32話  知らない所で物語は進む






 大陸北の魔王領と接する場所にある最前線の要塞「フラム要塞」、城壁の高さは約10メートル、城壁の全長は1.8キロ近くある人類側最大の防衛施設である。


 この要塞は元々200年前の初代魔王迎撃戦の時からある施設で、改修改築を繰り返して今の堅固な要塞になった。


 三年前の魔王軍との一大決戦で戦力が低下した人類が、戦力増強の時間を稼ぐための専守防衛施設として3年前からさらに要塞としての機能を高めている。


 つまり今の人類にはこちらから大規模な反撃戦をする力がないのだ。

 要塞の地の利を生かして守りを固め、その間に戦力を増やし来たるべき反撃戦に備えるというのが人類側の当面の指針であった。


 新しい魔王が現れるまで、獣人族型の魔物はある程度数で行動することはあっても、大軍になることはなかったのだが、一大決戦の直後から獣人族は北の大地にそれぞれ拠点を築き軍団を構成し、一年半前から数が揃うと大軍で攻めて来るようになる。


 拠点を築き攻めてくる獣人族は、オーク族、トロール族、オーガ族、リザード族の4つだ。


 その北の魔王領から、攻めてくる獣人族を迎撃する場所がフラム要塞であり、その迎撃任務の指揮を任されているのが、ユーウェイン・カムラード(冒険者ランクSS・総合スキルS)で、その配下には4騎将(冒険者ランクS、総合スキルAA)と呼ばれる4人の優れた騎士、一般騎士・一般兵士・魔道士を合わせて100人を率いて戦う。


 足らない戦力は、アルトンの街にいる冒険者達に特別任務として招集する。

 フラム要塞が陥落すると、次の防衛拠点はアルトンだが城壁を有していないため防衛能力はあまりないというのが実情であった。


 王都も城壁はあるが、フラム要塞に人員の殆どを割いているため防衛力は低い。

 まさにこの要塞が人類の最終防衛ラインである。


 紫音が二日酔いで苦しんでいた朝―


 ユーウェインは部下より、各獣人拠点の戦力状況確認の偵察の報告を受けていた。

 獣人達は拠点に10体集まる都度、拠点城壁に各獣人軍旗を1つ立て、人類側はそれを見て侵攻時期を予測し準備する。


 何故軍旗を立てるのかは、”獣人は知能が低いので、今何体集まっているのか覚えられないから”という見解から、”自分達は今こんなに集まっていると士気を高めるため”など色々考えられているが、ユーウェインはこう考えていた。


 アレは我々人類に向けてのメッセージなのではないか


 いわば挑戦状のようなものではないか……、我々にしっかり準備して迎撃してみろと……、現に我々はそのお蔭で、今まで準備をして迎撃に幾度となく成功している


 だが、こうも考えられる。


 そのうち裏をかいて、油断した所を旗の数に関係なく攻めてくるかも知れない。

 今の魔王なら十分やりかねない……


「まあ、考えだしたらきりがない。差し当たっては、現時点で旗が18本になったオークに備えるとしようか」


 オークは旗が20本つまり200体になった時点で攻めてくる。


「この情報をアルトンに伝えて、冒険者に近々オークの侵攻があると思われるので、それに備えるよう要請しておいてくれ」


 ユーウェインは報告に来た兵士にそう指示を出す。


「オーガは旗が8まで減ったか……。スギハラのクランが上手く数を減らしてくれたみたいだな。これでオークとオーガの同時進行は無くなったな」


 そのスギハラのクラン「月影」は三週間前から、オーガ拠点の近くにキャンプを張り拠点にいるオーガの戦力を慎重に数体ずつ誘引しては退治して数を減らしていた。


 三週間で倒した数は50体、その中にはオーガが使役している大型の魔物も含まれる。


 拠点に集まっている魔物のレベルは、最低でも40ありさらにオーガは体も大きく屈強であり手強く、さらに大型の魔物にいたってはLV50以上の強敵であるため3週間で倒した数50体はスギハラ率いる月影だからこそであった。


 LV30オークを1日で、しかもたった1人で15体倒した紫音が異常なだけである。


「物資も団員の疲労も限界だな……。今回の任務はここまでとする」

 スギハラはクランの状況を見て任務の終了を決断する。


「偵察要員以外は、撤収作業を開始!」


 副団長クリスが団員に指示を出していく。

 クリスは撤収作業の指示を出していると、団員の一人がいないことに気がついた。


「ソフィーの姿が見えないけど、どこに行ったの!? 誰か知っている者はいないかしら?」


「さっき馬に乗って”先に帰るー!”って言って帰りました」

「!? あの子まさか……」


 団員の1人がそう答えると、クリスはそう呟く。

 すると、近くにいたカシードがクリスに意見する。


「団長を倒した娘の所に向かったのでは?」


 クリスは少し思案した後、カシードにこう答えた。


「それもあるかもしれないけど、あの子の事だから”早くちゃんとしたシャワーを浴びたい”という理由かも知れないわね」


 彼女はそう答えたが、内心ではこのように考えていた。


(仮にあの子が戦いに行ったとして、勝てば余計な手間が省けるし、負けたとしてもあの子クラスが負けてもこれ以上うちの名は傷つかない。何より、相手の能力の情報が少しでも手に入るわ…)


 紫音の知らないところで、物事は着々と進んでいく。


 リズが矢弾代をカードゲームに変えてしまった夜、紫音はPTのことについて考えていた。


「矢弾代はこの間のミレーヌ様からもらった報酬から出すとして、果たしてこのまま実戦に行ってもいいのかな」


 紫音は、PTがまだ一つに纏まっていない気がして、それを懸念する。


「そうだ、いいことを思いついた! エレナさんとさっそく打ち合わせをしよう」


 紫音はその夜遅くまでエレナと明日することの打ち合わせをした。



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