152話 冥府の番犬けるべろす 首その2





 中二病(ちゅうにびょう)は、中学2年生(14歳前後)で発症することが多い思春期特有の思想・行動・価値観が過剰に発現した病態である。


 邪気眼系

 超能力・魔法・秘密結社に憧れ、自分には隠された強力な能力があると思いこむタイプ。アニメ・漫画・ライトノベルに影響されやすい。「闇の炎に抱かれて消えろ!」

                                 

                         〈ニコニコ大百科より抜粋〉



 #####



 冒険者達に包囲されたクロエは、右の犬型グローブ通称“ケルちゃん”に魔力を込める。


「囲んだ所で関係ない! 私は冥府の番犬! 煉獄の住人! アンタ達と違う所を見せてやる! 地獄の炎に抱かれて消えろ! ケルちゃんインフェルノ!!」


 そして、クロエはそう叫ぶと、自分の足元の地面にケルちゃんを付けた右拳を叩きつける。

 すると、その瞬間に彼女の足元に魔法陣が現れ、炎系最高位魔法『インフェルノ』が発動した。


 因みに魔法なので地面に拳を叩きつける必要はないのだが、そのほうがカッコイイという理由でそうしたのだ。


 魔法陣から巻き起こった巨大な炎は、クロエと包囲していた冒険者達を巻き込んで、炎の柱となって空高く舞い上がっていく。


「自分ごとインフェルノで!?」


 紫音はその光景を見て、驚きの声をあげる。


「これは、不味い展開だよ……」


 アキはそう思わず声に出してしまった。


「アキちゃん、どういうこと?」

「囲まれたから、敵諸共ってやつじゃないの!?」


 紫音とソフィーがアキにそう聞き返すと、彼女はこう答える。


「こういう場合は、私の知っている物語では放った本人は耐性があるとかで、大抵無傷なんだよね……」


 数々のゲームや漫画でこういうシーンを見てきた彼女は、恐らくそうなるだろうと予想しそれは現実となった。巨大な炎の柱の中から無傷のクロエが出てきて、その信じられない光景に唖然となる冒険者達。


「炎属性に、耐性が高いだけかもしれない! 狼狽えるな、冷静に相手を観察しろ!!」


 ユーウェインは、危うく恐慌状態まで下がりかけた士気を、激を飛ばして食い止めようとする。


「ふえー、さすがはカッコイイ鎧を着ているだけあって、冷静に分析してくるなぁ」


 クロエは冷静に自分の事を分析して、激を飛ばすユーウェインを見て感心し、彼が纏っている鎧を見て中二心を擽られる。


「りゅうせいーきーっく!」


 鎧に目を奪われているクロエに、頭上からアフラが飛び蹴りしながら落下してきた。


「うわっ!?」


 クロエは、アフラの蹴りに何とか反応してバックステップで回避するが、慌てて回避した為に彼女に追撃のチャンスを与えてしまう。


 アフラは軽く前にステップして間合いを詰めて、右足の横蹴りをクロエの胸のあたりに放つと、彼女は腕で防御するがアフラの蹴りの威力で後ろに軽く吹き飛んでしまう。


 アフラは更に間合いを詰めながらもう一度横蹴りをクロエに放つが、彼女は蹴りが当たると同時に自ら後ろに飛んで、蹴りの威力を逃し更にアフラから距離を取るが、その足元に魔法陣が現れる。


「なっ!? やばい! やばい!」


 クロエは慌てて魔法陣の上から出ると、それを見計らったように初級魔法ウォーターが発動する。


「やはり、耐性があるのは炎魔法だけのようね」


 魔法を唱えたクリスがクロエの慌てぶりを見てそう確信し、それを見ていた他の者達も同じ考えになる。


(あの魔法使いのお姉さんのコートカッコイイな。やっぱり私もコートを着ようかな……。色はもちろん黒で……。それで、“此処から先は通行止めだ!”とか言いたいな……)


 クロエはクリスを見て、そんな中二病全開の妄想をしていた。


「私も戦わないと……」


 紫音はそう思いながら、クロエに向かって歩きだすが足元がおぼつかず、その場にしゃがみこんでしまう。彼女の体は女神武器の特殊能力発動によって予想以上に消耗していて、歩くこともできないほどであった。


「紫音ちゃん、無理しないほうがいいよ」

「そうよ、大人しくお姉さまとアフラに任せてなさい」


(そうは言っても、アフラは右手が使えないみたいだし、大丈夫かしら……。私もオーラが使えれば参戦するんだけど……)


 ソフィーはオーラが使えなくなって、一緒に戦えない自分が歯がゆくて仕方がない。


 クロエはアフラと数度打撃戦を繰り広げて、少し距離を取る。


(このお姉さん右腕が動かないみたい……。それに、私が子供だからか、さっきから明らかに手加減している ……。それに、あの後ろから魔法を撃ってくるコートのお姉さんも初級魔法ばっかりだし、発動タイミングも私が魔法陣から逃げてからだし……)


「覚悟は決めたつもりだったけど……。やっぱり、やりにくいなぁ……。こういう人達とは……」


 クロエは自分の心の迷いに、どうしたらいいかわからなくなっていた。


(この子……、私の右手が動かないこと気づいているけど、右側に攻撃してこない。本当はいい子なのかも……)


 アフラはクロエが自分の弱点の右側を狙ってこないので、悪い子ではないのではないかと思って本気を出せずにいる。そして、クリスもクロエの戦いを見て、そう思い始めていた。


(でも、私は決めたんだ! 私をバカにして虐めた人間に復習するって!!)


 クロエは覚悟を決めると、左の犬型グローブ通称“ベロちゃん”に魔力を込める。

 そして、その左手を上げてこう叫ぶ。


「大地の怒りに砕け散れ!」


 それはアフラとクリスに、これから大技を使うから逃げろと言っているようであった。


「うわっ! 何か凄いのがきそう!!」


 アフラは慌ててオーラステップでその場から逃げ出す。


「ベロちゃんアースクエイク!!」


 クロエはクリスとアフラが範囲から出たのを確認すると、左手を地面に叩きつけてこう叫んだ。もちろん魔法なので、このポーズもしなくていい。


 この行為にあえて、意味を求めるなら”カッコイイ”からである。

 クロエの足元には魔法陣が現れ、土系最高位魔法『アースクエイク』が発動した。


 魔法陣内の地面が人や魔物すら立っていられないほど激しく縦に振動し、その振動の為に地面がトゲのように隆起してダメージを与え、更に激しい縦の為か魔法の仕様かはわからないが、複数の隆起した岩の塊が高く舞い上がり、揺れで体制を崩して動けなくなった標的目掛けて落下してきてダメージを与える。


 そして、クロエはその岩の塊の雨の中からも、平気そうな感じで出てくる。


「逃げられちゃったか……。まあ、いいや。どうせ次の大技で、みーんな倒しちゃうから!!」


 その姿を見た冒険者達は、またもや愕然として沈黙する。


 ”2つの最高位魔法の中から、無傷で出てきた彼女をどうやって倒すのか?”


 この難問が冒険者達の脳裏に自然と出題される。


「あんなの倒せるわけがない!!」


 暫くの沈黙の後、冒険者の中からこのような一つの回答が、失意と恐怖の混じった声で発言され、恐怖は一気に戦場に伝染する。


 そして、恐慌状態に陥った者達の行動は2つに別れた。

 ひとつは


「勝てるわけがない! 逃げろーーーー!!」


 恐怖に押しつぶされて、その場から逃亡する者


 もうひとつは


「やられる前にやってやる!!」


 恐怖で正常な判断ができずに、戦闘本能だけで無謀に戦いを挑む者。


 ユーウェインは逃亡する者達はそのままにして、戦いを挑む者に叫んでやめさせようとする。


「オマエ達、冷静になれ! 戦って勝てる相手じゃない!!」


 だが、戦場は混乱をきたし、逃げ惑う者たちの悲鳴や、戦いに挑む者たちの奇声やらで、彼の声は届かなかった。




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