186話 オーク戦前日



 クロエとアンネが隠れ家に帰ってくると、大人達が寝不足の顔で作業場からフラフラと出てきた。


「みんな、どうしたの!?」

「ああ…。クロエ、アンネ…、おかえり……」

「みんな酷い顔しているけど、大丈夫なの?」


 魔王が二人に覇気のない返事をすると、三人の表情を見て心配するクロエに魔王はこう答える。


「大丈夫… 大丈夫…。ちょっと、大人だけの夜で盛り上がって夜更ししただけだから…。これから少し仮眠するから大丈夫よ…」


 そう言って、三人はそれぞれの部屋に入っていった。


「何していたのかな~?」

「さあ? 大人になったら、わかるんじゃないの?」


 アンネが疑問を口にするとクロエは、きっとお酒でも飲んでいたのだろうと思って、彼女にそう答える。

 紫音達が昼食を食べていると、オークの旗が23本になったとミレーヌの元に報告が入った。


「この早さだとオークの侵攻は、明日の昼から3時位かも知れないな……」


 そのミレーヌの予測を聞いたリズは、彼女に質問をする。


「フィオナ様は、アルトンにいつくらいに着くッスか?」

「おそらく3時位だろう……」


 その時間を聞いたリズは、間に合わないと計算し次のような行動を考えた。


「それじゃあ、間に合わないッス! 明日朝から私が馬に乗って、フィオナ様の所に合流しに行くッス」


「確かに馬車より単騎のほうが早く移動できる。途中で合流して、受け取れば十分間に合うかも知れないな…。わかった、リズ君。伝令用の早馬を、こっちに回すように手配しておこう」


 ミレーヌは、席を立つと早馬の手配に向かう。


「リズちゃんだけでは心配だから、私も一緒に行くよ」


 紫音の同行の申し出にリズはこう返事をした。


「シオンさんまで間に合わなかったら、それこそ問題になるッス。だから、自分だけで行くッス。お心だけ貰っておくッス」


 リズの返事に、紫音は確かにまた遅刻したら不味いなと思って、彼女の無事を祈りながら自らの提案を退ける。


「ところで、アキちゃんはどこに行ったの?」



 紫音は、アキの姿を見ないことを不思議に思い尋ねると、エレナが答えてくれた。


「先生ならあの後すぐにクリスさん達と要塞に行って、ゴーレムの準備をするって言っていました」


(アキちゃんBL漫画が絡むと気合の入り方が違うな……)


 紫音はアキのBL漫画に掛ける情熱に感心する。


「カムラード、遅れをとったな… しかし俺はいつまでも待つぞ。誰よりオマエを…」.

「団長、遊んでないでこちらへ。明日の戦いの作戦会議が始まりますよ」


 クリスは要塞の城壁から遠くを見ながら、どこかで聞いたような台詞を言っているスギハラを窘め会議室に連れて行く。


「指揮するのが不安だと言っていたのに…。あの人、意外と余裕があるな」


 その様子を見ていたカシードはスギハラをそう評したが、むしろ逆でこういう馬鹿なことをやっていないとプレッシャーに押しつぶされるからである。


 要塞では作戦会議の他にも、戦いに備えて色々と準備が行おこなわれていた。

 堀は水属性が弱点のトロールが攻めてこなくなったため、水が抜かれ空堀に戻されている。


 そして、敵が陣取る場所の少し先の場所に浅く穴を掘って、上部が尖った杭を打ち込みオークがそれを踏んで少しでも足にダメージを与える乱杭を設置して、侵攻の勢いを少しでも削ぐために、同じく先の尖った丸太による柵など少ない時間で頑張って設置していた。


 その設置工事を見ながらアキは要塞前で、ゴーレム生成魔法陣に魔力を注ぎ込む。


「前回はギミックに拘りすぎて耐久値に問題があったから、今回はゴツくてびくともしないシンプルなデザインのあの子にしよう」


 彼女はこれより数時間かけて、魔力を回復させつつ魔法陣に魔力を込めることになる。

 全てはよりよきBL漫画のために……


 そして、紫音達も明日のオークとの戦いに備えて、体を軽く動かして後は武器や防具の点検をおこなった。


 そして、ついにオークとの戦いの朝を迎える。

 ひとり早く朝食を済ませたリズは、ミレーヌが手配してくれた早馬に騎乗して、フィオナ達と合流するためにケルトの町方面に馬を走らせた。


「フィオナには連絡をしてあるから、合流すれば女神武器を渡してくれるはずだ。あとフィオナの馬車の御者は、護衛の教会所属の聖騎士が就いているそうだ。聖騎士の鎧はフェミニースの聖印が目立つように付いているから、それを目印にして馬車を探すと良い」


 リズは馬を走らせながら、出発前のミレーヌの言葉を思い出して、聖印の付いた鎧を着た御者の馬車がすれ違わないか観察する。


 数時間走っていると、前方から鎧を着た御者の操縦する馬車が向かってくるのが見えた。リズはイーグルアイで鎧に付いた聖印を確認すると、フィオナの馬車か尋ねようとその馬車に近寄る。

 すると、向こうの御者から声を掛けられた。


「その銀色の髪に眠そうなジト目…、アナタがリズちゃんね? 私はフィオナ様の護衛、メアリー・チルコットです。話はフィオナ様から伺っています」


 彼女は自己紹介すると、馬車を路肩に寄せて停めて中にいるフィオナに報告する。


「フィオナ様、ナタリー様、リズちゃんが参りました」


 メアリーの報告を受けた二人は、馬車の中から出てきてリズに話しかけた。


「リズちゃん、お久しぶりですね。私のことを覚えていますか? 私はフェミニース教総主教のフィ…」


「フィオナ様、覚えているッス。それよりも、ミーを…女神武器を渡して欲しいッス!」


 のんびりと自己紹介を始めるフィオナの言葉を遮って、リズは彼女に本題を突きつける。


「そうでしたね、急いでいたのでしたね。ちょっと、待ってくださいね~」


 そう言って、フィオナは馬車の中に女神武器を取りに戻る。


「リズさん、ごめんなさいね。要領の悪い人で……。私はナタリー・エヴァンス、フィオナ様の補佐をしています、よろしくお願いします」


「ナタリー、聞こえていますよ!」


 ナタリーが自己紹介と上司の不手際を謝罪すると、馬車の中からその言葉を聞いたポンコツ総主教の声が聞こえてきた。


「聞こえているなら、早くしてください。そもそも女神武器を持って、出てくればよかったのです」


「あぅ~」


 馬車の中から、フィオナのやり込められた元気のない声が聞こえてくる。

 そして、暫くすると彼女は布の被った物体を、両手に大事そうに持って馬車から降りてきた。


「気をつけてください、フィオナ様」


 両手が塞がって不安定に馬車から降りてくるフィオナを、ナタリーが自然に体を支えて降車を手伝う。


「ありがとうね、ナタリー」

「いいえ…」


 フィオナは笑顔で感謝の言葉をナタリーに言うと、彼女は少し照れた感じでそう答えた。


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