第十三話 【一縷の望み】
道中、騎士団員が葵の元に来るまでの話を聞いた。
葵がこの国の組合に行き、そこで結愛の新しい情報の有無と、組合長のマンドゥに魔物を仲間にしたことを告げて、ラディナと別れ王城に行った。
王城で王と話し、ソフィアとも少し話しをしてから、ラディナのいるあの家へ行った。
その十数分後に、組合からの来客があり、その人曰く、組合に葵が出した結愛の依頼を見てこの人なら見たことあるな、と言った人物がいたという。
その人を引き留めて詳しいことを聞き、同時に王城にいるという葵に話をしに行った。
しかし王城に葵はおらず、しかし居場所はソフィアが知っていたので、こうして使いを出した、ということらしい。
これまでも、何度か結愛の目撃情報はあった。
しかしそのどれもが、召喚者の召喚との日時が合わず、嘘だとわかるものだったため、葵に報告こそあれど、騎士団の人が出向く形になっていた。
もちろん、その情報源が葵のいた町から遠かった、というものあるが、それ以上に、情報の信用が薄かったのだ。
しかし今回の一件は、今までのものとは違った。
その情報をもたらした人は、約ひと月前の情報を持ってきたという。
ひと月前とはつまり、葵たちが召喚された時と重なる。
些細な嘘を暴くために、いつから行方不明という点をぼかして依頼していたことが功を奏したらしい。
しかし、今回の一件のどれもが、非常に間の悪いものだった。
もう少し葵が組合に行くのが遅ければ、その人と鉢合わせしていたかもしれないし、王やソフィアとの話が弾んでれば王城で組合からの伝令と会えたかもしれない。
間の悪さに舌打ちしたい気持ちを抑え、屋根上を駆けること数分。
組合へと到着した葵たちは、件の人と話をするために受付を訪れた。
「すみません。結愛の依頼を見て、何か情報を持っているという人は、どこにいらっしゃいますか?」
「その方であれば、下の酒場でお待ちになってもらっています。案内しますので、こちらへ」
「ありがとうございます」
受付の人に案内され、酒場の端の方にいた男性の元に連れていかれた。
男性は異世界モノなどでは、よく主人公の強さをぶつけられる哀れな立場で現れることの多い、噛ませ役のような男性だ。
見るからに強面で、体は葵より二回りはデカく、上裸で頭はスキンヘッド。
噛ませ役の要素を兼ね備えた人物だ。
これで口調が荒っぽく、喧嘩腰であればパーフェクトだ。
そんな男性に、受付嬢じゃ会釈をして話しかける。
「お待ちいただき、ありがとうございます。こちらが、先ほどの依頼主となります」
「おう、あんちゃんか。随分ひょろっちいな? 飯食ってるか?」
「お気遣いありがとう。それで、あなたが結愛のことを知っているって人間で間違いないか?」
「そうだぜ。依頼の話なんだろ? ここじゃなんだ、俺の行きつけの宿で話そうぜ」
「わかった。だけどこっちは急いでるんだ。あまり遠くは嫌だぞ」
「安心しな。ここから一分もしないよ。じゃあ行こうか」
男性はそういって立ち上がると、受付嬢にお邪魔したな、と挨拶して、組合から出ていった。
口調は荒っぽいが、喧嘩腰ではなかったことに若干面を食らいつつ、葵も受付嬢と門番の騎士に礼を言ってから男の後ろをついていく。
「今から行くのは、宿屋を兼業してる飯屋だ。元組合員の夫婦が営んでてな。色々な縁があって、今ではここの夫とはマブなんだよ」
「そうなんですか」
「ああ。ひと月前、仲間と一緒にダンジョンに潜って、大戦の為に力を蓄えに行ったんだが、思ってたよりも実力が落ちててな、鍛えなおしてからもう一回ってことで、一旦帰ってきたんだよ。っと、ここだぜ」
組合から一番近い路地に入り、一つ角を曲がった先にあった宿屋の戸を開ける。
中に入ると、そこには先ほどの組合の一階で見たものと似たような光景が広がっていた。
筋骨隆々のむさ苦しい男どもが、笑い声をあげてお酒を飲んだり、飯を食ったりしていた。
むしろ、全体的に年齢が若くないので、こっちのほうが異世界モノ感があると言える。
「ぃよう、ムラト! 遅い帰りだな! 受付嬢でも口説いてたか?」
「おいおい何言ってんだよハーディ。ムラトに口説かれる女なんていねぇって!」
「ちげぇねぇな!」
その言葉で、男たちは一斉にドッと笑った。
どうやら、葵を案内してくれた男はムラト、と言うらしい。
そして、この場にいるむさ苦しい男たちは、全員知り合いのようだ。
「うるせぇなアブー。お前だって今まで一人も彼女いねぇだろうが!」
「……言ったな? 表出ろやムラトォ!」
ムラトに口説かれる女はいない、発言をしたアブーという男性が、ムラトの煽りを受けて立ち上がった。
喧嘩が始まる、と少し警戒したが、周りの「やれやれー!」だとか、「今日はアブーが勝つのに賭ける」だとか、「殺すなよー」だとか、そんな軽いやり取りを聞いている限り、どうやら日常茶飯事のようだ。
「こらっ! 何騒いでるの!」
そんな一触即発だった場に、大きな女性の声が届いた。
その声の主は、厨房の暖簾をくぐって出てきた女性で、両手には料理の乗ったお盆が乗っている。
「だってよぉ、レイラ! ムラトの野郎がこの俺を馬鹿にしたんだぜ! 許せるわけねぇよ!」
「元々はアブーが
「ん? ああ、すまねぇ。ついこいつがムカつくから忘れちまってた!」
「ああ、いえ。大丈夫です。そちらも問題ないなら、話をしたいのですが」
「そうだったな。おいレイラ、ちょっと席借りるぜ」
「わかった。いつものでいい?」
「おう! ……あいや、水にしてくれ」
ムラトが、おそらく葵を気遣ってくれたであろう発言に、周りの男たちが色めき立つ。
「あのムラトが酒を飲まない……だとっ!?」
「どうしたあいつ……マジに女でもできたのか!?」
「さてはあの女の子がそうなんじゃないか? つまりあの男は……金持ちか!?」
ムラトの後ろの方で、男たちが驚いた表情でこちらを見ている。
最初こそ、彼らの顔や体格なんかで威圧感があったが、ここまで身内ネタのオンパレードだと芸を見ているみたいでいっそ面白い。
そこへ、厨房からレイラと呼ばれた女性が水を持ってきてくれた。
「ごめんね、聞いた通りうるさいやつらで。構ってたらお話しできないだろうから、無視でいいよ。ムラトも、その子たちは大事な依頼主なんだろ。ちゃんと話しなよ?」
「おうっ」
「……では――」
葵から切り出して、ムラトの持つ結愛の情報を聞き出した。
ムラトはひと月前、ここにいるメンバーの数名とともに、共和国が保有する人口ダンジョンで実践練習をしていた。
しかし、自分たちの実力が思いのほか落ちていたことに気が付き、一度ここに帰ることにした。
その帰り道、共和国の大通りの一つで、葵の依頼にあった結愛の似顔絵にそっくりな女性を見かけたという。
ならば、それを見かけた時点で組合を通じて連絡をくれればよかったのに、とも思ったが、それには共和国のお国柄、というものが深く関わっていた。
共和国は、たった一つの首都を囲む特殊な結界のおかげで町の外に魔物は一匹もおらず、組合の発祥の地として有名だが組合の数は一番少ない。
なにせ、組合があっても魔物の盗伐依頼がなく、あるのはせいぜい細々とした雑用のようなものだ。
共和国の組合は、半ば何でも屋みたいになっているため、向こうではそもそも依頼を見るという習慣がなく、こちらにきて初めて気が付いたという。
「ちなみになんだけど、なんでひと月も前の、それも人が多くいた大通りですれ違った程度の女性のことをはっきり覚えてるんです?」
「なんでってそりゃあ、あんな美人を一目見ただけで忘れられるほど、豊富な女性経験はないからな」
「そもそも女性経験自体ないだろうがよ!」
ムラトの発言に、後ろからヤジが飛んでくる。
それに一睨みだけ利かせて、葵の方へ向き直り、それにな、と前置きして、諭すようにして話を続けた。
「あんちゃんもそうだが、黒髪ってのはそれだけで珍しいんだ。共和国は黒髪の比率がどの国より高いっていうのは間違いない。が、それはあくまで初代勇者の血の入った子孫に限るんだ。片方だけの髪色を完璧に受け継ぐなんて滅多にないから、黒に近い髪色を持つ人が多くいても、あそこまでの黒くはならん。だから、あんなに綺麗で長い黒い髪は、誰でも一目見りゃ数十年は覚えてるんだよ」
「そういうものなのか」
結愛が大事に育ててきた髪を褒められるのは、その努力を知っている人間としてなんだか誇らしい。
頬が緩むのを抑えて、レイラが持ってきてくれた水を煽り、真面目な顔に戻す。
「纏めると、ひと月前、共和国で俺の出していた依頼にあった似顔絵にそっくりだった女性を見た、ということでいいな?」
「おう。それであってるぜ。何なら、一緒に行ってたやつらにも確認を取るか? 組合は近いから、依頼の似顔絵を見に行くのだってすぐだぜ?」
「ああ、いや、それなら」
そう言って、葵は指輪から依頼のものの原本となる似顔絵の書かれた紙を取り出して、机の上に置く。
と言っても、指輪のことが知られれば色々と面倒なので、カバンから取り出すフェイクをして、だ。
「そのメンバーってのは?」
「おーい、ハーディ、アブー、あとラムジ! ちょっとこっち来い」
先ほど、喧嘩しかけた人と、その前に発言していた男性が、ムラトの言葉を聞いてこちらに来た。
二人しか来てないが? と思ったが、すぐに暖簾をくぐって三人目が来た。
「こいつがラムジだ。俺のマブで、レイラの夫だよ」
「どうも」
「あ、どうも」
「それで、だ。この似顔絵、どっかで見たことないか?」
そう言って、ムラトは葵の取り出した紙を拾い、三人に見せてそう聞いた。
すると、考える間もなく口々に答えた。
「ああ、その人な! 共和国の帰りに大通りで見たよな! 美人だったよなぁ」
「アブーは口説こうかどうかなんてアホみたいな事抜かしてたよな」
「アホじゃねぇよ!」
「アホだろ? お前じゃ見向きもされねぇよ」
ハーディとアブーがそんなやりとりをしている間に、ジーっと結愛の似顔絵を見ていたラムジ、という男性が口を開いた。
「俺も見た。綺麗だったし、長い黒髪は印象に残ってる」
どうやら、ラムジはあまり喋るのが達者じゃないようだ。
それよりも、奥さんがいるのに他の女性を褒めていいのか? とタブーに触れていないか心配になる。
「おや、綺麗な顔した子だね。この子がどうかしたのかい?」
「ええ。この似顔絵の人は自分の姉なのですが、ひと月ほど前に行方不明になりまして。それで依頼を出して、情報を募っていたのですが、ムラトさんたちが共和国で見かけたと聞きまして、こうして話を聞いていました」
「なるほどね。それなら、早めに行った方がいいんじゃないかい?」
「はい。今日中には王都を出る予定です」
「今日? ……随分と準備がいいんだね」
「ええまぁ。姉は優しい人ですし、武術の心得もあるのでそこいらのチンピラには遅れを取るとは思えませんが、魔物相手にどれほど通用するかはまだ未知数ですので、いつでもどこへでも行けるように準備をしているので」
そう言って、手に握られた水の入ったコップの水面を見つめる。
やはり、結愛なら大丈夫だという気持ちと、本当に大丈夫だろうかという、相反する気持ちがずっと心の中にある。
むしろ、サルとの戦闘を経たことで、心配の方が増している。
魔物は基本的に脅威だが、徒党を組み、連携を駆使すれば、ほとんどの場合において組合員ではない大人でも倒せる。
もちろんそれに例外はあるし、サルが例外だったという考えもできるが、戦闘の訓練を積んでいる騎士団員が二名で遅れを取るレベルの魔物が存在していることが、より葵の不安を掻き立てた。
だがここで心配をしていても、結愛は見つからない。
そう考え、葵はコップに残った水を飲み干す。
ふぅ、と息を吐き、顔を上げると、そこには何やら感動したような表情の男たちがいた。
よく見れば、後ろのほぼ全員が、同じような表情をしている。
「えっと……何か?」
「あんちゃん、姉貴のこと、好きなんだな……」
「……えっと、どうしてそうなるのかわかりかねるのですが……」
「あぁ、大丈夫だ。俺に姉はいねぇが大切な人を守りたい、助けたいって気持ちはなんとなくわかる。ましてやそれが、いきなり行方不明になった身内なんだ。相当、頑張ってきたんだな……」
「……」
何か勘違いされている気がするし、まだ努力の段階にすら至れていないから、ムラトの見当違いな言葉に無言になった。
ともあれ、必要そうな情報は得られたので、これ以上絡まれる前にここを去ることにする。
指輪から小分けにして取っておいた金の入った袋を取り出し、レイラに差し出す。
もちろん、カバンから取り出すフェイク付きで、だ。
「ともかく、情報ありがとうございました。とても助かりました。えっと、レイラさん、今日のこの人たちの飲み食いしたお金、これで足りますか?」
「? どういうことだい?」
「いえ、結愛の情報を持ってきてくれた方には、漏れなく何か対価を支払うことにしているんです。結愛の命とお金なら、天秤にかけるまでもないですから」
葵の言葉を聞いて、後ろの男たちがわっ! と沸き立つ。
どれくらい飲んで食ったのかわからないが、王からもらったお金があれば問題なく支払えるだろう。
足りなくなれば、最悪、また王からもらえばいい。
「お金は大切にって、お母さんはいつも言ってるよ」
そんな、少しゲスな考えを持っていた葵の右の方から声が聞こえた。
そちらに視線を向けると、少し下の方に頭があった。
背中にカバンを背負い、見覚えのある制服を着た大人びた顔立ちの少女が、葵のことを窘めるような表情で立っていた。
「ライラ。お帰り」
「あ! お父さん! いつ帰ってきたの!」
「今日だよ。さっきね」
その少女は、見た目に似合わずラムジの胸元へとダイブし、顔をすりすりした。
少女の言葉を聞く限り、どうやらこのライラと呼ばれた子供が、ラムジ・レイラ夫婦のお子さんらしい。
「ライラ。手を洗ってきなさい」
「はーい。ムラトおじちゃん達も、またね」
「おうっ。気ぃ付けてな!」
「もうっ! 私ももう子供じゃないんだから、家で転んだりしないよ!」
ぷんすか! とムラトたちにかみつきながら、店の奥へと入っていった。
それに呆気に取られている間に、レイラが葵の差し出した袋を押し返した。
「これは、あなたがあなたのために使いなさい。ライラも言っていたけど、お金は大事だよ。もしこれをどうしても払いたいって言うなら、こいつらがその依頼の子を連れてきたらにしなさい」
「……しかし」
葵が反論しようとしたところで、ムラトが声を上げた。
「そうだぞ。確かに俺たちはそのお金を貰いたいし、貰えたらそりゃもうこの店の酒全部飲みつくす勢いで飲むだろうさ。でもそれは、あんちゃんの依頼を達成してからでも十分さ」
「そうだぜ坊ちゃん。ムラトの言うとおりだ」
どうやら、この場にいる全員がレイラとムラトの意見に賛同しているらしい。
それは先ほどの奢り発言の喜びに歓喜していた人達と同一人物とは思えない豹変ぶりだった。
何なら、葵の知らぬ間に洗脳魔術でもかけられたんじゃないかというくらいに。
「……まぁあんちゃんがどうしてもそのお金を俺たちに払いたいってんなら、そんときゃ俺たちが一肌脱いでその依頼の子を見つけてくるっきゃねぇよな?」
アブーと呼ばれていた男が、悪戯そうにそう言うと、周りの男たちもそうだそうだ! と同調する。
その様子を、レイラもムラトもうんうんと頷いて見届けていた。
「……どうやら、俺はあなたたちのことを誤解していたようです。謝罪します」
「構わんさ。昔は見た目通り、金にがめついやつらの集まりだったからよ」
「何か、変わるきっかけが?」
まるで、大きな出来事があったかのようなムラトの発言に、思わず何があったのか気になって訊ねた。
葵の質問を聞いて、ムラトは懐かしむような笑みを浮かべながら、口を開いた。
「ああ。ここにいるやつは全員――ああ、ライラちゃん以外の全員な? 俺たちは七年前に、ある夫婦たちに助けられたんだよ。その夫婦は記憶を失っていたらしくてな。自分たちが夫婦であったことと、娘がいたこと以外、なーんにも覚えてなくてよ。自分たちが一っ番困ってたってのに、他人である俺たちを助けちまうくらいのお人好しでな。俺らはまぁ、助けられた分のお返しくらいはしなきゃなって思って、その人らと一緒にいたんだが、その内、考え方を変えるようになってな。その人たちの口癖だったんだ。『困っている人がいたら助ける。そうすれば、いつか自分に返ってくる』ってな」
「因果応報、ですか」
「それさ。だから、俺たちはただ目撃しただけの情報じゃ、その袋の金は受け取れない。でもそれを受け取りたいのも事実だ。だから、アブーの言った通り、俺らにも協力させてくれ」
ムラトはそう言って立ち上がり、葵の前に手をずいっと出してくる。
握手を求めるようなその手をまじまじと見つめ、ムラトの表情を確認する。
そこには、一点の曇りもない本心を感じ取れた。
「……じゃあ、よろしくお願いします」
「おう! 任せろ!」
そう言って、葵はムラトの手をがっちり掴む。
これで契約成立だ、とでも言わんばかりに、ムラトは気持ちよく笑った。
「んじゃ、あんちゃんが俺らに指示を出してくれ。むやみやたらに探すよりも、効率はよくなるだろ?」
「それはありがたい提案だけど……いいのか? 俺みたいなガキに指示されるのって嫌じゃないか?」
「なに言ってんだよ。俺らは見た目より他人を尊重できるってだけでおつむがいいわけじゃないんだ。だから、俺らよりも賢いであろうあんちゃんの元について、その通りに動くって方が、俺らの力を発揮しやすい。本来なら、誰かの下につくなんてごめんだが、あんちゃんなら、そこいらの金持ちよか信用できるしな」
「……わかりました。では、指示を出させてもらいます。まず、依頼の手伝いをしてくれる人はどのくらいいらっしゃいますか――」
そこから、ムラトを筆頭に、結愛の捜索を手伝ってくれると名乗りを上げてくれた人たちと色々な情報を交換していった。
合計二十四名の男たちがその手伝いに名乗りを上げてくれたので、騎士や国では手の届かない多少汚い場所での情報収集も可能になるだろう。
二十四人の男たちには、それぞれ四人グループを作ってもらい、六つある人の国に散ってもらうことにした。
ただ、それだけでは情報交換までの時間が数か月とかかってしまうので、組合長のマンドゥにお願いし、特例として情報交換用の依頼を一つ設けた。
葵が組合長に伝手があると知ってムラトたちには驚かれたが、親戚が知り合いだったんだ、と誤魔化しておいた。
ついでに、マンドゥに王城へ使いをお願いし、次に行く国を連合国から共和国へと変えた旨を伝えてもらう。
すでに、連合国へ話を通してもらっていたら、とても申し訳ないが、結愛が見つかる可能性が高いのでやむを得ない。
その後、依頼の似顔絵の少女――結愛のことをなるべく細かに話し、全員で共有した。
「――では、これでお願いします。何かあれば、この依頼を通すか、この国の王城に綾乃葵から頼まれている、と伝えてくれれば、多分通りますので」
「わかった。……っつても、もしかしてあんちゃん、相当いいとこの出なんじゃないか? 組合長はまぁ学院っていう誰でも接する場があるからわからんでもないが、王様の住む城にあんちゃんの名前言えば通じるってのは、騎士と一緒に来てたこと考えてもやっぱり信じらんねぇよ」
「まぁ、あまり声を大にして人に言える立場じゃないので、俺が組合長と知り合いだとか、王城に名前を出せば通じるってとは、なるべく他言無用でお願いしますね」
「それは勿論だ。信用してくれ」
二時間後。
葵たちはレイラさんの宿屋で地図と睨めっこしながら話し合いを終えた。
途中、レイラ・ライラ母娘の作った握り飯を頂いた。
美味しいご飯を食べている最中も、行儀が悪いが話し合いを続けていたが、その間もムラトたちは、葵の言葉を一言一句聞き逃すまいと懸命に聞いてくれた。
最初は自分たちの飲み食いした金を奢ってもらえるくらいの依頼料が目当てかと思っていたが、どうやら本当に、葵のことを考えてくれていると、この数時間の話し合いで分かった。
話し合いを終え、ムラトたちに伝えたいこと、聞きたいことを全て聞いた
「ほんとは、わたしもお手伝いしたいのですが……」
「ありがとう。でも大丈夫。君は学校があるって聞いたし、何よりムラトさん――じゃなかった。ムラトたちでも十分手は足りてるから」
「そうだぞライラちゃん。それに、まだ八歳のライラちゃんには少し厳しい内容だぜ?」
「もうっ! またムラトさんは私のことを馬鹿にして! 私は学院でも魔術陣の研究で一目置かれている人を師匠に――」
「えっ! 八歳!?」
ライラの言葉を遮って、葵が驚きの声を上げる。
それにその場にいた全員が止まり、同時にライラの発言の邪魔をしてしまったことへの罪悪感が葵を襲う。
「あ、ごめんね、遮っちゃって。ちょっとその、ライラちゃん凄く大人びてるから、てっきり義務教育は終えてるもんだと思っちゃってて」
「わかるぜ~、あんちゃん。ライラちゃんはめちゃ美人さんだから、そのくらいに思うのもわけないぜ。ただまあ、それだけじゃなくてな。ライラちゃんは魔導学院の――」
ムラトはそこまで言いかけて、ふと言葉を止めた。
なぜだろう、とムラトの視線の先を見れば、そこにはぷくーっと頬を膨らませたライラがいた。
「私の説明を取らないでください、ムラトさん」
「ごめんごめん。生まれたころから知ってるから、つい自慢したくなっちゃってな」
「わかってくれればいいんです。でもこれ以上葵さんに無駄な時間を取らせるわけにはいかないので、これ以降の説明はまた今度、結愛さんが見つかってからまで我慢します。その時には、もっといっぱい自慢できることを増やしておきますので、楽しみにしておいてくださいね!」
ライラは葵の返事を待たず、スタスタと厨房の方へ入っていった。
怒らせちゃったかな、と不安になっていると、隣からラムジが肩をポンッと叩いた。
「ライラは怒ってない。ムラトたちや、同じ学年の人たちからは『大人びてる』なんて言われないから、少し嬉しくて恥ずかしいんだと思う」
「そうなんですかね。なら、いいんですけど」
父親がそう言うのだからきっとそうなのだろう、と思い直し、改めて真剣な顔で協力してくれる彼らに視線を送る。
「では各自、俺の指示通りにお願いします。何かあれば、依頼を通して伝えてください」
「わかった」
葵がそう言って締めると、男たちは一斉に宿屋から出て行った。
グループごとに、各国に散って情報を集めてくれることだろう。
嬉しい誤算だったのが、彼らは全員、銅級の組合員だったことだ。
つまり、彼らは一人一人が、この国の騎士に準ずる実力を持っていることになる。
サルレベルの魔物が現れないという保証はないが、逆に言えばあのレベル以外の魔物なら余裕で対処できるということになる。
ブランクがあるとは言っていたが、それほどの実力の持ち主たちであれば、葵が気兼ねすることなく結愛探しに没頭できる。
「じゃ、俺らも行こうか」
「はい」
そう言って、男たちが出て言った扉から葵たちも出る。
「あの、葵さん」
「はい? 何でしょうか、レイラさん」
扉に手をかけたところで、背後からライラに呼び止められた。
そちらを振り向けば、レイラが不安そうな表情で葵のことを見ていた。
「あの、夫――ラムジは昔、行方不明になった私のことを必死に助けてくれたことがあるんです。だからきっと、同じ境遇にいる葵さんが同じ気持ちにならないようにって、きっと体を張って頑張ると思うんです。私としても、結愛さんが見つかって欲しいとは思いますが、それと同じくらい夫のことも大事なんです。だからどうか、夫のことをお願いします」
そう言って、レイラは頭を下げた。
確かに、ラムジは葵と同じ共和国に行こうとしている。
葵ならば――葵たちならば、権力的な意味でも、実力的な意味でも、おそらくラムジを守れるだろう。
それに、ムラト含めたラムジたちは、今日共和国から帰ってきたばかりなのに、また共和国に行ってくれるのだ。
それも、ひと月ほどの時間をかけて。
移動含め、ふた月ほど家におらず、帰ってきたかと思えばまた遠くに行ってしまう、というのは、ライラには酷なことをしていると言える。
それどころか、大人びているとはいえ八歳で、父親にべったりだったライラの気持ちを考えると、葵が
ならば、それ相応の責任は負うべきだろう。
「わかりました。俺にできる範囲で、ムラトさんとも協力して、ラムジさんのことをお守りします」
「……ありがとうございます。夫のこと、よろしくお願いします」
そう言って、レイラは頭を下げた。
それを見て、葵は宿屋を後にした。
今日だけで、二つも約束をした自分の軽さに呆れつつ、そう言えば家族以外の人と約束をしたのは、初めてかもしれない、と驚き交じりに考えつつ、共和国へと旅立った。
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