第六話 【成長か変化か】




 ふと気が付くと、少しだけ高く程よい固さのある何かが、頭の後ろにあった。

 自分の体勢が寝そべっているのだと判断がつき、頭の後ろにあるものは、正確には頭の下にあるものだと認識を改める。

 髪の毛を通してだが、人肌のぬくもりも感じられる。


 自分が何をしていたのか思い出せず、しばしボーッと今置かれている状況確認に勤しみ、そして今がサル型の魔物との戦闘中だったことを思い出した。

 戦闘中に気絶したのか! と自分を叱責すると同時、カッと目を見開き、跳ね起きようと体に力を入れようとして、全身が鉛のように重くなっていることに気が付く。

 正確には、体が重いというよりも、異常なまでの脱力感によって動きが阻害されている、という表現が正しい。

 なんにせよ、インフルエンザなど比較にならないほどの全身の脱力感に、葵は苦々しい表情になる。

 気絶してからどれくらいの時間が経ったのかわからないが、このままでは異様に早く強くなっていたサルに殺されるのみだ。

 それを理解しているからこそ無理をしてでも体を動かそうとして、気絶しているのか目を瞑っているラディナが真正面いることに気が付いた。

 真正面にいるはずのラディナに気が付かないなんて、どれだけ視野が狭まっているんだ、と自分に怒りつつ、この状況を打開すべくラディナに声をかける。


「ラディナ! ラディナ起きてくれ!」

「……あ、おい様?」

「そうだ! 葵だ! 今どうなって――」

「葵様! 体は無事ですか!? どこかお怪我は!?」

「体が動かしにくいというか動かせない。ともかく今どうなってる!? あのサルはどこだ!?」


 ラディナが声を荒げ、葵の言葉を遮って話すなんて珍しい、と思いつつ、ザッと視線を巡らせた限りではサルの姿が見えなかったので、ラディナに問いかける。

 その問いかけに、ラディナは大丈夫です、と前置きして話し始めた。


「あのサルは葵様が討伐されました。覚えていらっしゃいませんか?」

「……俺が倒した? あのサルをか?」

「はい」


 いきなりわけのわからないことをいうラディナに、葵は疑問符を頭上に抱く。

 その様子を見て、ラディナはやはり、と口にして、葵がサルに殴り飛ばされてからの状況を一から説明してくれた。


 まず、梟が叩き落され、ピクリとも動かなくなった。

 葵と梟が一撃で落とされたことに呆気にとられたラディナは、寸前でサルの攻撃に対して防御反応を取ったが葵と同じように飛ばされた。

 防御反応をとれたことで葵よりも軽傷だったが、腕の骨を砕かれ頭を強く打ち動けなくなった。

 そこへ弄るように緩慢な動きでサルはラディナに近づき、その剛腕を構えた。

 怖くなり目を瞑ったが、一向に攻撃が来なく、風だけが吹いた。

 恐る恐る目を開けたら、目の前には葵がいて、サルは遠くで木の幹に激突していた。

 何が起こったのか理解できず、キョトンとしていると、ふと葵がラディナを胸に抱いた。

 そのあと――


「――ちょっとタイム」

「はい」

「俺がラディナを胸に抱いたの? マジに?」

「はい。その時に、なんだか安心したような様子になっておられました。初めての経験だったので、動揺していましたが、間違いはありません」

「そ、そっか。ラディナに対して、何か変なことしてないよね?」

「はい。胸に抱かれただけですので」


 その言葉に安堵しつつ、状況説明の続きをお願いする。


 ラディナを胸に抱いた後、サルが体勢を立て直し葵たちに向かって突貫してきたが、それをこともなげに葵は対処し、魔力を魔力のまま操作してサルを追い詰め、そのまま倒した。

 そのあと、葵は糸の切れた操り人形のようにフラッと倒れ、現状もなお継続してくれている、膝枕の状況に至るとのことだった。


「そっか。俺が倒したのか……」

「覚えていませんか?」

「ラディナがサルに殴られて、幹に叩きつけられて、このままじゃラディナが殺される、あのサルを殺さなきゃ、って思ったとことまでは覚えてるけど、そのあとは全く」

「そうですか。ともあれ、あのサルは今度こそ、息絶えました。騎士団の方にも確認いただいたので、間違いありません」

「騎士団の人が到着してるんだね。ってことは俺、長い間寝てたってことか?」

「そこまで長くはありません。ものの十分ほどです。今はあちらで、サルの魔物の回収を行っております」


 ラディナの視線につられ、左の方へ視線をやると、そこでは数名の騎士団員がせっせと後処理を行っていた。

 主に、魔物から皮を剥ぎ、血を抜いて骨を取り、魔石を回収し、のちにそれを素材として色々なものを作るのだろう。

 とはいえ、騎士団員がいるあたりは何というか、ものすごく悲惨な現場だ。

 サルから溢れ出たであろう血液は大地にシミを作るなんてレベルではなく、小さな血溜りを作っていた。

 そのそばで騎士団員が処理を行っているサルの死体だが、なんだかよくわからない肉塊になっている。

 あれがサルだった、という説明をされなければ、狂人の作った気味の悪いオブジェクトか何かだと勘違いするレベルだ。

 固められた肉を剥ぐのですら大変だろうし、回収したい骨や魔石などは、おそらく万全の状態では得られないだろう。

 どうせやるなら、もっと後のことを考えてほしいものだ、と無意識の自分に文句を垂れる。


 ちなみに、魔物の肉は殆どの生物にとっては有害なので捨てるしかない。

 なんでも、魔物は魔術的なものを扱う場合、心臓付近にある魔石から魔素を魔力へと転換し、それを直接扱うらしく、そのせいで魔物の全身には魔素の影響が濃く残っているそうだ。

 魔力であれば人間も扱えるのだが、魔素を直接取り込むのは人体には毒だ。

 魔素を直接体内に取り込んで平気なのは専門の器官をもっている種族だけで、魔石を持つ魔物や魔石の上位互換でその所有者にしか扱えない“ツノ”を持つ鬼人族くらいだ。

 もし仮に、人間が魔物の肉を食べた場合は、体が拒否反応を起こし、少量であれば数日から数か月は続く全身の激痛や、永久的な全身麻痺などで済むが、大量に取り込むと体が内部から崩壊し、肉や骨が壊されて、最終的には死に至る。

 過去には、激しい痛みに襲われたのか、全身を掻きむしり発狂のさなかに爆発した人間もいるらしい。


 その死因を聞くと、“魔力操作”を誤った時のそれに似ているな、なんて思うが、あまりにも悲惨な死が待っているため、研究は殆どされずに今も謎が多く残っているらしい。

 どこぞの集落の人間が、度胸試しとかで食っていたらしいので、その時の様子や死体などから見聞した結果が、今伝わっている全容とのことだ。

 図書をして得た知識を掘り起こしながら、騎士団の作業を眺めていた。


「そういえばラディナ。俺は何で膝枕されてるんだ? もしかして、ラディナが自主的に?」

「いえ、葵様がサルを倒したのちすぐに気絶され、その際に倒れてきた方向に偶然私がいたのです。私もあまり体を動かすことができなかったので、その際に動ける範囲で無理のない体勢がこれだったのです」

「そうだったのか。そりゃすまん。すぐ退くよ――ってあれ?」


 自意識過剰だったわ、と自分の思い違いを恥じ、すぐにラディナの膝を解放しようとしたのだが、体が言うことを聞いてくれない。

 もっとこのまま膝枕をしてほしい、なんて願望からくる拒絶ではなく、純粋に体が動かしにくいのだ。


「葵様、あまり無理はなさらず。先ほど言いましたように、魔力を直接操作していらっしゃった結果なのか、今の葵様の体はかなり消耗しています。あばらと背骨の骨折しているそうで、治癒魔術で簡易的な治療はしましたが、完治はしていないそうです。無理に動かせば、簡単に折れると説明していらっしゃいました」

「なるほど。それ以外は?」

「あとは、“魔力操作”のミスからくる魔力路の負荷痛だそうです。骨折と同じで、高位の治癒魔術をかけない限り、すぐに結愛様の捜索に復帰するのは難しいと」

「……そっか。ラディナ、足は大丈夫? 俺の頭乗っけてて痺れてない?」

「今のところは」

「じゃあ申し訳ないんだけど、騎士団の人が来るまではこのままでいさせてくれ」

「承知しました」


 骨折ではない全身の痛みがあったので、確信をもってそれを尋ねたところ、納得できる回答を貰った。

 そういえば、体を動かそうとして動けなかったってのはさっきもやったな、と思いつつ、仕方がないので、ラディナに許可を取ってこのままの体勢でいることにする。


「……あの梟と狼はどうなった?」

「それならあちらに。騎士団の人に無理を言って、治療をしてもらいました」


 騎士団員がいる方向とは反対、右手側に視線を向けると、狼と梟が寄り添って眠っていた。

 狼が犬のようにして丸くなっており、その中に梟がちょこんと座って寝ている。

 ああしているのを見ると、テレビなどで見る異なる動物の仲のいい動画を間近で見ているような気分になる。

 呼吸の際に、肺のあたりが上下しているので、死んでいないのはわかる。


「何から何までありがとね」

「いえ。葵様を補佐するのが、私の役目ですので」


 ラディナはいつも通り、自分の功績を誇るでもなく、生きるためにご飯を食うかのように淡々と“葵の為”を実行してくれる。

 本当に頼もしい。

 その後は会話もなく、雪の降る空をボーッと眺めながら、騎士団員の処理が終わるのを待った。

 あとで治癒系の魔術陣でも習っておくか、と考えつつ、ただ待っているのも勿体ないので、先の戦いでミスったらしい“魔力操作”の鍛錬をすることにする。

 人並み以上の自信もあったし、お墨付きももらっていたので安心していたが、足りなかったようなので、もういっそ、誰も到達したことのない領域まで行ってやろうと意気込んで。


 鍛錬を開始してすぐに、右手――正確には右手の甲に違和感を感じた。

 ミスの影響が強く出たのかな? と思い、右手の甲に視線をやると、そこには魔紋があった。

 元々、召喚の時からあったものだが、何やら色が濃くなっているように思える。


「如何なさいましたか?」

「いや、何かこの紋様、濃くなってない?」

「……言われてみればそのような気も。それが何か?」

「んー、何とも言いづらいんだけど……なんかこの紋様に“魔力操作”の妨害されてるっていうか。いや、妨害ってほど大袈裟じゃないんだけど」


 ラディナに説明をしようとして、言葉に詰まる。

 妨害といえば妨害だ。

 集めた魔力を散らされるような、別の方向に引き寄せられるような感覚。

 魔紋自体が魔力を吸い取っているかのような不気味さ、というのが一番近いだろうか。

 なんにせよ、今までと同じような感覚での“魔力操作”ができないのだ。

 そもそも“魔力操作”をしているときに、全身から鈍い痛みが走っているので、それのせいというのもあるのだが。


「俺らが知らなかっただけで、魔紋はそれだけで何か効果があるのかな?」

「専門外なので詳しいことはわかりませんが、もしそうであれば最初から気づかれていたのでは?」

「確かに。もしかしたら、魔眼みたいに何かの条件を満たすことで能力が得られる、みたいなものかもしれないし」

「その可能性はありますね。魔紋は召喚者様方特有のものですし、研究すらされておりませんので」


 違和感が生まれたことだし、これを機に少し調べてみるのもいいかもな、と思いつつ、変わった感覚になれるために“魔力操作”を継続する。


「あ、梟が起きた」

「え?」


 葵の言葉につられ、ラディナは梟の方に視線をやる。

 しかし、梟は先ほどと変わらず狼の傍で蹲るようにして寝ており、目をパチクリと開けているわけでも、体を動かしているわけでもなかった。


「ああいや、魔力の流れが活性化したから、起きたもんだと――」


 そこまで言ってから、自分の発言の不可思議さに首をひねる。

 なんでそんなことがわかるんだ? と。

 それはラディナも同じらしく、葵に不思議そうな視線を向けている。


「……もしかしたら、これが魔紋の効果なのかな?」

「だとすれば、葵様の戦力は飛躍的に上がりますね。ただでさえ高い“魔力操作”の練度を補うかのような能力ですので」

「そうだね。じゃあこれももっと精度を上げないとだな」


 そう言い合っているうちに、梟が目を開いた。

 真っ先に傍で寝る狼の容態を確認し、周囲を見渡して状況を把握する。

 その視線が葵たちを捉え、そして梟からすれば視線上にある肉塊と、それを処理する騎士団員を見つける。

 それを確認して何を思ったのかはわからないが、梟は羽を広げてこちらに飛んできた。


「あれはもう倒れたのか?」

「らしい。俺が倒したみたいだけど、よく覚えていないんだ」

「どういうことだ?」


 それを一部始終見ていたラディナに状況説明をお願いし、先ほど葵が聞いた説明をもう一度復唱してもらう。

 それを聞いている最中の梟は、にわかには信じがたいような顔をしていた。

 最後まで聞き終えて、梟ははぁ、と人間らしい動作で溜息を吐くと、ラディナに説明をしてくれたことに感謝して、葵に視線を向けた。


「それだけ明確な行動をしておきながら、お前は覚えていないと?」

「残念ながら。魔力を直接操作することはできるし、無意識の俺がやったことは全部できると思うけど、それをこともなげにやるのは無理だな。身動き一つとらず、限界まで集中しなきゃ、今の俺にはできない芸当だよ」

「じゃあもしかしたら、お前は二つの意識を持っているのかもな」

「二つの意識? 二重人格みたいな話か?」


 葵の説明を聞いて、梟はそう口にした。

 それに対して疑問を投げると、梟はああ、と頷いて続けた。


「今お前が話している意識とは別に、もう一つ意識があって、お前が気絶したことでその意識が表に出て、お前の体と能力を最大限発揮してあれを倒したのかもしれない」

「……はー、考えたこともなかった。でもそっか。その可能性をありえない、って断言はできないし……って、なんでお前がそんなことを知ってんだ? 梟の社会では二重人格って当たり前なのか?」


 梟の説明を聞いて、ふと疑問に思ったので質問してみた。

 すると梟は、少しだけ悩むようなそぶりを見せて、真っ直ぐ葵の目を見て答えた。


「助けてもらった上に図々しいんだが、お前――いや、あなたたちに手伝ってほしいことがあるんだ」

「俺たちもお前に助けられたからな。俺たちのできる範囲でなら手伝うのは問題ないぞ」


 いきなり畏まり、口調も変えた梟に、ラディナに支えてもらいながら体を起こしつつ答える。

 ラディナに同意を求めてみれば、頷いてくれた。

 それをみた梟は、ありがとう、と言って、その要望を口にした。


「あいつを――ソウファを、初代銀狼の加護から救ってほしい」



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