第6章 逆襲の魔王軍(仮)

167話 弦を放れた矢





 翌日――

 アルトンの街に原稿を届けるカリナの馬車に乗せてもらって、紫音達はその日の昼に街にたどり着いた。屋敷に戻ってきた紫音は昼食後に、明日から依頼を受けるか、山で修行するか、どちらにするかを一同の意見を聞いて、決めることにする。


「私は依頼を受けて、実戦経験を積むべきだと思うわ。報酬も欲しいし……」


 まず、ソフィーが依頼を受けるに一票を投じた。


「私はどちらでも構わないです」

「私も…、どちらでも…いいです…」


 エレナとミリアは、どちらでもいいと意見を述べる。


「私は修行をしたいので、皆さんには悪いっすが明日も修行させて貰うッス」


 彼女は本拠点攻略後から、リーゼロッテの言いつけ通りに今日まで毎日1人で、鍛錬を続けていた。


 そのためリズのこの意見に一同は、毎日頑張っていることを知っていたし、その理由もわかっているために彼女の単独行動を快く許可する。


「じゃあ、明日は朝から冒険者ギルドに依頼を受けに行こう。今日は近くの魔物を倒しに行って、その魔石で小銭稼ぎだね」


 昼食の後に紫音は修理に出していた脛当てを受け取ると、そのまま街の外に出て夕方まで魔物退治をおこなった。


 その夜――

 王都郊外の廃屋でリーベは、この国の商工ギルドの長であるラシャード・マクナマラを呼び出し密会していた。

「早く呼び出した要件を話してくれ。魔王軍と会っている所を、誰かに見られたら色々と不味いからな」


 後ろめたい事をしていると自覚しているマクナマラは、リーベに自分を呼び出した要件を急かす。


「そうね。今アナタに失脚されては、こちらも困るからね。では、単刀直入に言うわ。アナタの力でユーウェイン・カムラードを王都に呼び出して欲しいの」


「ユーウェイン・カムラードを?! それは何故だ?」

「先日トロール本拠点が攻略されたのは、アナタ達も知っているわよね?」


「ああ、特に戦利品は無かったみたいだが、これでトロールの侵攻がなくなったと、王都でも喜びの声で溢れている」


「おかげでこちらは侵攻軍の一角を失って、戦力ダウンしているの。それに対して、彼率いる人間側は戦力と士気が上がってきているわ。このままでは、2年後には、いえ早ければ1年で本拠点を全て失ってしまうわ」


 リーベの説明にマクナマラは、社交辞令のような感じでこう言った。


「それは、大変ですな。さぞ、頭の痛いことでしょうに」


「あら、他人事ではないでしょう? 私達が討伐されれば、アナタ達の売上も下がるでしょう? 私達『魔王軍』とアナタ達『人間側』が、要塞で拮抗して戦っているから、アナタ達の商品である武器防具、消耗品や薬品、備蓄の食料が売れて、アナタ達商人は安全な王都で儲かっているんでしょう?」


 彼女の言う通り、魔王が現れて要塞攻防戦が始まってから、約3年の間に戦争特需によって商人達は富を蓄えていた。


「これ以上、ユーウェイン・カムラードに本拠点を潰されたら、侵攻回数が減ってアナタ達もその分儲ける事ができなくなるわよ?」


「確かに、君の言う通りだな。我々としては、今までのように要塞防衛戦だけをしてくれているほうがいいな」


「その通り、私達の利害関係は一致しているわ」

「ユーウェイン・カムラードを、王都に呼んでどうするつもりだ?」


「その間に彼の居ない要塞を、今侵攻準備中のオークで攻めて、人間側の戦力を本拠点侵攻が出来ないくらいに削るわ。人間側は彼の統率力と人望で纏まっているようなものだから、彼が居なければ烏合の衆になるはず。少なくとも、今まで通りの力は発揮できないはずよ」


 リーベの説明にマクナマラは、当然の質問を彼女にぶつける。


「そのまま要塞を落として、王都まで攻め込んでくる。なんてことは無いだろうな?」


「密約通り、三年前魔王様が王都に攻めた時もちゃんと撤退したし、それに、それからの3年だって要塞しか攻めてないでしょう?」


 実は魔王軍とマクナマラは三年前から影で繋がっていて、密約を交わしていた。

 魔王軍は王都に攻めずに要塞戦だけをして、商人達はその戦闘で儲ける。


 その代わりに、商人達は魔王軍に魔物のコアである魔石をわざと運搬中に奪わせるという形を取って、一定数を横流しするという内容であった。


 だが、実のところ魔王は女神から王都を陥落させることも、人間達を攻め過ぎることも許されていない為に、王都も攻められないし人間達に立ち直れないほどの打撃を与えることも出来無い。


 魔王システムの都合上、魔王は魔王軍と人間側の戦力を7対3か6対4ぐらいにしておきたく密約が無くても、要塞で一進一退するのが双方のパワーバランスの調整がしやすいのである。


 それをあたかも密約によって、そのようにしていると思わせて人間側の信頼を得て、その実力者と影の繋がりを持ち続け、このような時に利用するのがこの密約の真の目的であった。


「だが、ユーウェイン・カムラードを、どうやってこの王都に呼び寄せる?」

「こんな時の為に、有力な貴族にリベートを渡しているんでしょう?」

「なるほど、彼らに呼び付けさせる訳か」


「今の王様は彼をかなり高く買っているみたいだから、彼が更に活躍したら自分達の地位が脅かされるとかその辺の事を吹き込めば、必ず何か理由をつけて彼を王都に呼び出すわ」


(権力者というのは、そういう保身に関してだけは頭が回るから……。それは、この眼前の俗物も変わらないか……)


 リーベは心の中で彼らを侮蔑し、仮面でその感情を隠しながらそう思った。


「だが、ユーウェイン・カムラードは中々の切れ者だと聞く。それに、彼には王から独自の判断で動く権限を与えられている。オークが来ると解っていて、呼び出しに応じるだろうか?」


 彼の心配にリーベはこう答える。


「オークは明日の時点で14本、侵攻開始が24本だから、侵攻まであと11日あるわ。要塞から王都までが往復で約7日、滞在が1~2日でも明日召喚命令を出せば2日の余裕があるから、有力貴族達との軋轢を避けるためにも呼び出しに応じるはずよ」


「なるほどな。だが、そうなると呼び出しても、帰還に間に合えば意味がないのではないか?」


「そこは、こちらに策があるから気にしないで。アナタ達はとにかくユーウェイン・カムラードを王都に呼び出して。彼の気勢を削いでくれたら、なおオッケーよ」


「了解した。お互いの利益のために最善を尽くすとしよう」


 マクナマラはリーベとの密会を終えると、人目を気にしながら外で待たせていた護衛を引き連れて、馬車に乗って夜の闇に消えていった。彼が居なくなるとリーベの背後の暗闇から、念の為に控えていたエマが彼女に歩み寄ってくる。


「あの男、信用できるのですか?」

「利害が一致している間は、使えると魔王様が言っていたわ」


 エマの質問にリーベは魔王の言葉をそのまま伝えた。


「ですが、今回の策は人間側にも相当なリスクを抱えています。今回の策が成功すれば、人間側は戦力の大幅ダウンとなって、そこで我々が約束を反故にすれば自分達の首を絞めることになるという、最悪の結果は彼らにも予想できると思うのですが……」


 エマのこの予想にリーベはこう答える。


「人間というのは、特に安全な場所にいる権力者は、希望的観測で物事を進めたくなるもので、その事によりどれほどの被害が出るとしても、自分達の所に実際に来なければ解らない。それに多くの者は今日まで続いたことが、この先も未来永劫変わらず続くと思い込むモノよ、そんな保証なんてどこにもないのにね……。まあ、全て魔王様の受け売りだけどね」


「まあ、矢は放たれたのだから、このあと私達にできるのは、その矢が上手く的に当たる事を願う事だけよ。次の行動はそこからね……。ちなみに、これは私が考えたセリフね」


 彼女は最後にこう言って、エマに自分の博学を見せつけようとしたが、実は以前見た漫画のセリフから引用したものだった。




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