第二話 【変化】




「そういえば、一つ聞いておきたいことがあったんですけど」


 結愛の捜索に関して詳細を詰めて、部屋から去ろうとドアを開けたとき、葵は唐突にその言葉を投げた。

 ソファから立ち上がり、葵たちを見送る形でこちらを見ていたコージは、柔和な笑みでそれにこたえる。


「何だい? アオイくん」

「今までの会話と何の脈絡もない話で申し訳ないんですが――」


 そう前置きして、ふと頭に沸いた、共和国関連の疑問を一つ、尋ねた。


「――初代勇者って、女性だったんですか?」

「! ……そのことをどこで?」


 質問を質問で返されたが、その態度が答えになっているようなものだった。

 なので、こちらから先に、疑問に答える。


「ソウファは初代勇者の従魔として活躍した“銀狼”の子孫で、“銀狼”の加護を受け継いでいました。でも、それを受け継いだ過程で、その加護を制御することができず一時は死に至りそうになりましたが、俺の中に加護を仮置きし、ソウファが扱える最大を引き出して自らのものにしていく、という手法で、何とか事なきを得たんです」


 自分の右後ろをついてきていたソウファに視線をやって、ひと月前に起こったことを話す。

 葵の話を興味深そうに、そして同時に大変だったんだね、と同情してくれるコージとリンコに、失敗した結果そうなっただけという事実は伝えずに、話を進める。


「その際に、俺は“銀狼”の加護に蓄積された記憶の一部を見ました。その一つに、初代勇者と思しき人物が現れたのですが、それは女性でした。初代勇者は勝手に男だと思っていたので、自分の勘違いか、あるいは“銀狼”が初代勇者の従魔ではなかった可能性を思い浮かべたのですが、そのあとで見た記憶の中に、もう一つ不思議なものがあったんです」

「……それは?」

「“銀狼”の加護に蓄積されたはずなのに、“銀狼”が一切登場せず、男性と女性の二人が、光の届かない暗い部屋で話している、というものでした」


 そこまで言うと、コージは腕を組み、葵の言葉を今までと同じか、それ以上に真剣に耳を傾けた。

 初代勇者の末裔であるコージだから、この話を聞いてみようという短絡な思いもあったとはいえ、これは意外に謎を解く鍵になるかもしれない、と思いつつ続ける。


「その女性の声は、“銀狼”の加護の中で見た女性のものとおそらく一緒で、男性はその女性に対して、『初代勇者としての務めは果たした』と言っていたんです。それでこの話は本当なのかを、初代勇者が深くかかわった国であり、その末裔であるコージさんに聞いておこうと思いまして」

「……確かに、伝承には一つも残っていない、今は我ら子孫の中でしか伝えられていないことだが、初代勇者は女性だ。その声というのは、おそらく仲間の誰か……二人っきりだったのなら、おそらく初代勇者の伴侶であったワタル、という人物だろう」

「はい。その女性は男性のことをワタル、と呼んでいました。逆に男性は、女性のことをマキ、と」

「その通りだ。初代勇者の名前はマキ・ハツカ。どの伝承にも残っていないがね」


 コージは懐かしむような様子で、そう答えた。

 あの時に見た記憶が間違いではなかったとわかった。

 だから、調子に乗ってもう一つ質問をすることにした。


「では、初代勇者が『人柱になる』と言っていたことの真偽はわかりますか」

「初代勇者が人柱になった……?」


 葵の発言を聞いたコージは、訝しげに葵のことを見た。

 そのあとすぐに考え込むようにして、腕を組みながら唸った。


「……いや、少なくとも私は、それを知らないな。伝承に残されなかったものと言えば、今言ったように初代勇者自身のことと、初代勇者とその仲間は長生きができなかったことと、初代勇者が作ったダンジョンの最下層に到達するための抜け道がある、ということくらいだ」

「長生きできなかった、というのは? 理由はわかっているんですか?」


 葵の言葉に、コージは首を振った。


「いいや、理由は不明だ。事実として、それが残されただけ。最期まで生きたワタルでさえ、四十手前で自らの死を悟り、北にある森の別荘で息を引き取ったとされている。一説では、ワタルの死に場所が、北東にある“灰の森”とも言われているが、真相はわからない。何せ、“灰の森”にそんな建物はなかったからね」

「わからないことも多いんですね」


 その言葉に、コージは肩を竦め、ああ、と頷いた」


「この世界の常識を塗り替えたという功績を持つとはいえ、五千年という長い年月が経っていれば、記憶も記録も薄れて消えていくものだよ。まして、それが正しいまま伝わるなんてことは滅多にない。人々を脅かした魔王と戦い、勝利した初代勇者ともなれば、人々の想像だけで、どこまでもその影は肥大化していくからね」

「……なるほど」


 確かに、葵たちが生まれる数百から数千年前に起こったとこも、まだ謎に包まれたことはたくさんある。

 地球の場合、それは情報を残すという選択肢が少なく、また残した情報を管理できず、最終的に廃れさせてしまったということもあるだろう。

 この世界では初代勇者の時代から情報を残すということが行われていたみたいだが、それでも地球の倍の年月はあった。

 地層から得られる情報で過去に何が起こったのか推測することは可能だが、たった一人の人生を辿るなんてことをできるはずもないので、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。


「灰の森と言えば、一年前の魔物が現れたという一件もまだ未解決でしたね」

「ああ、そう言えばそうだったな。……あ、そう言えば!」


 リンコの何気ない発言で、コージは何かに弾かれたように執務室の戸棚のガラス扉を開けて、その中に入っているファイリングされた書類を一つ一つ視線で追っていく。

 しばらくしてその視線が止まり、一つのファイルを取り出すと、ファイルを開いて中を見ていく。

 何をしているのかわからず、リンコに視線を送るが、リンコも眉をハの字にし、困惑を瞳に宿していた。


「あった! これを見てくれ、アオイくん!」


 コージは葵が声をかける前に、見つけたかったものを見つけたらしく、それをローテーブルまで持ってきた。

 テーブルに置かれた一枚の紙を見ながら、いきなりの不思議な行動の説明を求める。


「これは?」

「これは一年前、この国で発生した建国以来の一大事の記録だ。この国のある島の魔素は全て、空を半円球状に展開されている初代勇者にのみ扱える大結界の維持に使われているから、物理的に魔物は発生しないはずなんだ。それなのに初めて発生した魔物に、国民は驚いていた。だから、他のどんな事件よりも、多くの人員が導入され、情報の正確さを追求したんだ」

「それがこの紙ですか?」

「ああ。それで、リンコの話を聞いて思い出したのが、この魔物を発見した人間が、女性であり、どこの国でも見たことがない、しかし明らかに私服ではない制服を着た、黒目黒髪の少女だった、ということだ」


 その発言を聞いて、葵は全身の毛が逆立つのを感じた。

 結愛らしき人物を発見した、という情報を聞きつけてこの国にやってきて、その上でさらに有力な情報を得たことに対して、嬉しさと喜びが自然と現れたのだ。

 しかし同時に、冷静な部分がその内容を指摘する。


「でもちょっと待ってください。それは一年前の事件ですよね?」


 葵の言葉に、コージは頷いて答える。


「俺たちが召喚されたのは二か月とちょっと前です。それじゃ、時系列が合わない」

「その通りだ。だからこそ、私も無意識のうちにこの事件を切り離していた。でも思い出してほしい。アオイくんは召還時、結愛くんは確実に召喚されたが、魔術陣の外に近かったと、そう言っていたらしいね」

「……まさか」


 魔術陣とは、基本的に魔術の効果をもたらす事象を文字や数式に書き出し、天性の才能として魔術を扱えない人間でも魔力さえ持っていれば同じ魔術を扱えるようにする、という目的のために発案、研究されてきたものだ。

 しかしそれは、魔術を扱えない人間が少なかった過去にこそ意味があり、今ではほとんどの人間が魔術を扱えるため、魔術陣はほとんど意味をなさなくなった。

 なのに、魔術陣は五千年もの間、一切廃れることなく、その研究はされ続けてきた。

 それはひとえに、魔術陣が輝く分野――ほんの一部の、限られた人にしか扱えない空間系の難しい魔術を扱えるようにするため、という目的があったからだ。

 その研究の結果、五千年の時をかけて完成したのが、葵たちの召喚に使われたものであり、五千年の時を経ても大人数でしか扱えなかったが、今回の問題はそこじゃない。


 問題はその魔術陣の効果範囲だ。

 本来、魔術陣を使う魔術の発動は魔力を込めた反対側から射出される。

 火でも水でも風でも土でも、だ。

 しかし召喚に使われた魔術陣は、他のものとは大きく違う。

 それは、魔術陣内でのみ、その効果が発揮される。

 効果とは、地球から召喚場所までの転移と、時間的な縛りだ。

 転移に関しては言わずもがなで、時間的な縛りとは、惑星同士の時間のずれに由来する。


 惑星とは、自転や公転などで、それぞれ流れる時間が違う。

 水星での一年は約八十八日で、水星での一日は水星での二年――つまり約百七十六日となっている。

 一日が一年より長いという地球では摩訶不思議な現象が起こっているのは少し特殊な事情があったはずだが、小学生のころに宇宙についてハマっていた時期に覚えた物事なので、うろ覚えだ。


 とにかく、惑星ごとに一日や一年といった時間の意味合いが異なるため、それを合わせるために比較的この世界と時間軸の近い人の住む世界である地球にその魔術陣を敷いた。

 それでも、召喚してから数年後に召喚者が現れては喚んだ意味が薄くなってしまうので、魔術陣に一つ、仕掛けを施した。

 それが時間的な縛り、というやつだ。

 惑星同士の時間軸は可能な限り寄せたので、あとは可能な限り早く魔術陣を通して人を喚ぶために、魔術陣を発動させた時間と、対になる魔術陣が効果を発揮した時間のタイムロスをなくし、早急に惑星の壁を越えさせる――つまり、召喚するということをした。

 そこには別の思惑もあり、どちらかと言えばこちらが主体であるのだが、それは召還される人間の負荷を軽減することだ。

 地球でさえ、経度が十五度程度変わると支障をきたす時差ズレ、というものがあるのだから、時間的なズレが発生すれば当然、体には途轍もない負荷がかかる。

 だからこその、時間的な縛り――時間の固定を含め、召喚をした。


 結果、その目的自体は成功したらしい。

 しかし同時に、魔術陣の中にいながら、魔術陣の効果を受けられたかどうかが怪しい人物が、一人いた。

 それが、結愛が一年前にこの世界にいた可能性と関わりを持つ。

 つまり――


「魔術陣に乗った人を守るための空間と時間を移動させる際にかかる負荷を軽減するために、その両方を固定する、という恩恵を受け損ねた結愛は、場所だけじゃなくて時間すらもズレたってことか?」

「可能性は高い。私は物理を専門にしているわけでも、魔術を専門にしているわけでもないから、義務教育程度の稚拙な考えだけど、もしこの記録にある黒髪黒目の少女が結愛さんだと考えるなら、その可能性は拭いきれないだろう」


 それが事実だとすれば、あまりに過酷な運命を強いられた結愛がとても心配だ。

 いきなり訳も分からずに召喚なんて儀式に参加させられ、召喚されたと思えば誰もいない場所にいて、しかも魔物に襲われる。

 撃退こそしたらしいが、それでもやはり、自分がその場にいてあげられなかった不甲斐なさを覚える。

 手に持っていた資料の端を握り締めていた。


「大丈夫かい?」

「……はい。少し、自分の浅ましさと、愚かさと、身勝手さに辟易していただけですので」


 コージにそう声をかけられ、葵は思わず力が入り、握りしめていた拳を開き、強がりにも聞こえる言葉で答える。

 葵の返答に、コージは何も言わずに顔を覗き込むようにしてみてくる。

 それに笑みを浮かべ、改めて大丈夫です、と答える。


「もしなにか手掛かりがあったら、すぐに伝えてくれると助かります。組合の依頼に結愛の捜索の項目があるので、そこにメッセージを残して頂ければ見ますので」

「わかった。それとその件について詳しい方が、零区の組合にいる。当時、第十二区の外周部の組合で、その事件を担当した受付の方だ」

「そうなんですね。ありがとうございます。明日早速、話を聞きに行きたいと思います」


 手に持っていた資料をコージに返し、踵を返してドアの方へ向かう。

 そして改めて振り向き、頭を下げる。


「最後まで付き合っていただいて、ありがとうございました。また困ったことがあったら頼らせてもらいます」

「ああ。遠慮せず来てくれ。リンコ、見送ってやってくれ」

「はい」


 最後にそれだけ言って、葵は部屋を退室した。

 リンコが先導し、来た道を戻る中、右隣りを歩くソウファがアオイを見上げながら疑問を口にした。


「主は、私が狼の姿だと困る?」

「……どうしてそんなことを?」


 あまりにいきなりだった言葉に、葵は不思議に思って質問で返した。


「さっきのお部屋に行く前に、ここで私のことを説明しようとしてた。ここだけじゃなくて、色々なところで説明してた。だから、私はこの姿じゃいけないのかなって」


 ソウファの言う通り、誤解を生まないために、予め利用する施設の店員なり窓口の受付員なりに、ソウファとアフィが魔物であることの説明はしていた。

 必ず言うことを聞かせるということと、国王の後ろ盾を最大限利用して何とかしていたが、それがソウファの目にはずっと葵を困らせることとして映っていたのかもしれない。

 でも、それは決して、困るようなことではなかった。

 むしろ、アーディルという賢王が許可したなら、と簡単に納得する人の方が多く、また“銀狼”であることを説明したら、大体の人が初代勇者の従魔であるということで許可を取るのは簡単だった。

 それに外見だけで言えば、ソウファやアフィは野生の動物が少し大きくなった程度の認識でも通じるので、ソウファが考えるほど、深刻なものではない。

 だから、何も心配することはないのだ。

 不安そうな声で俯くソウファの頭に手を乗せて、わしゃわしゃと撫でまわしながらなるべく快活に答える。


「大丈夫。ソウファもアフィもそのままで、何も問題はない。俺の役に立ってくれているし、むしろこれから二人の力をもっと欲する機会が増えるだろうから、気にしないでいいよ」

「…………うん。わかった。もっと主の力になれるようになる!」

「うん、お願いね」


 ソウファは葵の言葉で元気が出たのか、尻尾がぶんぶんと回っていた。

 背中に乗るアフィに、気持ちのよさそうな風が当たっていた。






 * * * * * * * * * *






 リンコの案内で首相官邸から退館し、コージがくれたメモを参考に近くの安全と快適、そして魔物連れでも問題ないと保証された宿屋で朝を迎えた。

 共和国に着くまでちゃんとした睡眠をとってこなかったからか、久しぶりに熟睡ができてとても清々しい気分で朝日を拝めた。


 葵たちが取った宿屋は今までお世話になった旅館という雰囲気からかけ離れた、超高層ビルのホテルだった。

 全員が起き次第、朝食を取り、結愛を探しながら、ここでやることをやっていく予定だ。


 コージからもらったメモには、武器を作製してくれる武器鍛冶屋も書かれていたので、折を見てそこも訪れるつもりでいる。

 多分、この武器鍛冶屋は葵が武器を失ったことを王から聞いたコージの配慮だろう。

 ほんとに感謝しかない。


 窓の外に昇る朝日を眺めながら、これからやるべきことを考えていると、背後から声をかけられた。


「葵様。おはようございます。十分お休みになられましたか?」

「おはよう、ラディナ。たっぷり寝たから大丈夫。今日も張り切って結愛を探しに行こう」


 そちらを振り向くと、寝起きなのにシャキッとしたラディナがいた。

 しかしこちらも長旅の疲労からかまだメイド服には着替えておらず、ふた月ほど一緒に生活をしていて初めて見る寝間着姿だった。

 とはいえ、流石は側付きというべきか、そこに可愛さや美しさというものはなく、実用性と機能性を兼ね備えた、動きやすそうなものだった。

 結愛を見つけて、大戦を終わらせれば、ラディナはもっとオシャレをできるようになるはずなので、それも目指せるといいな、なんてことを考えながら、返事をした。

 その返事に、ラディナは頷いて応える。


「ソウファとアフィが起きたら、朝食にしよう。バイキング形式だけど、コネを使って部屋に持ってきてもらえることになってるから」

「はい。それまでは?」

「そうだな。着替えてから……昨日、組合の人からもらった地図を暗記しようか。官邸の住所とここの住所から予測できる範囲で」

「承知しました」


 そう言って、葵はその場で、ラディナは脱衣所に移動し、着替える。

 その際、葵のベッドの脇にいたソウファがうぅん、と声を上げた。

 起こしてしまったかな、と思いつつ、そちらを除き、目に入ってきた光景に驚きの声を上げた。

 それを聞きつけて、ラディナがバッとドアを勢いよく開けて部屋に戻ってくる。

 助けを求めるようにそちらの方を振り向き、葵はまた驚きで声を上げた。


「ちょっ、ラディナ! なんで下着姿で!?」

「そんなことより敵襲ですか!」

「えっ、あ、いや! えっとその、なんだ? いや、そうじゃなくて。ちょっとラディナ、こっちに」


 第一の混乱が収まる前に第二の混乱が迫り、脳内パニックが酷いことになっているが、それでも頑張って抑えてなるべくラディナの方を見ないように手招きする。

 それに釣られ、ラディナはベッドを迂回して葵の指さす方を見て、面を食らったような表情をした。


「…………この、少女は?」

「わからない。ソウファかと思ったら違って吃驚して声上げちゃった」


 葵とラディナの先には、ソウファの為に敷いてあげた毛布の上で女の子座りをし、眠たそうな目を擦っている。

 年齢は十歳ほどで、太陽の光を反射する髪は美しい銀色。

 瞳は銀色に近い青色をしている。

 まるでソウファのような――というか、ソウファなんだろうな、という確信が、葵の中にはあった。

 ソウファの就寝した位置で目覚め、ソウファと同じ色の体毛を髪色に持ち、瞳の色も同じ。

 ここまでの条件が揃えば、この手の物語を読んでいた葵でなくとも理解できておかしくない。

 それに、この少女から感じる魔力とソウファから感じていた魔力が同じなので、これで別人でした、なんて言われたら双子を疑うレベルだ。

 だが一応、間違っていたらちょっと恥ずかしいので、確認だけしておく。


「ソウファであってるよね?」

「はい。そうです……ってああ!」


 ソウファは葵の質問に答えたかと思ったら、寝起きとは思えないくらい大きな声を上げた。


「私、人の姿になれてる! やった!」


 自分の体が狼ではなく人になっていることを認識し、それに対してとてもはしゃいでいた。

 その様は年相応なので大変微笑ましいのだが、如何せん今のソウファは素っ裸だ。

 いくら葵に幼女趣味はないとはいえ、女の子の裸を直視するのは気が引ける。

 なので視線を逸らしつつ、ラディナに予備のメイド服を渡してそれを着させるようにお願いした。

 ラディナがソウファを連れていっている後ろ姿を見て、ソウファの大声で起きたアフィが少女をみて首を傾げていた。


「あれ、ソウファだよな?」

「うん。俺もそうだと思ったし、本人もそうだって言ってた」

「……なんで人の姿になってんだ?」

「わからない。これから事情を聴くために、まずは一度、服を着てもらいに行ってる」


 これは、あとでソウファの為に服を買わなきゃな、と新しい予定を加えつつ、葵とアフィはソウファの着替えが済むのを待った。






「それで、ソウファはどうしてそうなったの?」


 ぶかぶかのメイド服で身を包み、それはもう満面の笑みで脱衣所からでてきたソウファに開口一番そう尋ねた。

 それを受けたソウファは全身を少し傾け、んー、と言いながら天井を見て考え込むようなポーズをとる。


「主は、私が狼の姿だと、色々と大変そうだった。主はそんなことないって言ってくれたけど、私は少しでも主の力になりたかった。だから、主に任せてた“加護”? を少し引き出して、主の為になれるように頑張った。そしたらその姿になれた」

「……なるほど」


 つまり、ソウファはこのひと月ほど葵と一緒に過ごし、至る所で葵がソウファたちのことを説明しているのを見た。

 その様子を見ていたソウファは、それが葵の負担になっているのではないかと考え、官邸での帰り道にそれを聞いた。

 その質問に対する葵の答えを聞いて、ソウファは加護から力を引き出し、葵の答えである『葵の力になる』を実践した。

 結果、なぜか人の姿になった。


「なるほどな……」


 まとめた結果、やはり訳が分からなかった。

 銀狼の加護の力を全て俺に預けていたというのも初耳だったが、それ以上に加護の力を引き出した結果人の姿を得た、というのが全く理解できない。

 そもそも人の姿になったソウファでさえ、その部分の説明が曖昧だ。

 ソウファ自身も自分が人の姿を得た理由を理解していないように思える。

 ということは、つまり――


「――よし。この話はここで終了! 考えてもわからないから放置!」

「承知しました。では今日の予定は変更で?」

「そうだね。ラディナはソウファの服を選んであげて。流石にそのぶかぶかのメイド服で外を歩かせるわけにはいかないから」

「? 私は大丈夫ですよ」

「ソウファが大丈夫でも、周りの目が大丈夫じゃないの。アフィはソウファと一緒にいてあげて。人の姿になったばかりだし、体の操作とか覚束ないかもしれないから」

「でもアオイ。服を作るなら採寸とかしたほうがいいんじゃないか?」

「……確かに」


 アフィの言い分は、尤もなものだった。

 採寸が分からなければ服は選べないし、おおよそのサイズは合っていても、着心地やデザインなんかは本人によるところが大きい。

 ならばいっそ、ソウファも付き合わせていいんじゃないだろうか。

 顎に手を当て、思考する。


「そうだね。うん、じゃあラディナとソウファが服選びで、アフィは付き添い頼む。俺は昨日と同じで町で情報を掴むよ」

「承知しました」


 その後、部屋に朝食を持ってきてもらい、食事をとった。

 ソウファが少し食べ辛そうにしていたから、やはり四足から二足への変化は相当大きいのだろう。

 むしろまともに歩けるだけ才能があるといえる。


 そんなこんなで朝食を終え、葵とラディナたちで分かれて、それぞれの目的へと向かった。



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