231話 黒猫



 紫音がやる気を取り戻して、練習を再開させるとマオは再び姿を隠して、近くの茂みに入ると、彼女の【女神の栞】のバイブレーション機能が発動して着信を知らせる。


「もしもし…、ふむふむ…、確かに今の紫音では無理であろうな…。しかし、流石に我一人ではキツイな……。何!? アヤツがそんな力を持っているのか…。わかった、合流してから、向かうとしよう」


 マオの持っている【女神の栞】は特製で、ほぼ携帯電話であるために会話が可能になっている。彼女は栞で会話を終えると、彼女は夜の10時くらいまで待機してから、同行者と合流すると、目的の地に向かい走り始める。


 翌日、紫音とリズが朝の練習を終えて食堂まで来ると、ミリアが手に何か書かれた紙を持って、半泣きでオロオロとしていてミレーヌが必死に慰めている。


「君たちいいところに来た! ケットを見なかったかね?」


 紫音達に気付いたミレーヌが、彼女達に尋ねてくる。


「ケットさんが、どうしたんですか?」


 紫音が聞き返すと、ミレーヌがミリアの代わりに説明をしてくれた。


「実はミリアちゃんが朝起きたら、このような手紙を残して居なくなっていたらしいのだ」


 彼女はそのように説明した後に、ミリアからその手紙を受け取って紫音達に見せてくる。


 手紙にはケットの足跡と思われるものが、文章のように連なって押されており、何か書き置きとしてミリアに置いていったのだろうが、内容はさっぱりであった。

 すると、リズの頭の上に居たミーが主人に「ホーホー」鳴いて通訳し始める。


「ミーが、何が書いているか読んでくれるらしいッス。えーと、<少し出掛けてきます。明後日には帰るので心配しないように。 ―ケット>と、書いているそうッス」


 その手紙の内容を聞いたミリアが、まだ心配そうにしているとアキがこう言って、彼女の不安を取り除く。


「ミリアちゃん、ケットさんなら大丈夫だよ。ケットさんは頼れる猫さんだから、心配しなくても無事に帰ってくるよ」


 アキの話を聞いたミリアは普段の頼もしいケットを思い出して、確かにケットさんなら大丈夫だと思って安心することにした。


 だが、問題は明日の自分であり、果たしてケットさんが居なくて大丈夫だろうかと不安になる。ミリアはこれ以上みんなに心配をかけないようにと、その不安を心の中にしまうのであった。


 紫音は今日一日をオーラの大太刀の練習に費やしたが、成果は上がらなかった。

 そして、不安を抱えながら翌日のリザード戦に備える。


 翌日の朝、紫音達がリザード戦に備えて、少し早めの朝食を食べ終えて食堂で少し休憩していると、紫音はミリアが不安そうな顔をしていることに気付く。


(ミリアちゃん、やっぱりケットさんが居なくて不安なんだな…。よし、ここはお姉さんとしてミリアちゃんを元気づけなくては!)


 紫音はそう思って、ミリアに声をかける。


「ミリアちゃん、安心して。ケットさんの代わりに私が守ってあげるから!」

「シオンさん…。ありがとうございます…」


 だが、ミリアはそう返事をしたがまだ少し不安そうな顔をしている。


「コレをつけたら、ケットさんに近づくと思うよ」


 アキはそう言いながら、黒猫耳のついたカチューシャを紫音の頭につけた。

 その黒猫耳のカチューシャは、紫音の綺麗な黒髪とよく似合っており、黒猫を連想させる。


「シオンさん、よく似合っているッス! まるで黒猫さんッス。これならミリアちゃんもケットさんの代わりと思えるッス!」

「シオンさん…、お似合いです…。すごく、可愛いです…」


 ミリアは不安をすっかり忘れて、紫音の猫耳姿に見惚れている。


(何か複雑な気持ちだけど、これでミリアちゃんの不安が消えるならいいかな)


 紫音は、今迄可愛いと言われたことがあまりなかった為に、このように可愛い発言に戸惑っていると、その猫耳をつけた張本人のアキが話しかけてきた。


「しっ、紫音ちゃん! そのカチューシャつけたまま、この黒猫の尻尾のついたメイド服を着て、<御主人様、お帰りなさいませニャン♪>って、言ってみて! お小遣いあげるから!!!」


 メイド服を持ったアキが興奮しながら、紫音にそう言って迫る。


「着ないし、言わないよ!?」


 だが、紫音は速攻で親友の要望を拒否する。

 すると、食堂の外でクリスと栞で連絡のやり取りをしていたソフィーが、慌てて食堂に入ってくる。


「アナタ達、大変よ! 今お姉さまから連絡があったのだけ―!?」


 ソフィーがそこまで話すと、彼女の視界に頭に黒猫耳のついた紫音が入り、思わず話を中断してしまう。


(なっ、何よ、あの黒猫耳は!? 似合い過ぎじゃないの! いつもの凛としたシオン・アマカワもカッコよくていいけど、あの猫耳姿も可愛いいじゃない!)


 黙り込んでしまったソフィーに、紫音がどうしたのか尋ねる。


「どうしたの、ソフィーちゃん? クリスさんがなんて言っているの?」


 その紫音の言葉を聞いた彼女は我に返り、続きを話し始めた。


「そうだったわ! 今お姉さまから連絡が入って、今朝24本になっているはずのリザード軍の旗が、わずか4本になっていたそうなの!!」


「な、なんだってー!」


 この場に居た一同が驚愕したのも無理はない、何故ならこのような出来事は要塞防衛戦が始まってから初めての事であったからである。


 事の顛末はこうであった。


 昨夜、要塞から派遣されていたリザードの旗の監視役4名の内2名が、交代で監視塔から旗の監視をしていると、昼間に仮眠をしていたにも関わらず、深夜突然の睡魔に襲われ次々と眠りについてしまう。


 その間に『黒猫を連れた幼女』が『なんやかんや』して、リザード本拠点を蹂躙し23本立っていた旗を4本まで、つまり本拠点のリザードを230体から40体まで減らしたのである。


 そして、翌日早朝に見張り役が朝日で目を覚ますと、深夜までは24本あった旗が<何故か>4本まで減っており本拠点の外に溢れかえっていたリザード達も居なくなっていた。

 その事が、すぐさま伝書鳩で要塞に知らされて、それが各クランや関係各所に伝えられたのである。


 ちなみにクリスが、直接紫音にではなくソフィーに連絡を取ったのは、詩織に会いに行った時に彼女をぞんざいに扱ってしまった事へ配慮であった。


(シオン・アマカワにではなくて、私にこんな大事な連絡をしてきたのは、お姉さまが私を頼りにしている証拠だわ)


 その思惑通り、現にソフィーは先程から心をウキウキさせて、ツンデレちょろイン振りを発揮していた。




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