第329話 百物語合宿~お題:タクシー 後編~

「そうですか。息子さんが。」

「へへっ。俺に似て、山が好きなんですよ。でもまだ夜の登山は許してませんけどね。良いもんですよ夜の登山。危険ではありますが、昼間よりも空気は澄んでいるし、何より星空が綺麗で・・・。」

普通の男性。

それ以外に感想が持てないほどでした。

本当にこの男性が?そんなことを思っているうちに彼の言う自宅前に着いてしまったんです。

「あ、ここです。ありがとうございました。代金は・・・。」

「あ、○○○○円です。」

「んじゃこれで。」

「お預かりします。お釣りです。」

「では、お仕事頑張ってください。」

男性はそう言い残し、家の中に入って行きました。

「・・・違ったのかな?」

私はそれからも山の麓に通いました。

けれど、あの女性の言う男性に出会えませんでした。

「今日も、いないか。」

山を越えてからUターンしてまた山を越える。

流石にそろそろ引き際かなと思い、私はその日を最後に山へは行かなくなりました。

それからしばらくして、あの女性と再会したのです。

「お!運転手さんじゃ~ん。おひさ~。」

「お久しぶりですね。今日も同じ場所ですか?」

「そうそう。お願~い。」

「わかりました。」

しばらくスマホをいじってから彼女は聞いてきました。

「ねぇねぇ。」

「何でしょうか?」

「山には行った?」

「ええ。ですが、貴方の言っていた男性には遭えませんでした。」

「・・・そっか。」

「意外と誰かの作り話が大きくなってしまったのかもしれませんね。」

「ふ~ん・・・。」

「どうしましたか?今日は元気ないような気がしますが。」

「ううん。何でもないよ。」

それから彼女は一言も話すことなく、終始スマホをいじって、目的地に着きました。

「着きましたよ。」

「うん。はいこれね。」

「はい。丁度ですね。」

「・・・運転手さん。」

「何でしょうか?」

「ありがとね。」

「はい?」

私が振り返ると、彼女は既に夜の街に消えていました。

その日から彼女に会うことがなく、何となく飲み会の席でこの話を上司にすると、上司は優しい顔でこう言ったんです。

「そっか。Tさんもあったのかあいつに。」

「どういうことですか?」

「あいつは、俺が若い頃から探してんのよ。自分のことをフッた男をよ。」

後日、酔っていない状態の上司に聞いた話ですが、私が乗せた女性は上司が若い頃から噂になっていた人で、昔と今で姿が全く変わっていないそうです。

あの女性は今でも自分をフッた男性を探してもらおうと、わざと運転手に怖い話をして興味を持たせようとしているらしいです。

「もしかしたら、あいつはもう・・・。」

上司の言いたいことは何となくわかりました。


「おしまい。」

お~これはまた面白い話だ。

「どうかしら?式子。」

「なるほど。とてもユニークな話だ。ふふっ。」

お!この反応は・・・。

「自分もお初でありマスね~。」

柑奈さんは乗り切ったみたいだな、式子さんのプレッシャーを。

「次は自分でありマス!さぁ、優殿!」

さてさて、次は何が出るやら・・・。

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