70.5話 格闘家の少女、頑張る(後編)





「アイツ、やりやがった!」

「アフラ……、無事で良かったわ」


 スギハラとクリスは、アフラが無事に敵を倒したのを見て安堵した。


「やった……」


 アイアンゴーレム撃破とリーベの撤退を確認すると、張り詰めていた気持ちが切れてしまったのか、突然アフラの右腕から激痛が走り出す。


「あああぁぁぁぁ!!!!」


 アフラは左手で力が全く入らない右手を押さえながら、激痛に顔を歪めながら悲鳴を上げ右腕を押さえた瞬間、プシューと音がなって密着していたミトゥトレットの装甲が緩んで、ミトゥトレットがそのまま腕から地面に落ちる。


 露出したアフラの右腕は肘から下が紫色になっていて、力なくぶら下がっているという感じであった。


 そして、アフラはそのまま痛みのせいか、オーラが尽きたのかは分からないが、その場に崩れ落ちて再び気を失ってしまう。


「どうした、アフラ!?」


 トロールと戦いながらスギハラは、遠くで倒れているアフラに声をかけるが、彼女からの返事はもちろん返ってこない。


「アフラ!? ヒーラー!!」


 ようやく、トロールの数が減ってきて余裕が出来たクリスは、ヒーラーを引き連れアフラの元へ向かう。


「右腕を押さえていたわね……。シェルミー、右腕に回復魔法を!」

「副団長、アフラちゃんの右腕が……」


 クリスと回復職のシェルミーは、アフラの右腕を見て重症であることが一目でわかった。


「ハイ・ヒーリング!」


 シェルミーは、急いで回復魔法をかける。

 彼女が暫くアフラの右腕に回復魔法を掛け続けると、彼女の右腕の色が肌色に戻ってきて、苦しそうな顔をして気絶しているアフラの表情が若干緩みだす。


 彼女とクリスはそれを見て、安堵の表情を浮かべる。


「回復終わりました、これでもう大丈夫なはずです」


 シェルミーの報告を受け、クリスが周りを見るとトロールは仲間達によって、ほぼ撃破されていた。戦闘を終えたスギハラが、慌てて駆け寄ってきてアフラの安否を尋ねてくる。


「アフラは大丈夫か!?」

「はい、今シェルミーが回復を終えたところです」


「そうか、それなら良かった」


 スギハラはその報告を受けて安堵すると指示を出す。


「負傷者の回復が済み次第、キャンプ地まで撤退する!」


 ”月影”は、トロールの拠点近くに張ったキャンプまで撤退すると、今後の方針を協議する。


「さて、これからどうするかな……。続けるか、街に引き上げるか……」

「今回の奇襲で薬品などを、予定外でかなり使ってしまいました」


 カシードが薬品の使用状況の報告をおこなう。


「それに、またあの女魔戦士が来ないとも限りません」


「アフラ、ソフィーが抜けて戦力ダウンしています。ここは残念ですが引き上げるのがいいかも知れませんね」


 アフラは未だ気を失ったままだった。

 団員達が意見を出し合い議論を重ね、その団員達の意見を聞いたスギハラは決断する。


「街に引き上げるぞ」


 スギハラは仲間の安全を考えて、引き上げる決断を下した。

 団長の決断を聞くと、団員達は引き上げの準備を始める。


(悪いな、ユーウェイン……)


 彼らがここで撤退するということは、要塞防衛戦が連戦になる可能性が高くなるため、心の中でユーウェインに謝罪するスギハラであった。


「今回はアフラに助けられたな……」

「はい、よくやってくれました」


「くそっ! どうして俺の司一文字には特殊能力が無いんだ! その御蔭で、部下を危険な目に合わせちまった!!」


 スギハラは、近くにあった木に拳を叩きつけて怒りを露にする。


「今回はしかたのなかった事です。アナタの責任ではありません……」


 クリスは自分を責めるスギハラを擁護したが、彼女自身も自分の見通しの甘さを苦々しく思う。


 その頃紫音達は……


「シオン・アマカワが私へのお礼だって言ったんだから、私が残った一つを食べたっていいじゃない!」


「お姉さんなら、年下に譲ろうとは思わないッスか?!」


 紫音の作ったカップケーキの残った一つを巡って、ソフィーとリズがまだ言い争っていた……


 その上空をミーがオロオロした感じで飛んでいる。


「私は脳に糖分を、補給をしないといけないッス。譲って欲しいッス!」

「いつもみたいに、バナナか飴でも食べてなさいよ!」


「お姉さんこそ、これ以上糖分を取ったって膨らむのは胸ではなくって、お腹ッス! これ以上食べたって、カップケーキのように胸は膨らまないッス!」


「今は、胸は関係ないでしょうが! もう、アンタにだけは絶対譲らないんだから!」

「ツンツンお姉さんは、相変わらず大人げないッス! 小さいのは胸だけに―」


 リズがそこまで言うと、ケットがミリアの肩からテーブルまでジャンプして、カップケーキまで近づき、


「ナー」


 カップを前脚で器用に叩いて、カップケーキを上空に放り上げる。


 そして、ジャンプして放り上げたカップケーキに空中で追いつくと、その可愛らしい左前脚に魔力を凝縮して造り出した、魔力の爪”ストライク・ニャ―ニャ―・クロ―“を出現させた。


「ナ―」


 すると、空中でその爪を使って見事に三等分に切り分けられ、切り分けられたカップケーキはそのまま皿の上に落下する。


「おおー」


 一同はその一連の光景を見て感嘆の声を上げた。


「しかし、ケット。どうして三等分ッスか?」


 そのリズの質問に、ケットはミリアの方を見て「ナー」と鳴く。

 エレナがケットの意図に気付いて、両手をパンと叩いてこう答えた。


「ミリアちゃんも含めて、三人で分けなさいということですよ」


 その答えを聞いたケットが、正解といった感じ「ナー」と鳴く。


「そうか、ケットちゃんはミリアちゃんが本当は自分も欲しかったけど、遠慮していた事に気付いていたってわけだね」


 紫音がそう言うと、ケットは「そういうことよ。アナタも素敵なお姉さんを目指すなら、周りの人の事に、もっと気を配りしなさい」という表情をしているように見えた。


 そして、今度から”ケットさん”と呼んだほうがいいのかも知れないと思う紫音。


「しかし、ケットさんは頼りになるのに、”ミー”は上空を飛んでいるだけとは情けないッス」


 リズが三等分に分けられたその一つを食べながら、何故か既にケット”さん”呼びをするリズであった。


「ホ――(怒)」


 その言葉に、ミーは怒ってリズをいつものように空中から突こうとした時、


「ナ――」

「ホ――(怖)」


 嬉しそうにカップケーキの一つを食べているミリアの肩から、ケットさんがミーに向けて鳴くと、ミーはまた襲われると怖がってリズの頭に逃げる。


「素敵! ケットさん!」


 一同は、その姿を見て尊敬の念を込めて、ケットさん呼びをするのであった。


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