第五話 【本来の……】




 視線を木陰に移せば、この広場に来た時には倒れていたはずの狼と梟のうち、梟が消えていた。

 つまり今葵たちの眼前でホバリングしている梟は、その片割れだということだ。


「あ、バカ! あいつが来るから目を離すな!」

「あっ、ちょっ。そうだった。っていやそうじゃなくて! お前は何だ? なんで梟が喋ってんだ?」

「それはあとで話す。それよりさっきの続きだ。あいつの弱点は、あんたたちの話を総合するに首上全部だ」

「なぜそう言い切れる? その言葉の根拠は?」

「俺があいつの首に傷をつけられたからだ、尤も、それも数秒で元通りだったが」


 梟はその場でホバリングしながら、葵たちにそう告げた。

 初対面の相手に対して口わりぃな! と思いつつ、すぐにサルへと“魔力探査”の網を広げ、先ほど傷つけた腹部へ意識を集中させると、少なくとも外見は、梟の言った通り元通りになっていた。

 その事実と、先ほどのラディナとの会話で得た可能性を考慮して、梟の言葉が嘘ではない可能性が高い、と判断した。

 ラディナとアイコンタクトを取り、同じ結論に至ったことを確認してから梟に話しかける。


「ひとまずその言葉は信じるよ。その上で一つ聞きたい」

「あいつが来るまでなら何でも答える」

「お前は敵か? 味方か?」


 サルに“魔力探査”で意識を向けたまま、梟を真っ直ぐ見据えて問いかける。

 梟は葵から目を逸らさずに答えた。


「俺はあいつの敵だ。だから、お前たちの敵ではない」

「――わかった。その言葉と目を信じるよ。ラディナもいいか?」

「構いません」


 葵の瞳には、梟が心の底からその言葉を言っているように映った。

 他者を信じる、ということをこの数か月、少しずつ実践してきた影響か、若干ながら、相手の言葉の真意が汲めるようになってきたと思う。

 その成長を信じて、葵は梟を信用することにした。

 ラディナの了承も得たので、葵はサルへと向きなおる。


「なんでもって言ったからもう一つ聞くけど、あのサル、体をしきりに動かしてるけど、何かあるのか?」

「わからない。が、少なくとも俺らの集落を襲った時も、同じようなことはしてた」

「理由は不明、ね」


 “集落を襲った”という言葉を聞いて、あとで詳しく聞くべきだな、と考えつつ、戦力が一つ増えたので作戦を組み替える。


「ともかく、ラディナの狙撃と、俺の短剣を軸に攻撃する。あんたは飛行してあいつの顔周りをウロチョロしつつ、隙があったらすかさず攻撃してくれ」

「承知しました」

「わかった」


 葵の言葉を皮切りに、梟はサルに向けて飛翔した。

 たった一度、羽ばたいただけとは思えないほどの速度でサルへ直進する梟の後を追った。

 梟の姿を見つけたサルは、スッと構え、風圧を撒き散らす殴打を繰り出した。

 それを体を捻り、紙一重のところで躱すと同時、自身の持つ銀翼で腕を切り裂き、追撃から逃れるように上昇した。

 浅い傷ではあるが、表皮近くにあった血管までは届いたようで、弱弱しいながらも血が垂れていた。

 その身のこなしと、羽の強度に驚きつつ、梟につられ視線を上げたサルの視界から逃れるように、葵は低い体勢で突貫する。


 梟に気を取られていたサルは葵の接近に気が付かず、短剣の一撃をもろに受けた。

 先ほど、梟に気を取られて一瞬だけ解除してしまった短剣の能力だが、会話をしている時間と、その前の時間を合わせて計算すれば、先ほどよりもはるかに温度は高い。

 それは、鼓膜を破壊しに来るようなサルの絶叫を聞けば言わずともわかった。


「ヅァッ! う、る、せぇッ!!」


 至近距離でサルの咆哮を浴びた葵は、反射的に短剣を抜いてしまい耳を抑えながらも、左脚でサルの顎を蹴りぬいた。

 予想通り、サルの顔は腹部ほど固くなく、再びサルの体が宙に浮いた。

 そこへラディナの速射した矢が数発届く。

 完璧なタイミングの援護射撃に、サルは反応しようとする。

 それに対し、梟が上空から気配を隠さずに猛烈な速度で落下してくることで、どちらかの攻撃を当たるように仕向け、サルの驚異的な反応を封じる。

 矢を避ければ梟の銀翼の餌食になり、梟の迎撃に当たれば矢が当たる。

 どちらかを選ばなければならない状況に陥り、サルの思考が鈍る。


「俺も、いるんだけどなッ!」


 そう言って、低い体勢から短剣でサルのアキレス腱あたりを斬り上げる。

 高温を以って斬りつけられたサルの腱は、熱とその切れ味に耐えきれず、ブチッ! という音とともに焼け切れた。

 痛みによって思考を遮られ、先ほどまで考えていた思考が放棄される。

 よって、ラディナの矢が脳天に突き刺さり、梟の銀翼でサルの頭蓋から足元に至るまでの全身を、ずたずたに切り裂かれた。

 喉も切り裂かれ、先ほど腕を裂かれたときの比ではないくらいに大量の血が溢れ、声を出そうにもカシュ―と空気が漏れた。

 そのままサルは目の光を失っていき、雪が取り払われた剥き出しの大地へと倒れた。


 それを見て、葵は思いのほかあっさりとサルが倒れたことに、なんだか釈然としない気持ちになった。

 葵の知る異世界モノでは、ボス級の魔物がこんな簡単に倒れることはほとんどない。

 もっと主人公サイドを想定外の連続で苦しめ、ギリギリの戦いの果てに倒す、というのがテンプレだ。

 これは現実なのだから、想像上のテンプレが通じなくてもおかしくないでしょ、と言われてしまえばその通りだ、と頷かざるを得ないのだが、それでもなんだか腑に落ちない。

 それに――


「――俺、生き物を殺せるんだな」


 この世界に来てからずっと、生き物を自らの手で殺せるのか疑問だった。

 地球にいたころは、武術の鍛錬で人と組み手をしたりはしたが、“殺し”は一度も経験したことがなかった。

 生きる糧として、日常的に生き物を喰らってはいたが、その生き物も自分が殺したわけではない。

 どこかで誰かが殺し、売り物として販売したものを購入して、調理し食べていた。

 だからこそ、ずっと“殺し”ができるかが疑問だった。

 その結果がこれだ。

 何の感慨もなく、思いのほかあっさりと、生き物を殺せた。

 最後のとどめを刺したのは葵じゃないし、直接的に殺したわけではないが、その一因となったのは間違いない。

 それでもなお、生き物を殺したことに対しての恐怖や罪悪感というものが湧いてこない。

 他の人と比較して、優しい自覚があったつもりだが、想像以上に冷酷な人間だったんだな、と自分に対する認識を改めて、葵は手に持つ短剣へと目をやる。


「……熱、上げすぎたな」

「溶けた上に曲がってるな。不思議な剣だな」


 葵の目の前でホバリングしながら、短剣をみて感想を述べたのは、先ほどサルの盗伐を手伝ってくれた梟だった。

 戦闘が終わり、冷静になって梟と対峙してみれば、この梟が持つ気配が異様に薄かった。

 視認はできるし、影が薄いというわけでもないが、魔力的な反応が掴みにくい。

 この梟が放つ魔力と、大気中を漂う魔素が似すぎているのが原因だと思われるが、葵でも気を抜けば見失ってしまうそうなくらいだ。

 それはともかく、今は葵が手に持つ溶けた短剣の話だ。


「この剣の能力でね。刀身に熱を持たせることができるんだ。ただ、熱を上げすぎちゃったみたいで」

「使い物になるのか、それ?」

「無理だろうな。俺には剣を修繕できるほどの知識はないから」


 短剣を振ってみれば、溶けていた半分ほどの刀身がボチャ、と音を立てて地面に落ちた。

 若干、焼ける音がすることから、まだ完全に熱が冷めきっていないのがわかる。


「とどめさしたな」

「うん。あとでこれ作ってくれた人に謝らないと――」


 いけないね、と言おうとした葵は、その言葉を言い終える前にバッと振り向き、“魔力探査”で気配を探る。

 その視線の先には、先ほど倒したはずのサルの姿があった。

 立ち上がり、ゆらりと揺れているサルの姿が。


「全員戦闘態せ――」


 その場にいた全員に警告を出す前に、気が付けば背中を連続で強打していた。

 バキバキと、大きな音を立てて何かが連続して折れる音が聞こえる。

 最後に大きな衝撃を背中に受け、重力に従い雪の積もってない地面に尻から落ちる。

 何が起こったのか理解が追いつかず、しかしどこかから聞えるラディナの声に応え、ついでに状況を把握しようと立ち上がろうと足と手に力を入れた。


「――ア゛?」


 力を入れようとした結果、口から温かいドロッとしたものが溢れた。

 条件反射で落ちてきたものを拭うと、そこには赤色をした液体がへばりついていた。

 それが血だと理解した瞬間、全身から激しい痛みがあふれ出した。

 声を上げることもままならないくらいの激痛に、そのままうつ伏せに倒れる。

 自分がどういう状況にあるのか、それを必死に考え理解して、自分の体の骨が折れていることを理解した。

 先ほど聞いたバキバキという音は、自身の背中から発せられていたのだと、遅いながら理解した。

 それだけではなく、腹部を思いっきり強打しているらしいようで、鈍い痛みが骨折の痛みとともに体の中に存在していた。

 自身の状況と目の前にある状況から、あのサルに葵の反応を上回る速度で殴られ、木々の幹で背中を強打して今の状況に至る、と結論付けた。

 人生二度目の骨折の痛みと腹部に感じる鈍痛に悶絶しつつ、それでも必死に状況を把握しようと顔を上げる。


 視線の先にまず見えたのは、幹がぽっきり折れた数本の木と、その向こうでサルにはたき飛ばされた梟の姿だった。

 梟は地面に叩きつけられ、衝撃で一度バウンドした。

 再度地面に倒れた後は、ピクリとも動くことはなかった。

 その顛末を見届けたサルは、緩慢な動きでラディナに近づく。

 ラディナは突然のことに理解が追いついていないのか、ゆっくりと迫ってくるサルに対して逃げようとも迎撃しようともせず、葵に視線を向けていた。

 早く逃げろ、と声に出して忠告したいのに、口から溢れるのは真っ赤な液体だけ。


 その間に、サルは自身の間合いにラディナを捉え、ニヤリと口を歪めると型を取ってラディナに突きを放った。

 寸前でその攻撃に気が付き、腕で防御し後ろに跳ぶ姿は見えたが、葵よりも軽いラディナは容易に吹き飛ばされた。

 しかし全く反応できなかった葵とは違い、防御姿勢をとれたラディナは木を貫通することなく一つ目の木に多大な衝撃を与えることで止まった。

 だが、ダメージが全くないわけがなく、肺を強打したことで空気が口から洩れたのがわかった。

 意識を失うことはなかったようだが、体勢を立て直すことができずに葵と同じように地面に座り込む。


 サルは遠くに行った葵に視線を向け、すぐに近いラディナの方へ歩いて行った。

 こちらを向いたサルの瞳には、嬲り嘲り弄ぶような色が浮かんでいるように見えた。

 その瞳を見た瞬間――否。

 ラディナが殴られた瞬間からすでに、心の奥底にいる自分が、“また失うぞ”と警笛を鳴らしていた。


 この世界に来て結愛が行方不明になった時、もう二度と失わないと決め、何をするにもそれを念頭にしてきた。

 “魔力操作”の才能があると知った時、それを伸ばしに伸ばしたのも、次に大切な人を失いそう同じ状況になった時に、何もできずに終わら同じ状況にならないためだ。

 それなのに、わずか一か月でそれを破るのか、と自分自身が責め立てる。

 骨が折れ、痛みでまともに動くこともできない自分に、怒りの念が沸き立つ。

 うつ伏せになったままラディナに迫るサルを睨みつける。


 失いたくない。

 守りたい。

 救いたい。


 その気持ちだけが肥大化し、歪に膨らむ。

 ラディナを救うために。

 ラディナを守るために。

 ラディナを、失わないために。

 俺は――




 ――殺せ






 * * * * * * * * * *






 葵が何かを言いかけたかと思えば、隣にいた葵が消え、サルが拳を振りぬいた状態で立っていた。

 なぜそうなったのかを理解する間もなく、一緒に戦った梟が叩きつけられ、気が付けば自身の体も宙を浮き、木に叩きつけられていた。

 そこでようやく、何が起きたのかを理解した。

 殺したはずのサルが起き上がり、先ほどの戦闘は遊びだったのかとでもいうくらいの速さで、こちらを壊滅させた。


 そのサルが。

 目の前に迫っていたはずのサルが。

 消えていた。


 理解が追いつかない。

 追いつかない中で、唯一理解できたのは、サルを消したのがサルと入れ替わりで目の前にいる、葵だということだ。


「葵、様……?」


 しかし、目の前にいる葵は、どこか雰囲気が違った。

 いつも真剣でありながら、不安と恐怖を押し殺そうと、ひょうきん者を演じる葵は消えていた。

 今目の前に立つ葵から感じるのは、感情も意思も何もない、ただひたすらに敵を殺戮するだけの機械のような歪さだけだった。


 葵はサルから視線を逸らし、緩慢な動きで倒れこむラディナに視線を向ける。

 その瞳にあったのは、感じたとおりの“無”。

 何もなかった。

 ラディナの心情を知ってか知らずか、葵はラディナへと歩み寄る。


「――え?」


 座り込んだままのラディナを、葵は座り込み胸に抱いた。

 葵の右肩に顎を乗せる形になったため、葵の表情は理解できない。

 だが、今起こっているこの状況が異常であることは、よく理解できた。


 この一か月、葵は一度たりともラディナに触れようとはしなかった。

 初対面時、女性として豊満である体つきをしていると自覚しているラディナが自らの体を差し出した時でさえも、要らないと言ったのだ。

 それが見栄や強がりだったとしても、手にすら触れようとしなかった葵が、何の前触れもなくその胸にラディナを抱いたのだ。

 背中に手を回し、そこに在ることを確認するように、ギュッと、力強く。


 葵の右肩に顎を乗せる形になっているため、葵の表情はわからない。

 どんな心境の変化があって、どんな顔でラディナを強く抱いているのか、わからない。

 それでも、雰囲気が変わり、多大な違和感と少しの恐怖を抱いたはずの葵からは、ラディナを思う温かい気持ちが感じられた。

 心の底からホッとしたような、優しさに溢れた気持ちが、不思議と理解できた。

 だからなのか、不思議とこの時間を、悪くないと思えた。


 そんな初めての時間を、視界の端で捉えたサルが邪魔をする。


「――葵様ッ! サルが起き上がりました!」


 葵が吹き飛ばしたであろうサルが、体を起こし、こちらを恨めし気に睨みつけるのが見えた。

 それを視界の左端で捉え、おそらくそれが見えないであろう葵に伝えたのだが、葵は微動だにせず、ラディナを抱きしめ続ける。


「あ、葵様? 聞こえてますか?」


 言葉が届いていないかのように無反応を貫く葵に、ラディナは不安げな声で葵に問いかける。

 この一か月、ラディナの言葉に対しては、どんな反応であれ必ず葵は答えてきた。

 故に、この一か月で初めての無視されるという経験に、驚き不安が募ってしまった。

 それだけでなく、先ほどラディナですら対応できなかった速度を見せたあのサルに、葵が反応できるわけがないと確信していた。

 故に、このままでは葵が死ぬ、という火を見るより明らかな未来があったからこその焦りもあっただろう。

 しかし当の本人は、そんなものは知らん、とでも言うかのように、無視を決め込む。

 もしや、ラディナを抱いたまま気絶しているのではなかろうか、というくらいの無反応に、ラディナは葵の体を揺さぶろうとするが、腕からがっちりとホールドされているため動くことはできない。

 そもそも腕の骨が折れているので、まともに動かすことができないのだ。


 そうこうしているうちにサルは体勢を立て直し、こちらに向けて跳躍する姿勢を見せた。

 このままでは葵が死んでしまう! と体を動かせないことをいいことに、左手へ魔力を集め、ラディナが行使できる最大威力の魔術を行使する。

 イメージは槍。

 風で形成した槍に無数の棘を付ければ、いくら堅いサルの皮膚でも傷くらいつけられるだろう、という算段だ。

 利き手ではないのと、腕の骨が折れているため、精度は低くなり、体内を巡る魔力を一気に集約し放つのだから、体への負担も莫大だが、守るためにはそれしかない! と痛みを放つ腕を無視して魔力を集める。

 しかし、葵がラディナをより強く抱きしめる。

 まるで、無茶をするなと言われているみたいで、それを感じた瞬間、ラディナは集めかけていた魔力を霧散させた。


 瞬間、サルが葵の方へ真っ直ぐ跳躍する。

 万全のラディナですら躱すことが不可能だと思われるくらいの速度で突貫してきたサルは、勢いそのまま右拳で殴打を繰り出す。

 その拳が当たった瞬間、風圧だけで木が軋み、枝は折れ、周囲数メートルの雪は吹き飛び、サルの右拳は砕かれ、血に塗れた。


 それを為したのは、サルの拳と葵たちの間に展開された、どこか見覚えのある半透明の赤い板。

 サルの攻撃でビクともせず、ただそこにあるだけの板が、サルの最大火力の攻撃をすべて、サルの拳へと返したのだ。

 それを理解し、同時に拳の痛みも理解したのか、サルは苦痛の呻き声を上げる。

 決して大きな声ではなく、日常に紛れていれば聞こえないほどの小さな声。

 しかし、今この状況においては、確かに聞こえた声。


「――うるせぇな」


 その一言が、耳元で発せられたと思えば、葵はようやくラディナから離れ、立ち上がってサルの方へ向いた。

 同時、板がホロホロと崩れ、赤い糸となってサルの体に巻き付いた。

 意志を持ったかのように動くそれは、サルの全身に満遍なく纏わりつき、宙へと運びながら巻き付く力を強めていく。

 地面から足を離され、糸に巻き付かれ、身動き一つとれなくなったサルは、締まっていく赤い糸に恐怖を感じていた。

 その糸が、堅いはずのサルの皮膚にめり込み、圧迫しているのを文字通り肌で感じたからだ。

 死にたくない! とでも言いいのか、ギャアギャアと喚くサルに、赤い糸は容赦しない。


 葵の体から赤い糸が増殖し、サルの周りに球体状に展開すると、その隙間を埋め尽くすことで赤い球体を成し、徐々に収縮を始めた。

 月明りで何とか影だけ見える球体の中のサルが、狭まっていくそれを見てさらに大きな悲鳴を上げる。


 それでもなお、球体は止まらない。

 直径が二メートルを切ると、サルが窮屈そうな体勢になり、一メートル半を切るとミシッという嫌な音が鳴り始め、血が滴り、一メートルを切るころには、バキバキと生物からなってはいけない音が鳴って血が垂れ流された。

 バランスボールほどの大きさまで圧縮された赤い球体は、役目を終えたのかパラパラと糸に戻り解かれていき、ドサッと中身を落として霧散した。


 大地に落とされたそれは、先ほどまでサルだった肉塊なにか

 その何かは、まだ死に切れていないのか、脈打ち、そのたびに血を噴き出していた。

 耐性のないものが見れば発狂してしまうくらい、おぞましいものが、そこに残された。

 ラディナは、その奇怪な肉塊を前にして、気分が悪くなり、えずいた。

 戻すようんな無様は晒さなかったが、眉を曲げ、それを見ないように視線を下げて、必死に耐えた。


 何度か深呼吸をして、ラディナは落ち着きを取り戻した。

 そしてそれを為したであろう葵へと視線をやる。


「葵様?」


 以前棒立ちのまま、その肉塊を眺めている葵に声をかけると、それを待っていたかのように葵は膝から崩れ落ちた。



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