第269話 短編怖い話~いわくつきの旅館中編~

「あら?もうこんな時間ね~。」

「本当ですね。」

時間は10時を回っていました。

到着したのが遅いこともあって、私たちはまだ入浴していなかったんです。

電話で仲居さんを呼んで、お風呂に行く準備をしていた時です。

「失礼します。お呼びでしょうか。」

「あ、すみません!お風呂ってどちらで・・・。」

「ご入浴ですか?それでしたらご案内できますが・・・あまりお勧めできませんよ?」

「え?」

どういう意味なのか、分からなかった私はAさんと顔を見合わせてしまいました。

Aさんもよくわかっていない様子で、仲居さんに話を聞くことにしたんです。

「あの、よければ理由を聞いても、いいですか?」

「私からもお願いします。何だか不気味ですよ。」

「大変失礼しました。実は、私、この旅館に来てまだ日が浅いので、よくは知らないのですが・・・。」

その仲居さんは私たちにこっそりと話してくれました。

初めてこの旅館に来た時、先輩仲居さんに仕事を教わり終わった後、注意事項として、夜の10時以降はなるべく就寝してしまうこと。

お客様にもそのようにご協力してもらうこと。

特に、ご入浴は控えてもらうこと。

「最初は意味が分かりませんでした。けど、先輩が冗談を言ってるような雰囲気じゃなくって。だからあまりお勧めは・・・。」

そういうことならと、Aさんは入浴を朝に回しましたが、私は汗を流したくって少しだけという我がままを聞いてもらったんです。

「では、ちゃんとついてきてくださいね。」

10時に就寝ということもあって、旅館内は真っ暗で、非常灯の明かりぐらいしかついていませんでした。

「く、暗いですね。」

「いつもこうです。夜の10時には消灯してしまうんです。」

正直、若干の後悔はありました。

けど、私はどうしてもお風呂に入らないと眠れないので、我慢してついて行ったんです。

エレベーターに乗って、三階から一階に降りようとした時です。


『ピーンポーン。二階です。』


「え?」

仲居さんは一階しか押していません。

二階で止まるということは、私たちではないということです。

「だ、誰かお客さんですかね?」

「たぶん・・・。」

ゆっくりと開く扉。

視界に映ったのは人ではなく、暗闇の中に広がる旅館の廊下でした。

「・・・えっと・・・。」

「き、きっと私が間違って押してしまったんですね!申し訳ありませんお客様!」

仲居さんは慌てて自分のミスだと謝ってくれました。

けど、私は気づいてしまったんです。

エレベーターのボタンが一階しか光っていないことに。

それは、仲居さんが触っていないということです。

そのことを仲居さんに言えないままに、私たちは一階について、浴場を目指して急いで歩いたんです。

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