第四話 【魔物】




 アクサナで結愛の捜索に関する話し合いを終えてから一か月弱が経過した。

 他の九つの町でも話し合いをしたのだが、びっくりするほどすんなりと町を巡り、話し合いを終えてしまった。

 アクサナの町長だけでなく、他の町の町長も、物語などで読んだ貴族とは思えないほどに人が良く、あとでとんでもないくらいの対価を要求してくるのではないか、と少し心配になるくらいだ。

 アルメディナトの東に位置するこの国で最小の町、アルモウディの町長に薦められた宿屋で、ここに至るまでのこの数週間を思い返していた。

 この宿屋に来るまでに少し雨に打たれてしまったのと、ひとまずの目標を達成したことで気が抜けたのか、ベッドに腰かけたと思ったらそのまま背中からベッドにダイブしてしまった。

 目標に関して気が抜けたのは葵自身が思っていたより張りつめていたのが原因だが、雨に関しては狐の嫁入りで、避けようがなかったので仕方がない。

 まだ結愛のことに関しては何も解決していないのに、余裕のあるこったな、と自分自身に皮肉を言って、力の抜けた身体を持ち上げる。


「お疲れさまでした。葵様」


 身体を持ち上げた葵に、ねぎらいの言葉がかけられた。

 もうすっかり聞き慣れたその声の持ち主が誰かなど視線を向けるまでもなくわかっているが、声の主の方を向いて返答する。


「ラディナこそお疲れさま。おかげで話し合いに集中できたから助かったよ」

「それが私の仕事ですので、お気になさらず」


 あくまでも仕事だと、この一か月ほど変わらずクールな対応をしれくれるラディナに頼もしさを感じる。

 数か月前の自分自身に、出会ってたった一週間で見ず知らずだった他人を――それも異性に心を許す、なんて伝えても、おそらく信じてもらえないだろう。

 なにせ、ここまで誰かに心を開いたのは、八年ぶり――小二以来だ。


 ここまでラディナに心を許せた理由は、まず考えられることとしてラディナからの信頼を得たかったから。

 葵が結愛を捜索する上で必要とした常識を教えてくれる人がラディナだった。

 そのラディナから常識を教えてもらううえで、クラスメイトに対して取っていたような態度をとってしまうと、下手をすればまともに取り合ってもらえなかった可能性があった。

 ラディナの性格上、その可能性は限りなくゼロに近いのだが、当時の葵はラディナのことなんて全く知らなかったので仕方がない。


 そしてそれ以上の、ラディナに心を許さざるを得ない確固たる理由があった。

 それは、結愛の代わりをラディナに求めたこと。

 無意識的にそれを求め、しかし意識してなお、そうであることに確信を持ってしまえるくらいには、それが理由として一番上にあった。

 葵はそれを当の本人ラディナに伝えはしなかったが、おそらく聡いラディナは気が付いているだろう。


「じゃあごめんだけど、先にお風呂いただくね」

「はい。ごゆっくりどうぞ」


 ラディナに断りを入れてから、風呂にお湯を溜め、シャワーで体を洗う。

 体を洗い終えるころには温かい湯の張った湯船が完成している。

 それに浸かり、この数日の野宿で癒しきれなかった疲労を回復させる。

 ふぅ、と疲労とともに溜息を吐いて、リラックスした状態になっていると、ふとドアの開く音が聞こえた。

 脱衣所のドアの音ではないことは音の感じから察することができたので、よくある行為を向けられている女性からの背中流しますよ的展開ではないことが分かった。

 そもそもラディナから異性としての好意を寄せられているとは考えられないので考えるのすら馬鹿馬鹿しい。

 では今のドアの音はなんだろう、と聞き耳を立てていると、何やら話声が聞こえた。

 ドアを隔てているうえに、風呂場は音が籠りやすく聞き取りずらいが、一つはラディナのものだというのは理解できた。

 もう一つが誰のものかわからないが、宿屋という場所において誰かの声となれば宿屋の従業員に相違ないだろう。

 そんな考察とも言えない考察をしている間に、気が付けば会話は聞こえなくなっていた。

 どうやら無事に済んだらしい、と再びリラックスできる状態に入る。


「葵様、入浴中失礼します」

「どしたん?」

「今しがた、町長の使いの者が葵様に話があると尋ねてきまして、私が代わりに要件をお尋ねしたところ、騎士団の一人が北の森にて人影を目撃し――」

「結愛かッ!?」


 湯船から立ち上がり、勢いそのままドアを開けた。

 自分が全裸だということなどすっかり頭から抜けていて、ラディナの前に出てしまった。

 ラディナがさりげなく視線を逸らしてくれていなければ葵のイチモツがラディナの脳内にばっちり保存されていたことだろう。

 尤も、当の本人はそんなことなど露知らず、焦った表情を隠そうともせずに全裸でラディナに詰め寄った。

 ここに第三者がいたら、その常軌を逸した変態行為に慄いただろうが、ここには二人しかいない。


「その人影を見たのはいつだ!? 北の森のどのあた――いや、走りながら聞く」


 体を拭く時間も惜しいと、唯一使える風の魔術で体についた水滴を風呂場の方へ吹き飛ばす。

 葵の言葉を聞いて、ラディナは無言で頷き荷物を取りに戻ってくれた。

 その心遣いに感謝しつつ、ラディナがあらかじめ用意してくれていた肌着を着用し、王城で貰った黒装束を身に纏う。


「葵様」

「ありがと。じゃあ行こう」


 脱衣所から出たところで、ラディナは葵に指輪を手渡してきた。

 荷物の整理を済ませてくれていたのだろう。

 ちなみに、メイド服は常時着用しているので、ラディナと葵にとって、着替えの手間は風呂に入る時しかない。

 それを受け取り、左手人差し指に装着する。

 室内の電気を消して、たった数分だけお世話になった部屋に別れを告げる。

 あまりよろしくないが、廊下を“身体強化”なしで走り、階段を駆け下りる。


「それで、その人影ってのは結愛なのか?」

「わかりません。暗く、遠かったために、はっきりとしたことはわからなかったそうです。見つけた団員がその後をすぐ追ったのですが、陽炎のように消えていたと」

「足跡とかの痕跡はなかったんだね?」

「はい。なので、消えた、と」


 かなりの速さで音もなく階段からロビーに舞い降りた二人組に、ロビーにいた人たちはとても驚いた表情をしていたが、そんなのお構いなしに、フロントで立っていた女性へルームキーを渡す。

 ありがとうございました、と礼を言ってホテルを出る。

 外では、先ほどの狐の嫁入りが雨から雪へと変わっていた。

 その雪が降る闇夜の下では、一人の騎士団の鎧に身を包んだ男性が待っていた。

 こちらの姿を見つけると、騎士団員の彼は駆け寄ってきた。


「案内します」

「お願いします。詳しいことは走りながら」


 一言ずつ言葉を交わし、男性の後を追った。

 男性は伊達に王国騎士団員ではないようで、葵たちが常用している“身体強化”の倍率で先導してくれた。

 軽装の葵たちとは違い、重そうな鈍色の鎧に身を包んでいる彼は、まるで重さなど関係ないように息一つ切らさなかった。

 一キロほど走って町を抜けた。


「ラディナからは少し聞きましたが、まだ全容がよくわかっていないので、人影を見た時の状況を詳しく教えていただけますか?」

「はい。前提からお話しします――」


 そう前置きして、彼は説明をしてくれた。

 この町で結愛の捜索をしているのは十八名。

 それを三人ずつの六つのチームに分け、一つのチームを有事の際に自由に動ける人員として町に残し、他の五チームが町の外での捜索に当たっていた。


 その一つの部隊が北の森の北東側を捜索していたところ、人影を見かけた。

 すぐにその人影を追ったが、人がいた痕跡は何もなかった。

 しばらくあたりを捜索したが、人影を見つけることができなかったため、一度町へ帰り、他の部隊への情報伝達を行った。

 町中の捜索と有事の際の補助員としての役割を担っており、その内の一人がすぐに王都へと伝達に行った。

 その際に、葵たちがこの町のあの宿にいると聞きつけて、こうしてすぐに連絡をよこしてくれた。


「――私の部隊の二名は、先んじて人影を見かけたあたりの捜索を行っています」

「その場所まではどのくらい?」

「この速度で十分弱ほど」


 彼の返事を聞いて、右を走るラディナに視線を送る。

 それを受けたラディナは、葵の視線の意図を察し、一瞬迷った表情を浮かべたが、すぐに葵に視線を戻し、頷いた。

 小さくありがとう、と言葉に出して、前を走る彼に疑問を投げた。


「一つお尋ねしたいんですが、“身体強化”の出力はまだ上げられますか?」

「可能です」

「ではもう少し急ぎましょう。俺たちはついていけるので気にせず先導お願いします」

「承知しました」


 彼は葵の言葉を受けて加速した。

 想像以上のスピードアップに少しだけ驚いたが、まだついていける速度なので問題はない。

 そのまま数分走り、先導する彼が右手を上げて、スピードを緩めた。


「このあたりです」

「ありがとうございます。ひとまず、あなたの部隊の仲間を探しましょう。何か手掛かりはありますか?」


 町を出てからここに至るまで、常時“魔力探査”を展開していたが、その網には何もひっからなかった。

 つまり、道中にはくだんの人影は愚か、魔物も一匹すらいない。

 尤も、魔物の数が減っているということは、一か月ほど前に知っていたし、町を回る道中で一度も出会ってないのでいつも通りだ。

 とにかく、目的の場所についたので、先に人影の捜索をしている騎士団員を探すことにした。


「東側に人影は向かっていたようなので、そちらを――」


 彼が葵の質問に答えようとしたとき、暗闇を切り裂くかのような咆哮が轟いた。

 それは彼の仲間が向かったという東側から聞こえた。


「――ッ!! 行きましょう!」

「ッ、はい!」


 跳ねられたように、その声の方向へ向かって走り出す。

 少なくとも、葵の“魔力探査”で感知できないほどの距離。

 今の葵の探査可能距離は、現在一キロほどまで伸びている。

 その圏外で、尚且つこの大自然に阻まれながらもはっきりと聞こえた咆哮。

 明らかに異常。

 だからこそ、その異常事態の原因を知るべく全力で走り、数分。

 葵の“魔力探査”に、五つの反応を捉えた。


「犬が一匹に鳥が一匹。その二匹はすでに倒れています。そして人が三――いや、二。それと人型の――おそらく魔物が一です。二人のうち、片方が足を引きずっています。距離は七百。北東」

「怪我ですか!?」

「状況から見てそうかと。もう一人が庇うようにして戦っていますが、魔物の魔力反応から見て、庇うのが精いっぱいかと思われます。討伐は無理そ――」


 そこで、葵は言葉を切り、驚いたように目を開かせた。

 魔物から庇っていた騎士団員と思われる一人が、魔物の殴打で吹き飛ばされている姿を捉えたのだ。

 その姿を捉えた瞬間、葵は脳をフル回転させて指示を飛ばす。


「――あなたはあっちへ走って! 二人とも怪我をしたと思われます! ラディナは射線が通ったら狙撃を!」

「承知しました!」


 指輪から弓と矢筒をラディナの近くに取り出す。

 ラディナは射線を通すために走ったまま、宙に取り出された弓と矢筒をつかみ取る。

 数秒ほど走ると、ふと視界が開けた。

 木々が見る影もなくへし折られ、小さな広場のような空間が出来上がっていた。

 そこで激しい戦闘があったことを示す、何よりの証拠。

 そしてその空間には、葵が“魔力探査”で捉えたサル型の魔物が悠然と怪我をした騎士団員の元へと歩みを進めていた。


 その姿を捉えた瞬間、ラディナは慣れた手つきで矢を番える。

 コンマ数秒で狙いを定めたラディナは、限界まで引き絞られた矢を放つ。

 葵の左耳付近を風切り音とともに突き抜けた矢は、寸分違わずサルの頭に吸い込まれた。


「ッ!? 避けられました!」

「大丈夫! 注意は引けた! あの人が怪我人の状態を把握するまで時間を稼ぐぞ!」

「はい!」


 直撃したように思えたラディナの矢は、寸前で躱された。

 ダメージを与えられれば御の字だったが、サルは狙いを騎士団員からこちらに向けたので問題はない。

 ラディナが後衛で、葵が前衛で、しばらく時間を稼がなければならない。

 騎士団員二人を怪我させるほどの力を持つサルに、どこまで対抗できるのか、今の実力を計るにはまたとないチャンスだ。


 まずは、サルのパターンを割り出す、とラディナに指示を出す。

 指輪から短剣を取り出して、“身体強化”の倍率を戦闘用に少しだけ下げて、サルへと突進し突きを繰り出す。

 その攻撃をサルはいとも容易く躱し、無防備な葵へ右手での殴打を見舞おうとするが、その攻撃をラディナが矢で妨害する。

 一瞬、意識がラディナに逸れたのを利用して、低い体勢から突くような蹴り上げを顎へと叩きこむ。

 もろに顎で受けたサルは、その衝撃で宙へと浮いた。


 そこへすかさず、ラディナが矢を連射する。

 頭、喉元、心臓と急所を的確に狙った狙撃を、サルは空中で器用に体をよじり全て回避した。

 それを葵は引きながら視認する。

 先ほどもそうだが、このサルの反射神経や反応速度は、異様なまでに高い。

 それが野生の勘からくるものなのか、このサル個体のものなのかはわからないが、厄介であることに変わりはない。


「あの反応速度、面倒だな」

「はい。ですが、葵様の蹴りは命中しました」

「ああ。俺の攻撃の前にはラディナの援護射撃があった。もしかしたら気が一瞬でも逸れたら、あいつの反射神経も役に立たないのかもしれない。とりあえず、確証が得られるまでは無理しないようにね」

「畏まりました」


 サルの一挙手一投足を見逃さないように視線を固定しつつ、ラディナと短く言葉を交わす。

 サルの狙いをこちらから逸らさせないために、すぐにサルへの攻撃を再開する。


 先ほど至近距離まで近づいてわかったが、サルは体格が大きい。

 真正面からまともに力比べをすれば、まず勝ち目はないのは明白だ。

 尤も、まともにやり合う必要がないので、ヒット&アウェイを繰り返し、ヘイトを買いつつ時間を稼ぐのが最適解だ。

 そう結論付け、葵は全身に“身体強化”を巡らせ、サルに突貫する。


 真っ直ぐ突っ込んでくる葵の姿を見て、サルは一瞬だけ警戒した様子を見せた。

 しかしそれも束の間、サルはすぐに構えをとる。

 先ほど、不意打ちじみた攻撃をした時にはしなかった行動を受けて、葵は警戒心を高める。

 足を止めないまま、葵に足りない反応を補うために、思考を巡らせる。

 ほんの一瞬の思考で、どんな攻撃が来ても対処できるように、様子見で蹴りをサルの顎めがけて繰り出す。

 その蹴りの構えを見たサルは、過剰なまでに大きく跳び退く。

 数メートルは離れた場所で、サルは両腕を顎の近くに持っていき、もう二度と同じ攻撃は喰らわない、という気概すら感じられるように構えを変えた。

 サルの視線は、明らかに葵を――葵の右足を警戒している。


 その挙動を見て、葵はサルの心に先ほどの蹴りが印象づいていることを確信した。

 そして同時に、サルの反応の速さと、視る目の良さを認識させられた。

 葵が蹴りの構えをしたところまでは理解できても、それをどこに向けているかまで理解するには、葵の視線や蹴りのモーションから逆算しなければならない。

 小学五年生から武術を習い、鍛錬を重ねてきた葵の蹴りは遅いわけではないので、それを理解するには結愛並みの反応とラディナ並みの目を持っていなければならない。

 つまりこのサルは、その両方を持っている。

 厄介であり、今の葵の反応では追いつけない領域にいると悟り、深呼吸をして戦闘スタイルを変える。


 広場全体を把握するように広げていた“魔力探査”を解き、“魔力感知”だけに意識を向ける。

 広範囲をカバーする“魔力探査”とは違い、“魔力感知”は数メートルほどの狭い範囲内の魔力を感知する。

 さらにその“魔力感知”の範囲を絞り、精度を限界まで引き上げて、サルだけの魔力反応を捉える。


 ラディナからくる援護の読みも、怪我をした騎士たちの動向も無視して、その余剰分を全てサルの向ける。

 ラディナへの配慮ができなくなる、とハンドシグナルで伝え、それにラディナが頷くのを確認し、“魔力探査”を解いて“魔力感知”に切り替える。

 その葵の変化に気が付いたのか、サルは一度だけびくりと体を震わせて、その瞳に宿る警戒を深めた。


 それを認識しつつ、手加減なしで様子見を続行する。

 離れたサルへの距離を一足で詰め、再度右足で蹴りを放つ。

 サルはそれに怯むことなく、左手でそれを受け止める。

 風圧で付近の空を舞う雪が散るが、サル本体へのダメージはほとんどない。

 サルは受け止めた手で葵の足を握り、圧倒的な膂力でと遠心力で葵を回し投げた。

 どうにか空中で体勢を立て直し、雪で滑る地面を踏ん張り滑走することで木への直撃は避けたが、今の投げで広場の端まで飛ばされた。

 その間隙をサルは見逃さず、遠くへ行った葵を無視してラディナの方へ視線をやり、足を踏ん張って、ラディナの方へ跳躍する素振りを見せる。


 それを視界に捉え、葵はそうはさせない、とサルとラディナの直線上へ突進する。

 だが、サルはそんな葵のことを気にも留めず、葵に追いつけない速度で真っ直ぐ跳躍した。

 想定外の速さで跳躍したサルに驚く葵を置き去りにし、ラディナの元へと急接近したサルは、弓を構えるラディナに整った構えから腕を突き出した。

 葵では反応しきれない速度で繰り出された殴打を、ラディナは持ち前の反射と女性特有の体の柔らかさで器用に躱し、追撃も見事に躱し切って葵の傍へ寄る。


「ナイス回避」

「ありがとうございます。当たっていれば確実に戦闘不能になっていました」

「うん。ほんと、よく避けたね」


 ラディナの言葉の通り、腕を前に突き出しただけの攻撃は、見た目以上の威力を持っていた。

 その風圧だけで直線上にあった雪が数メートル先まで吹き飛び、大地が剥き出しになっていることからもわかる。


「ちなみになんだけど、次も同じ攻撃が来たら避けられる?」

「今以上の速さで来られない限り、可能かと」

「頼もしいね。でも油断はしないように。なんかあいつ、思ってた動き出来てなかったぽいから」

「畏まりました」


 手短に会話を済ませる。

 その間、サルの動向を窺っていたが、不思議そうな顔をして体を動かしていた。

 だからこそ、ラディナへの忠告をしたのだが、それは要らぬ心配だったかもしれない。

 次にサルがどう出るか、それにどう対応するかを考えていると、背後から声がかけられた。


「報告します。負傷した騎士団員両名の応急処置は完了。しかし継続して戦闘を行うのは不可能と思われます」

「……ではあなたは二人を連れて町までお願いできますか?」

「……わかりました。可能な限り早く援軍を送りますので、後をお願いします」

「任せてください」


 サルから視線を逸らさず、団員の彼へ告げる。

 葵の言葉を聞いて、彼は一瞬迷うような素振りを見せたが、葵の意図を読み取ったのか頷いた。

 他の二人の団員も、悔しそうに唇を噛みながら、深く礼をして広場から町の方へ歩いて行った。

 余計な問答をしないでくれた彼らに感謝する。


 しかし、これほどの間会話をしているのに、標的のサルは一向に動きを見せない。

 ラディナを攻撃した場所で、まるで準備運動をするかのようにその場でずっと体を動かしていた。

 こちらのことなど、すっかり忘れているようにも見える。

 ともあれ、騎士の三人がいなくなり、これでしばらくは二人で戦うことになったわけだが、守るべき対象が減ったので少しは負担が減るだろう。


「如何いたしますか?」

「作戦は変えない。ただ、最終目標は時間稼ぎじゃなくて討伐か撃退だ」

「畏まりました」


 返事を聞いて、最速でサルへ攻撃を再開する。

 近づく葵に気が付かず、サルは葵の攻撃の間合いに入った。

 あまりに無防備なその姿に何かの罠かと勘繰るが、そんな様子は微塵も感じられない。

 最悪を想定し、攻撃に対する対処パターンを出してから、右手に持つ短剣で無防備なサルの右腕を斬りつける。

 しかし、その短剣の攻撃は、ドスッと鈍い音を立ててサルの右腕に刺さった。


「マジかよ。かった、いなッ!」


 こちらに関心をなくしていたサルも、流石に今の攻撃でこちらに意識を向け、不機嫌そうな唸り声を上げて持ち前の反応と速さで葵へと腕を振るう。

 それを後転の要領で躱し、短剣に魔力を流しつつ反動を使って今度はサルの腹部をめがけて突進する。

 葵を認識したサルは間合いに入ってくる葵を吹き飛ばそうと、先ほど振るった右腕を引き戻す。

 それを読んでいた葵は、腕の方を見ずに地面すれすれを転がることで回避して、同時にラディナの射線を作る。

 ほんの一瞬の隙を見逃さないラディナはサルの頭めがけて矢を放つ。

 サルは反射でラディナの矢を避けるが、今度は葵がその隙を穿つ。


 勢いを落とさずにサルの腹部へ短剣の突きを放つ。

 しかしその攻撃も、剣先がわずかに刺さるだけで、大きなダメージにはならない。

 先ほど同様、面倒だ、とでも言いたげに唸り声を上げるだけだろう。

 だがそんなことは、先ほどの斬りつけで理解している。

 だから、短剣に魔力を込めた。


「ぐぉああああああ!!!!!」

「ッぶね!」


 短剣の持つ、刀身を最大三百度ほどまで熱を持たせる、という効果をあの短時間で可能な限り最大限発揮させ、サルの腹部に突き立てた。

 あの短時間での加熱なので、行っても六十度くらいだろうが、熱いことに変わりはない。

 その効果のほどは、サルの悲鳴じみた咆哮と、型などなく振り回された腕が証明してくれた。

 考えなしに暴れまわるサルから距離を取り、ラディナの元へ退く。


「皮膚は硬かった。でも短剣の熱での攻撃は通るみたいだ」

「はい。それに加え、あの魔物は先ほどから、私の矢を一発も受けようとしません」

「確かに。今までの狙撃は、サルのどこ狙ってた?」

「……頭、ですね」


 ラディナの言葉を聞いて、葵はふと一つのことに気が付いた。


「言われてみれば、サルの顎に蹴りを入れた時、体の皮膚ほど固くなかったかもしれない。もしかしたら、プラシーボかもしれないけど」

「確証がない以上、今のところいい方向に向いている頭を狙い続けます」

「――それと、あいつの弱点は首だ」


 不意に背後から声を掛けられ、サルだけに意識を絞っていた葵は完全に虚を突かれた。

 この世界に来て、“魔力感知”と“魔力探査”を得てから初めて背後を取られたことに驚きを隠せず、振り向き身構えてしまった。


「な、何者だ……お前?」


 葵とラディナの視線の先には、空中でホバリングする銀色の体毛を持つ梟の姿があった。



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