248話 聖女の抱擁



 前回のあらすじ

 リズンは推理により、密室トリックは解明するが、アリシアが犯人であることは外してしまうが、アリシアとレイチェルは倫理上の問題で逮捕されてしまった。


『BL漫画家別荘殺人事件(後編)』


 推理を外したリズンは、再びその”灰色の脳細胞”をフル回転させ推理をはじめる。


(何か…何か見落としがあるはずッス…。そうか、わかったッス!)


 リズンはアフラの背後から、彼女の声真似で新たな犯人の名を告げる。


「犯人はシオンさんッス! アキさんのダイイングメッセージ『ア』は、アマカワ・シオンと書こうとしたッス! シオンさんとアキさんの出身地では、確か名字から名前を書くッスよね!?」


「!!?」


 リズンが新たに口にした犯人の名前とダイイングメッセージの説明に一同は驚愕する。


「確かにシオン君は、犯行が行われる前にアキ君に『ごめんね、紫音ちゃん。板状タブレットと間違えて、ペンタブ用ペンで絵を描こうとしてしまったよ』とヒンヌーを弄られ、そのことで言い争っていたという証言もある。しかも、ダイイングメッセージの『ア』にも一致する!」


 そして、ミレーヌ警部がまたアリバイと動機を解説してくれる。


(動機にダイイングメッセージ。シオン君はツーアウトと言ったところか…)


 カシードが心の中でそう思っていると、そのシオンが自己弁護というより、ツッコミに近い反論をはじめる。


「確かに私はアキちゃんと言い争いをしましたが、それはいつもの事で殺すほどのことではありません。それに私の出身地では名字から書くけど、ダイイングメッセージなら被る人が多い『ア』よりも名前の『シ』から書くほうがいいよね!?」


「なるほど、いつ力尽きるかも知れない状況で、名字から書くのは非合理的だな」


 紫音の反論にミレーヌ警部もそう言って賛同する。


「そして、何より犯行時刻、私はソフィーちゃん達とリビングでお話していたよね?!」

「はぅ!? そうだったッス!」


「ジト目、推理が外れすぎて語尾が”ッス”に、なっているわよ。まあ、今までもチョイチョイなっていたけど」


 設定を忘れて刑事姿のクリスに見とれていたソフィーは、そのクリスが居なくなったことにより本来のツッコミ役を果たす。


「それに、アフラちゃん! ダイイングメッセージの『ア』なら、アフラちゃんも該当するよね!」


 今度は紫音が探偵のようなポーズで、アフラを指差してそう言いった。


「確かに!」


 ミレーヌ警部が賛同するとリズはこう言い放つ。


「ソレはないッス。何故なら…… 脳天気なアフラお姉さんが、密室トリックなんて考えられると思っているッスか!!」


「それはそうだ!!」


 リズの推理というか真実に、この場に居た一同は疑いなく賛同する。


「もう、たべられないよ~」


 そして、アフラはわかり易い寝言を喋った。


「では、犯人は一体誰なんだい、リズン君?」


 ミレーヌはアフラの名探偵設定が面倒になって、リズンに直接尋ねる。


「まだ一人、凄く怪しい人がいるッス…。それは…、カシードさん、アナタッス!!」

「えっ!? 俺~!? キミ、ソレ推理じゃなくて、単なる消去法だろ?!」


 リズンに犯人扱いされたカシードは、ツッコミ気味に反論するが、リズンには明確な理由があった。


「ちゃんとした理由があるッス! その理由は、今回に限って本編でもそんなに出てこないカシードさんが、ミリアちゃんやエレナさんを差し置いて出演していることッス! 頭数合わせの脇役なら、殺人事件というコンプラ的問題でミリアちゃんは無理でも、エレナさんでいいはずッス! つまり、犯人役だからこその出演ッス!!」


 リズンはカシードを指差しながら、ジト目で自分の無茶苦茶な推理を押し切った。


「私の可愛いミリアちゃんを差し置いて、誰得の大男が出演しているのは、犯人役でなければ、確かにおかしいな!!」


 ミレーヌ警部は、少しキレ気味にリズンの推理に賛同する。


「ええ~!? ちょっと待ってください、一度落ち着いてくださいよ! 犯行時刻、俺はキミとカードゲームの話題で盛り上がったじゃないか?」


「あぅ、そうだったッス…」


 果たして、事件はこのまま迷宮入りとなるのか?

『BL漫画家別荘殺人事件(解決編)』に続く。



 #######



 アキの指示で神託の間に、ダッシュで向かわされたフィオナ。

 その様子を冷静に見守っていたナタリーが、アキに尋ねてくる。


「アキ、どうかしたのですか? また、あのポンコツ総主―フィオナ様が何かやらかしましたか?」


 アキはナタリーの質問に、日本神話の話を少しぼやかしながら説明する。


「私達が元いた世―出身地には、三種の神器と言って、剣、勾玉、鏡がセットになった神器を偉い神様が持っていたという神話があるんです。恐らく女神様はそれをモチーフにして、紫音ちゃんの新しい女神武器を作ったと思うんです」


 祭壇には剣と勾玉が置かれており、鏡がないことにナタリーは気付き、アキの言わんとする所を察する。


「なるほど…。つまり、鏡が足りないので、フィオナ様が神託の間に忘れてきたかもという訳ですね?」


「そういうことです」


 アキは頷きながら、ナタリーの言葉に返事をした。


 暫くすると、アキの指示通りに走って神託の間まで往復したフィオナが、息を切らせながら祭壇まで帰ってきた。


「やっぱり…ハァ、ハァ…。なかったわ…ハァ、ハァ…アキ~…ハァ、ハァ…。その代わりに、このお手紙と…ハァ、ハァ…この説明書と書かれている冊子が置いてあったわ…ハァ、ハァ…」


 フィオナは手紙をアキに、説明書を紫音に手渡すと近くに設置されている椅子に座って休憩を始める。アキはその手紙を読み上げた。


「えーと、『鏡がないのは、フィオナのせいではありません。調整が間に合わなかったのです。よって、調整が済み次第送ることにします』だそうです」


 その手紙の内容を聞いたフィオナは、少しむくれた顔でアキにこう言ってくる。


「アキ、私を…お姉さんを疑ったことを謝ってください。そうですね~、久しぶりにアキをギュッて、させてください」


 アキはフィオナの謝罪要求に、少し戸惑った顔でこう言った。


「どうして、急にそんなことを…」

「お姉さんを疑った罰です! さあ!」


 フィオナは椅子から立ち上がると、両手を広げてアキを待つ。


 アキは疑って走らせてしまったので、仕方がないといった感じでフィオナに近づく。

 すると、フィオナはアキを優しく抱擁すると彼女の耳元でこう囁いた。


「アナタが神託を受けた後、私も女神様から神託があり、アキがシオンさんの試練を引き受けると聞いて心配しました。二人の絆が壊れてしまうのではないかと…。でも、二人の絆はより深まってみたいで良かったです。頑張りましたね…アキ…」


(フィオナ様は、ずるい…)


 フィオナが、自分を心配してくれていた事とその褒め言葉にアキはそう思い、この素敵なお姉さんに会えたことだけでも、この世界に来てよかったと思った。


 アキが色々な感情を押さえながら、黙ってフィオナに抱擁されていると、空気を読まない愛すべき幼馴染が、フィオナにこのようなお願いをしてくる。


「フィオナ様、私もギュッとしてください!」


「えっ!?」


 フィオナが、ヒンヌーポニーの突然の申し出に困惑していると、彼女は訴えてきた。


「私も年上のお姉さんに甘えたいんです! 優しく抱擁されたいんです! アキちゃんの普段の酷いヒンヌー弄りで、傷付き荒んだ私の心を癒やしてください!」


「アキ! シオンさんにそんな酷いことを言っているのですか!?」


 フィオナが紫音の訴えを聞いて、アキを問い詰めると彼女はバツの悪そうな顔で、目線を逸らして沈黙で答えた。


(アキ、真実なのですね…)


 フィオナは、アキのその態度を見て真実だと悟り、紫音を優しく抱擁した。


(フィオナ様って、柔らかくていい匂いがする~)


 紫音は年上女性に甘えて満足そうな表情をしていた。

 すると、次はリズが抱擁をお願いしてくる。


「私も、私も聖女様に抱擁されてみたいッス!」


 リズが抱擁されたい理由は、記念にといった感じであった。


「私も…お願いします…」


 珍しくミリアもリズの後ろに並んで、頑張ってお願いしてくる。


「じゃあ、私もお願いします、フィオナ様!」


 ミリアの後ろにソフィーも並ぶ。


「わたくしは、シオン様に抱擁して欲しいです! いえ、します!!」


 アリシアはそう言って、紫音ににじり寄ってくる。


「私はその光景を見守ります!!」


 レイチェルが、暴走寸前の主を止める事もせずに、そのように宣言する。


 こうして、紫音の女神武器授与式の開始は、予定時間より20分押すことになり、ナタリーは頭を抱える。

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