第57話 半夏生

 完全に季節外れだが構わないだろう。


 夏至から十一日目を半夏生と呼ぶ。「はんげしょう」良い響きだ。そして何故だか分からないが暦上、蛸を食べる習慣があるという。


 半夏生という名の由来や上記風習について興味を持たれたならお調べ頂きたい。因みに今年は七月一日が当日となる。


 で、去年の七月二日だ。私は駅前で並んでいた。半夏生に合わせて明石だこの天麩羅が振舞われると新聞に書かれていたからだ。信じられないくらい都合好く、その日、その時、その場所を通る用件があった。


 予定通りに約束を終えた私は念のため足を速く運び、行列の先頭に近い場所に立った。法被を着た人が祭の団扇を配る。女子高生がアンケートを採っている。テレビクルーの存在に気付く。ここで嫌な予感がした。


 アンケートは私にも差し出されたので適当に回答する。内容は


「何処でイベントを見聞きしたか?」


 等、当たり障りのないことで平凡と言えば平凡だった。


 振り返ると叫ぶ案内係。


「ここから後ろは食べられません、申し訳ありません」


 落胆の声が漏れる。考えて量を用意しろ、と感じるが、話題作りには足りないくらいが丁度なのかも知れない。


 首を戻すと何やら太いワイヤーが走る。現代の技術が夢かの如く大きなカメラを複数の人間が操っている。


「不味い、映りたくない」


 極上の食材を使った揚げたての逸品は是非、口にして話のネタにしたいのだがニュースのネタにはなりたくない。


「行くか」


 本当に悩んだ。結果、私は残ることを選択した。


 被写体にならないよう体を動かしながら順番を待つ。


「次の列、どうぞー」


 来た。目の前で油から上げられた白い串がトレーと共に手渡された。


「うん、詰まってる」


 なかなか食べ応えがある。が、気を取られてはならない。視線はクルーをマークしたままだ。インタビューも行われている。目立ってはならない。美味しそうに食してはならない。


 なんとか逃げ切った私はそそくさと会場を後にする。


「なんだか旨かったのか、そうでなかったのか微妙だな」


 実行委員の名誉のために語っておくと明石の名物は確かに絶品であった。テレビが邪魔しただけだ。


 夜になって帰宅する。背後からアナウンサーの言葉。


「半夏生の今日」


 奴等か。どれ、仕上がり具合をチェックしてやろう。意地悪く液晶を覗く。


「え」


 群衆の中で頭一つ、突き抜けた私がいた。


 思い起こせば周囲は背が低いお年寄りばかりだった。アップとインタビューは必死に避けていたのに引きの画で際立つとは皮肉なものだ。


「来年は止めとこ」

「年齢層も忘れるな」


 モブキャラにもなっていない私の独り反省会は寂しかった。

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