183話 年下とキャンプ



「何か嫌な予感がするわ……」


 ソフィーが呟く。

 冒険者としての危険感知能力が、オーク侵攻の早まったことを漠然とした危機感として、彼女に知らせたのであった。


「気のせいだよ、ソフィーちゃん~。私はむしろ良い事が起きているけどな~」


 その彼女の呟きに対して紫音は、目の前で年下ちゃん達が楽しそうに話をしている姿を見て、呑気にそう答えた


 そして、紫音は新しい年下ちゃん達に、この様なことを言い出す。


「そうだ! クロエちゃん、アンネちゃん、明日滝を逆流さる凄い技を見せてあげるよ!」


「ああ~、あの実用性ゼロの見た目だけ派手な技ね……。なんて技名だっけ…“うらやましけい斬”だったかしら~」


 その話を聞いたソフィーは、焚き火に枝をくべながら興味なさそうに言った。


「裏山昇龍波だよ! “うらやまし“までしか合ってないよ!」

「しょうがないでしょう? 東方国の言葉は難しいんだから」


 紫音のツッコミにソフィーは、間違えたことを漢字の難しさを理由にしたが、覚える気がなかっただけである。


「シオンさん、良ければ私がもっとカッコいい名前をつけてあげましょうか? 私普段からカッコいい技の名前を考えているんです」


「本当に!? それだったら、”裏山昇龍波“よりも”ホライゾン・ブレスト(仮)“の方に、名前をつけて欲しいよ」


「どんな技なんですか?」


「超強力なオーラウェイブを上に飛ばすのが”裏山昇龍波“で、それを前に飛ばすのが”ホライゾン・ブレスト(怒)“なの」


「なるほど……。……では、“蒼覇翔烈波”“破天乱翼覇”“覇神翼蒼斬”“天衝断裂破”なんてどうですか?」


 クロエは自分が考えた秘蔵の厨ニ技名の中から、選りすぐりを披露する。

 その名前を聞いたソフィーは、この様な感想を述べた。


「言葉の意味は解らないけど、なんか語感から猛々しい名前だっていうのは伝わってくるわね……」


 紫音は、まさか漢字でしかも複数提案されるとは思っていなかったので、慌ててメモ帳を取り出す。


「待っていてね、今メモするから……」


 すると、クロエが紫音に提案してくる。


「シオンさん、私が書きますよ。間違えた漢字を、書いても駄目なんで」


 紫音はクロエにメモ帳を渡すと、彼女は厨ニ技をスラスラと漢字で書いて紫音に返す。


(見事に漢字ばかりの名前だな……。アレ? クロエちゃんって漢字書けるんだ……。まさか、日本の事を知っている…? まさかね……)


 そのメモ帳に書かれた技名を見て紫音。、そう疑問に思ってクロエに質問する。


「漢字が書けるってことは、クロエちゃんって東方国の人なの?」


 その質問に彼女は少し黙ってからこう答えた。


「あー…。実は私は東方国人とハーフなんです。“クロエ・若葉・ベルナール”、これが私のフルネームなんです…」


 クロエが少し言いにくそうに言った事に、気付いた紫音は慌てて謝罪する。


「ごめんね、変なこと聞いちゃって……」

「いいえ…、今はそんなに気にしていないので……」


 紫音はクロエに言いたくないことを言わせてしまった思い、居た堪れなくなって自分も本名を名乗る。それでお相子にはならないかも知れないが、兎に角告白することにした。


「クロエちゃん、私の本当の名前はシオン・アマカワなの! 偽名を教えてごめんね!」

「シオン・アマカワ!?」


(そんな……。シオンさんが、真悠子さんの言っていた天河紫音だったなんて……)


 クロエが驚いている様子を見て、紫音は自分の姓を聞いて驚いているのだと勘違いして、更に説明する。


「やっぱ、驚くよね。アマネ様と同じ姓だから…。だから、偽名を使っていたの…」


(でも、真悠子さんも無理して戦わなくても、いいって言っていたし……)


 クロエは嫌なことをこれ以上考えないようにして、話題を変えることにした。


「ところで、紫音さん。どの技名にするか決めましたか!?」


 クロエは自分の秘蔵の厨ニ技名のどれを使ってくれるのか、目を輝かせて紫音に聞いてくる。


「えっ、えーと……、次使う時に、名前を覚えられたのにするね……」


 紫音はどれも覚えにくそうだし、読みにくそうだと正直思いながらそう答える。


「それにしても、クロエちゃんって普段からこんな難しい名前を考えているの?」


「ずっとって訳ではないんですけど…、他にもカッコいい台詞とか、カッコいいポーズを考えていてー」


 クロエは厨ニ話を始め、紫音とソフィーはその話に付き合わされることになった。


「そろそろ、おやすみしようか?」


 夜も遅くなってきたので紫音は、一同にそう告げると年下と年上に別れてテントに入った。

 テントの中で寝袋に入ったソフィーが、隣で寝ている紫音に話しかけてくる。


「アナタの事だから、年下達のテントに一緒に~とか言うと思ったけど、大人しかったじゃない」


「ソフィーちゃん、私だって空気ぐらい読めるよ。それに、このテントにだって可愛い年下ちゃんはいるしね」


 紫音のこの冗談なのか本気なのか解らない返事に、思わず寝袋に入ったまま起き上がり、身の危険を感じてエレナに懇願するソフィー。


「なっ!? 何変なこと言っているのよ!? エレナさん! エレナさんが、真ん中で寝てよ! でないと、この年上に寝ている間に何されるかわからないわ!」


「あははは……」


 その一連の出来事に、エレナは苦笑いするしかなかった。


「冗談だよ、ソフィーちゃん。じょうだん……」


 そう発言した紫音の声は、心なしか少し落ち込んでいるように聞こえる。


 その頃、真悠子とリーベは―


「さあ、黒野☆魔子先生、夜はまだ始まったばかりですよ! 今夜中にあと1枚は完成させるわよ。今夜は長い夜になりそうね… 真悠子!」


 すでに少しテンションの上がった魔王に、徹夜の宣言をされてゲンナリしていた。

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