98話 新しい装備を試したい!





 防具屋から帰ってきた紫音は、さっそくソフィーを相手に模擬戦をしながら、新しい鎧を着て動いても問題がないか確認する事にした。


 紫音はソフィーと数度打ち合うと新しい防具の感想を言ってくる。


「肩周りとかは、別に動きを阻害したりしないみたい」

「そう、良かったじゃない。明日のトロール戦も頑張ってよね」


「しかし、この装備本当に軽いよ。これなら、あの山まで行ってもそんなに疲れないかも。行ってみようかな……、ソフィーちゃんも一緒にどう?」


 紫音は新しい装備を手に入れて、心踊ってしまいこの装備をつけて体を動かしたくて仕方がなかった。


 まるで、新しい靴を買って貰って気分がウキウキして、すぐに外に出掛けたくなる子供のような心境である。


「はあ? 明日トロールが侵攻してくるのよ? そんな事をしている場合じゃ……」

「面白そうだねー、私もやるー!」


 ソフィーが拒否すると、アフラがそう言いながらジャンプして現れた。


「アフラ、どうしてここに!?」

「私も山まで駆けっこしたい!」


 アフラには、ソフィーの質問は耳に入らない。


「いいよ! じゃあ、お姉さんとあの山のてっぺんまで勝負だよ!」


 紫音とアフラはすっかり競争する気でいる。


「ソフィーちゃんは、駆けっこしないの?」


 アフラが呑気にソフィーに尋ねてくる。


「だから、私は明日― 」


 ソフィーがそこまで言いかけた所で、リズがジト目でアフラにこう言う。


「ソフィーお姉さんは、一度シオンさんに駆けっこ勝負で負けているッス。だから、勝負に誘うのは酷ってものッス」


「私を挑発しても無駄よ、ジト目ちゃん」


 ソフィーにそう言われたリズであったが、逆に眠そうなジト目で無言のままソフィーを見つめて何かを訴えている。


「…………」


 ソフィーは最初黙ってその目線に耐えていたが、リズのその目がだんだん“負け犬”と言っているように思えてきた。


「やってやろうじゃないの!!」


 そして、彼女はその挑発に敢えて乗ることにする。


(ソフィーちゃん、ちょろいな……)


 その様子を静観していたアキは、ソフィーを見てそう思った。

 紫音はゴール地点を説明する。


「駆けっこ勝負は、あの山のてっぺんに生えているあの目立つ木までだよ」

「フン、誰も私のスピードには敵わないって教えてあげるわ!」


「私だって、体力では負けないよー! 後半みんなが、バテて遅くなった所を抜いちゃうから!」


「甘いね、アフラちゃん。お姉さんは体力・スピード両方を兼ね備えているからね!」


 三人がそれぞれ意気込みを語ると、アキがスタートの合図を出した。


「それでは、よーい…… ドン!」


 アキのスタートの合図で三人は勢いよく走り出す。

 先頭はやはりソフィーであった。


「フフン~、スピードで私に勝てるわけがないじゃない。あの時は午前中に街の中を、アナタ達を探し回って、足が疲れていたから遅れをとっただけよ。本調子なら負けはしないわ!」


「やっぱり、ソフィーちゃんは速いですね。でも、アフラちゃんも言っていたけど、後半まであのスピードが持つのかしら?」


 エレナがソフィーのスタート開始からの走りを見て感想を述べると、それを聞いたアキがこう分析する。


「平坦ではスプリンター脚のソフィーちゃんが優勢だろうね。でも、問題は山に入ってからだよ。山道では逆に山の坂道に適した脚が必要になる、そのために紫音ちゃんやアフラちゃんのほうが速いはず。 と、自転車競技の漫画で読んだことがあるよ」


(そこは、マラソンの漫画じゃないんだ……)


 エレナはアキの分析を聞いてそう思った。


「ところで、煽っておいて何なんスけど… あの三人、暗くなるまでには山から帰って来るッスよね? 暗くなって遭難なんてことには、ならないッスよね?」


 リズの心配にアキはこう質問で返す。


「大丈夫でしょう。だって、あの山に何度も行っているんだよね?」


 アキの質問にエレナが答えた。


「いえ、今日が初めてです」


「えっ、そうなの!? 私はてっきり紫音ちゃんが故郷に居た時みたいに、あの山を走り込んでいると思ったから安心していたんだけど……」


「なるほど、シオンさんのあの強靭な足腰は、山を走っていたからなんッスね」


「そんな事行っている場合じゃないですよ。シオンさん達が、このままだと遭難してしまうかも……」


「はわわわ……、どうしよう……」


 ミリアも心配になって、アワアワしている。


「ナ―」


 ケットさんがミリアの鞄から器用に【女神の栞】を取り出す。


「そうか、流石ケットさんッス! これで引き返すように連絡するッス」


 リズは紫音宛に通信を送ると、彼女の部屋から着信音の猫の鳴き声が、微かに聞こえてきた。


「シオンさんは部屋に置いてあるみたいですね……」

「では、ソフィーお姉さんに!」


 ソフィーに通信を送ると、彼女の部屋から着信音の犬の鳴き声が、僅かだが聞こえてきた。


「…………」


 一同は暫く沈黙した後、リズが我慢できずに突っ込む。


「あのお姉さんズ、二人揃って何で部屋に置いていっているッスか!」


 リズのツッコミは当然であるが、二人共まさか今日山に行くとは思っていなかったので、【女神の栞】を部屋で充電していたのであった。


「では、アフラさんに連絡を!」


 リズはエレナに促されアフラに連絡を送り、返信を待つことにする。

 だが、結局アフラからも返信は帰ってこなかった。


「まあ、早くゴールに着いて帰ってくる事だって十分あるんだし、”まだ、焦るような時間じゃない!”だよ」


 アキは一気に不安に支配される一同に対して、こう言って不安を振り払おうとする。


「まあ、それもそうですね……」


(まだ陽も明るいし……)


 エレナはそう思って、不吉な事を考えないようにした。


 その頃、山道に入ったソフィーはアキの分析通りに、起伏のとんだ山道で体力と脚力を消耗しスピードが落ちて、二人に追いつかれそうになっている。


「ハァハァ……、ヤバイわ……、脚が疲れて上手く動かなくなってきたわ……」

「ソフィーちゃん、遅くなってきたね! よーし、ここからが勝負だよ!」


 アフラは、スピードをあげた。


「勝負を掛ける気だね、アフラちゃん! だったら、私も温存していた力を使う!」


 アフラとシオンは、ラストスパートを掛ける。


「なっ!? どうして、まだスピードアップできるのよ!? この体力馬鹿どもー!!」


 紫音とアフラに並ばれたソフィーはそう言うと、負けじと最後の力を振り絞るが、最初に木に手をついたのは紫音であった。


「やったー! 私が一着だ!! ハァハァ……」

「ハァハァ……、シオンさん速いねー。私は二番だ~」


「山道なんて、ハァハァ……、ルールが、ハァハァ……、ズルイのよ、ハァハァ……」


 三人は体力の限界で、ゴールである山頂の木の下に辿り着くと、そのまま寝転んで休憩する。

 暫く、休憩しているとソフィーが回復してきたのか、さっそく言い訳をしはじめた。


「平坦な道なら、私が勝っていたわ!」


「まあ、そうかも知れないけど今回は私の勝ちだから、今からシオンお姉さん若しくは、シオン先輩って呼んでもらうよ」


「そんな約束してないわよ!」


(やっぱり駄目か……)


 紫音はどさくさに紛れて、ソフィーにそう呼ばせようと思ったが失敗する。。

 彼女たちが休憩していると陽が暮れだしたのか、辺りが暗くなり始めた。


「まずいね、そろそろ下山しないと……」


 紫音がそう言った瞬間、急に土砂降りの雨が降り始める。

 日が暮れだしたのではなくて、雨雲で太陽が隠れて暗くなったようだ。


「いくら、山の天気が変わりやすいからって、変わりすぎよ!」


 エレナ達も突然の雨に見舞われ、屋敷内に逃げ込んでいた。


「この雨では、下山は無理ッス……」

「このままでは暗くなって、そのまま……」


 リズとエレナの心配の言葉を聞いたアキは、自分の知る紫音の話をしながら、心配ないと安心させる話をする。


「大丈夫だよ、紫音ちゃんと私の故郷は山間部で、山のことは解っているから無茶はしないよ。それに、ソフィーちゃんも慎重な子みたいだし、きっと安全な所で待機して休んでいるよ」


「そうだと良いのですが……」


 エレナ達が心配していた頃、紫音達三人は大きな木から、落雷を怖れて近くの低い木々が並んでいるその下に移動して、ソフィーが持ち歩いていたカッパを傘代わりにして、3人は身を寄せ合って、雨をやり過ごしていた。


「ソフィーちゃんは、色々備えているね。さすが、ベテラン冒険者」


「別に私もまだまだ駆け出しよ。これは、お姉様がいざという時の為に、鞄に常備しておきなさいって言ってくれたから入れていたのよ」


「さすが、クリスさんだね!」


 ソフィーは敬愛するクリスが褒められたので、嬉しそうな顔をしている。


 すると、アフラも感心したような感じこう言ってくる。


「へえー、副団長がそんなこと言っていたんだ~」

「勿論、アンタにも言っていたわよ!」


 ソフィーはアフラの他人事みたいな言い方と、言われたとおりに常備していないことに対して、怒り顔になりながらツッコミを入れた。


「これは、このまま雨だと下山できずに、ここで野宿ね……」

「キャンプだね!」


 ソフィーのこの言葉を聞いた紫音は、そう楽観的な言葉を口にしてダメなお姉さんぶりを発揮する。


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