの高価なものを使っているからだ。

 学院の制服にも多少だがその糸が編み込まれていたはずだし、確か召喚者が使っている肌着や、葵が使っている黒のコートもこの素材を使っていたはずだ。


「そ、それにしても、やっぱりいつみても綺麗な髪だよねぇ……。こ、こんな少ない明りでも金色で、き、綺麗に見えるんだからぁ……」

「……え?」


 その男の言葉を聞いて、ソフィアは自身の胸元を見る。

 そこにはあるはずの魔道具がなくなっており、代わりに金色の髪が重力に従って垂れてきた。


「ま、魔道具がなくなって、ふ、不安? だ、大丈夫だよぉ。と、頭目がちゃんと、か、管理するからぁ」


 ジリジリと近づいてくる男は、ソフィアの気持ちを察したかのようにそう口にした。

 魔道具がないということは、今のソフィアは学院生のソフィアではなく王族のソフィアということだ。

 そして男の発言から察するに、ソフィアの立場をわかった上でこの拘束を続けているのだろう。

 だがもしかしたら、かなり珍しい金色の髪を見て興奮しているだけの可能性もある。


「念のために聞きますが、あなたは私がどのような人間かご存じですか?」

「も、もちろん知ってるさぁ。あ、アルペナム王国の第二王女で、お、王位継承権を持つ、か、可愛い女の子だよ」


 グフッと気持ちの悪い笑みを零し、男はソフィアの正体を言って見せた。

 どうやら間違いなく、王族のソフィアを拘束している自覚はあるらしい。


「ほ、ほぅら、綺麗な髪だぁ……」


 そふぃあが色々と思案している間に、徐々に近づいていた男はソフィアの手の届く範囲まで来ていて、父親譲りの金色の髪をいやらしい手つきで触る。

 思わず嫌悪感を顔に出してしまったが、男はそんなことなど眼中にないのか、ハァハァと気持ち悪い荒い息を吐きながら、長い金髪を一房ほど持ち上げて舐めるんじゃないかと勘違いする至近距離まで持っていく。

 それ以上何をされるのかがわからず、理解することも拒み、ソフィアは目を瞑った。


「ハァ……食べちゃいたいなぁ」


 男の気持ち悪さから思わず目を逸らし、男の興味がなくなるまで耐えていようとした矢先、男はそんなことを口にした。

 その一言で、ソフィアの中にある“食べる”という単語が意味することは何だろうと思考が巡った。

 まず真っ先に思い浮かぶのは、食事のことだ。

 生きていくために必要な行動の一つであり、ほとんどの人間が毎日行うもの。


 次に一般的なのは、生活をすること。

 食べていくだけの――とかそういう使い方ができる。


 そしてもう一つ。

 一部の変態や特殊な性癖を持っている人間が、一般的には口に入れないようなものを食べるということ。

 もしこの男がその手の変態だったならば、本当の意味でソフィアの髪が食べられるかもしれない。

 亡き母が残してくれた形あるものの一つである自分の髪を。

 誰よりも徹底して手入れをして、形見のように大事にしてきたそれを、生理的に嫌悪する男に食べられるなんてことは、ソフィアでも許容し難かった。

 だから、どうにかしてこの場を脱しようと髪を触られるのもお構いなしに思考する。


「何やってんだ」


 呆れるように、蔑む目でこちらを見ている青年が、男が来た入り口に立っていた。

 葵が見ればジャ〇ーズかよ、と羨望と嫉妬の言葉をぶつけるような青年だった。

 外見的にはイケメンということ以外は一般人と大差ない青年は、蔑むような目をソフィアではなく男に向けていた。


「手を出すなと、そう伝えておいたはずだが?」

「だ、大丈夫ですよぉ。ま、まだ髪を触っただけですってぇ」

「……まあいい。今から少し話すから、お前はあっち行ってろ」

「わ、わかりましたぁ、頭目」


 ソフィアの髪を触っていた男はソフィアの元を離れ、頭目と呼んだ男に親指で示された部屋の外へそそくさと走っていった。

 それを見届け、男はソフィアの近くにドカッと座り込む。

 ソフィアは起き上がり、壁を背にして座る。


「よう、元気か?」

「……あなたは?」


 ソフィアの立場を理解しているにも拘らず、友人とするような軽い会話の導入をしてくる男に、警戒の視線を向けながら見知らぬ男に問いかける。

 そんな警戒を諸共せず、男は変わらず軽い態度と言葉で答える。


「自己紹介がまだだったな。俺はエアハルト。アルスクーナっていう組織の――まぁ言っちまえば“何でも屋”だな。それの頭をやってるモンだ。短い間だろうがよろしくな」

「……それで、私を拘束している理由をお尋ねしても?」


 よろしくと言われたが、ソフィアとしてはよろしくするつもりがないのでそれには答えず、再び質問を投げる。

 ソフィアの態度に肩を竦め、しかしそれ以上の感情を見せない男――エアハルトは、言われた質問に素直に答える。


「なんでって聞かれたらそりゃあ依頼があったからだな」

「依頼、ですか?」

「そうさ。詳しいことは守秘義務で言えんが、魔導学院に通う深い青色の髪をしたソフィアという名の少女を捕えて欲しいって依頼だな」

「なぜ、そのような依頼を?」

「さてな。俺には依頼主の心はわからんし、意図も聞いてないから――」

「そうではなく、なぜその依頼をあなたは受けたのですか?」

「ん? ああ俺たちか」


 エアハルトは解釈を間違えたわ、と快活に笑い、ほんの少しだけ悩むような素振りを見せる。


「簡単な話だ。その依頼が金になるからだな。たかが学生を捕えるだけで一年は遊んで暮らせる金が貰えるってんだから、そりゃ何でも屋の俺たちからすれば受けるだろうよ」

「……その結果、一国家を敵に回すとしても、ですか?」


 睨みつけるようにして訊ねたソフィアに、今まで軽薄な態度を貫いてきたエアハルトの気配がスッと引き締まる。

 眼光はそれだけで人を射殺すのではないかと錯覚するほどに鋭く、纏う雰囲気は先ほどまでとは打って変わって一部の隙も見当たらないほどに盤石となった。

 その急速な変化についていけず、体が縮こまり震えが止まらなくなったソフィアを見て、その雰囲気を解いて先ほどまでと変わらない軽薄さを取り戻す。


「正直なところ、あんたを捕え、面倒にならないように身に着けてる魔道具を取っ払ったときに、顔が変わったのは驚いたさ。それが王国の王女様となれば当然な」

「……では、どうして私を解放しなかったのですか? もうすでに、引き返しの付かないことになっている、と?」

「いんや? まだあの国――いやアルメディナトじゃ、ようやく捜索が始まったころじゃないか? あん時のあんたは学院の生徒であって国の王女じゃあなかったからな」


 ならばよりわからない、と不思議を心に抱く。

 まだソフィアを誘拐したことが知れ渡っていないのなら、学院へと戻すこともできたはずだ。

 ましてや、王族を誘拐したともなれば、それがバレて掴まった場合のデメリットを考えると多少の無理を押してでも返すべきだろう。

 なのに、エアハルト及びアルスクーナという組織はそれをしなかった。


「まぁでも結局、あんたの正体を知ってもここに拘束してるのは、金になるからだな」

「金に?」

「そうさ。もちろん、あんたを王国に返せば俺たちは誘拐犯として即刻死刑だろうよ。あんたは王国民から多大な信頼と好意を寄せられているからな。たとえ国王が許しても、国民は許さない。だから、帝国を経由してあんたを返そうと思う」

「帝国を……?」


 そこでなぜ帝国の名が出てくるのか、と純粋な疑問を抱いたソフィアに、エアハルトはそれを理解しているかのようにニヤリと笑みを浮かべた。


「なんで帝国かってか? まぁ隠す必要もないしな、答えてやるよ。つってもそう大したことじゃない。帝国にはあんたの姉がいるだろ? あの国は実力至上主義。俺たちはイカレタやつばっかりだが、武力だけならそこそこを自負してる。さすがに一国の軍隊とやり合ったら負けるだろうが、修復に十数年はかかるだろう痛手は負わせられる。だから、命を懸けてあんたを取り返しにくる王国じゃなくて、俺たちを許容せざるを得ない要因のある帝国なのさ」

「……私を人質にすれば、王国でも怖くないのでは?」

「それはその通りさ。でも言ったろ? あんたが死ねば金が手に入らない。王国にあんたを返すなら、俺たちはあんたを殺さず王国に取られずに、王国軍と敵対することになる。それは流石に無理だからな。敵対しない帝国に渡すのさ」


 エアハルトの言葉に、ソフィアは納得する。

 アルスクーナという組織の全体図は知らないが、エアハルトの言葉通りなら王国軍に痛手を負わせるだけで勝てはしない。

 ならば、軍をかけてまで奪い返す必要のない帝国に、しかし奪い返さねばならないりゆうのある帝国に引き渡す、という判断は賢く正しいものと言える。


「ま、それまではあんたが逃げられないようにしつつ、丁重に扱うさ」

「先ほど身の危険を感じたばかりですので、その言葉は信用できません……」

「その件はすまんかったな。さっきのアイツは俺の監督不行き届きだ。アイツに釘は指しとくし、もう少しあんたに目を向けとく」

「……そうですか」


 その言葉を聞いてもなお信用に値しないエアハルトに対し、表面上だけ納得したような言葉を投げる。

 その言葉に込められた意味を理解したのか、エアハルトは肩を竦めて仕方ないかと呟く。


「ま、自由はないが、ゆっくりしてってくれ。半日近くも飲まず食わずだったらそろそろキツイだろ。あとで飯を持ってこさせる」

「……私、半日も寝ていたんですか?」

「言ってなかったか?」

「そんなに……」


 どうやってこんな場所に連れてこられてかは覚えていないが、それにしても敵地のど真ん中で半日も眠りこけていた自分に驚く。


「ストレスでも溜まってたのか知らんがあんまり根を詰めすぎるなよ? あんたが壊れたら俺たちがそうしたってことになっちまうからな」


 濡れ衣はごめんだと言って、エアハルトは立ち上がってきた道を引き返した。

 そして入り口で先ほどソフィアの髪を食べたいと狂気的な発言をしていた男に注意するような厳しめの口調で窘めた後、どこかへ消えていった。


 それを見届け、ソフィアはどうしようかと思考に耽る。

 逃げるにしても道が分からない。

 ここが例えば山や崖に穴を掘っただけのものならいいが、もっと複雑な構造をしていたらもたもたしている間に捕らえられる。


 それに、この組織の構成員と正面からぶつかって勝てる保証がない。

 否、確実に勝てないだろう。

 軍と戦える実力のある組織の構成員が弱いはずがない。

 人海戦術で戦うにしてもある程度の実力がなければ魔術師の広域魔術に抗うこともできずに一掃されるからだ。

 個々人の実力もそうだが、ソフィアに割いている人員の数もわからない。

 圧倒的に情報が足りない現状、ソフィアができることは情報の収集しかない。


 それに、エアハルトはソフィアの待遇と命を保障したが、言ってしまえばそれ以外の保証はされていない。

 例えば、先ほどのような男に弄ばれるようなことがないとは言い切れない。

 流石に組織のリーダーから直々に、それも厳しめの注意をされたばかりでソフィアに手を出すなんてことはないと思うが、心情的には早くここから脱したい。

 自分に危害を加える可能性のある人間と同じ場所に居続けるのは、いかに鍛えられた精神力を持っていても辛いものがある。

 いじめとはわけが違うのだ。


 しかし、こうして悩んでいるだけでは何も進展がない。

 考えることと悩むことは違うのだから。


 ソフィアは景色の変わらない天井を見上げる。


「今は大人しくしてるしかない、か」


 そう小さく呟いて、ソフィアは目を閉じた。






 * * * * * * * * * *






 この洞穴で目覚めてからどれくらいの時間が経っただろうか。

 眠気が二回襲ってきたから、既に二日は経っているだろうか。

 日の傾きもわからない洞穴にいて、ご飯を食べていない為、時間の感覚は睡眠による体内時計を頼るしかない。


「二日も寝れてないだけでこれだけなら、一週間寝なかったらどうなるんでしょう……」


 かつて、ラディナから聞いた綾乃葵の話を思い出し、その辛さを想像する。

 もしそうなったらどうなるんだろうかと考えて、しかしその考えも眠気によって掻き消される。


 そもそも、睡眠不足に悩まされているから、その体内時計もどれほど信用していいものか。

 眠いだけあってまともに考えることすらできないが、それでも意識だけは保っておかねばならない。

 殺される心配がないからとか、ただ単純に眠る環境が悪いとか、そんな理由で眠らないのではない。

 その理由は――


「や、やぁ……。きょ、今日もご飯、も、持ってきたよぉ……。きょ、今日こそは、ちゃ、ちゃんと食べてねぇ……」


 ――毎日、こうして甲斐甲斐しくご飯を持ってきて来る男にある。

 この男は目覚めた最初に出会った男で、髪を食べたいとか言い出す変態的な性癖を持つ男だ。

 エアハルトが注意をしたから少しは収まりを見せたし、実際、接する距離は離れたのだが、視線やら態度がどうにも気味が悪い。

 命の危険はなくとも身の危険は感じるし、この男が常に部屋を見張っているため、眠ったら何をされるかわからないと言う危機感が、睡眠の質を落とし、睡眠時間そのものを奪っている元凶だ。


「ほ、ほら……く、口を開けて」


 男は持ってきたトレイを地面において、スプーンでスープを掬うとそれをソフィアの口元へと運ぶ。

 ソフィアの腕が後ろで縛られている以上、そうでもしないとまともにご飯も食べられないのだが、それをしている相手が相手なだけにこの食事の時間は嫌いだ。

 それに、エアハルトはソフィアを殺さないと言ったが、この男が食事を持ってくる間に何か細工をしていないとは限らない。

 だから、ここで目覚めてから現在に至るまで、一度たりとも提供されたものに手を付けていない。

 今日もご飯を食べる意思がないと態度で示すソフィアに、男は困ったように眉をひそめる。


「……ま、またご飯、た、食べないのぉ? ご、ご飯食べなきゃ、し、死んじゃうよぉ……?」


 男の言葉には耳も傾けず、絶対の拒絶を態度で示す。

 魔術で生成した水を飲んでいるから、あと数日は死なないだろうし、それだけの時間があれば。捜索隊がここを見つけるか、あるいはエアハルトの目的通り、帝国へ売り飛ばす準備の為に輸送されるだろう。

 そうなれば、この男ともさよならできる。

 だから、それまでの辛抱だ。


「……もぅ、し、仕方ないなぁ」


 男はそう言って、ソフィアの口に近づけていたスプーンを引き戻し、自らの口の中へ運んだ。

 ソフィアに与えるよう言われていた食事を食べることに何の意味があるのか、と疑問に思うソフィアを他所に、男はそのスープを口に含んで、まるでキスでもするかのようにソフィアへ近づいてくる。

 それを見た瞬間、男のしようとしていることを理解し、全身の毛がよだつ。


「やめてッ! こないでッ!」


 下を向き、拘束された両足で男の腹部に蹴りを入れて、少しでも近づかれないようにとするが、男は見た目通り筋力があり、ソフィアの蹴りを簡単に手で捕らえて、逆にそれを引っ張られる。

 壁を背にしていたが、足を引っ張られたことで仰向けに倒れ、マウントポジションを取られる。

 下腹部辺りに乗っかられ、男の背を足で蹴ることもできず、腕は背中で拘束されているので前にいる男には影響を与えない。

 男は抵抗のできないソフィアの顔に自らの顔を近づけて、口に含んだスープを直接ソフィアの口に流し込もうとする。

 男の顔を遠ざける手段がないため、顔を逸らして必死に男の行為から逃れようとするが、頭を掴まれて、真正面で固定される。

 今度こそ逃げ場のなくなったソフィアに、男はゆっくりと顔を近づける。


 口を開ければ男の口に含まれたスープを流し込まれるため、嫌だと言葉にすることもできず、頭を掴まれても嫌だと態度で表す。

 だが最後の抵抗もむなしく、男の唇がソフィアの柔らかな唇に触れる。


「――……え」


 男の唇が触れようとした寸前で、男は口に含んだスープを撒き散らしながら吹っ飛んだ。

 木の葉が風によって巻き上げられるように、それはもう綺麗に吹き飛んで、洞穴の硬い壁に激突した。

 壁にはヒビが入り、その衝撃が体格のいい男を吹き飛ばすだけの威力があったことを何より証明している。


 それをした張本人は、振りぬかれた形の拳を引き戻し、男へ嫌悪と怒りを込めた視線を向ける。


「おぉ……」


 その人を見て、ソフィアの瞳から意図せず涙が溢れた。

 安心したのか、猛烈な虚脱感とどうしようもないほどの体の震えが襲ってきて、そしてどうしようもないほど胸の奥が熱くなった。


「思ったよりも吹っ飛んだな……」


 一目惚れをした黒目黒髪の少年あやのあおいが、そこにいた。



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