第47話 植木屋

 今年も植木屋さんを呼んだ。呼ばなくても来てくれるのだが、礼儀として、こちらから頼む形にする。


 毎年一月中旬に剪定が行われるのは最初に依頼したのが、この季節だったからだろう。以後、一年に一回、計ったように庭木の手入れに訪れる。


 彼らはいつも二人組で作業を行う。一人は七十代後半かと思われる親方風、もう一人は若い女性だ。前者がリード、後者がアシストである。


 朝八時に軽トラックから機材を降ろし門を叩く。どのように切ればいいか一通り私に訊ねると仕事に入る。私が指示を出すことは殆ど無い。一部を除きお任せだ。


 一部、それは我が家の主木であるアーモンドのことだ。二階の屋根を越えようかという数メートルはある樹で、ソメイヨシノより鮮やかで見事な花を付け、桜より少し早く満開となる。なので春の眺めのため余り短くしたくないのだが、大胆に剪刀を入れなければ五月以降、伸び放題となり秋に大変、困ったこととなる。落ち葉が道路、隣近所に舞い踊るのだ。そこで彼らと相談し処理を決める。


 余談だがアーモンドには沢山の実がなる。割れば梅の種を大きくしたような硬い殻が出てくる。その中に、あの食べるアーモンドが入っている。塩と共に煎れば味わえる。


 話を戻そう。


 彼らは正午に一旦、姿を消す。昼休みなのだろう。不思議なのは乗ってきたトラックをそのままにしていることだ。トラックの中、またはその周辺で食事をしているのなら私は気付くはずだ。近所に飲食店はない。トラックを使わずして何処に食事に行っているのか。もう長い付き合いなのに未だ謎である。


 一時間後、再び剪定が始まる。夕方まで黙々と続け、終わると枝をトラックに積み込み、敷地内のみならず、路上、側溝まで丁寧に清掃を行う。次に切り残しを確認し、少し剪刀を入れて回り、その下も掃除する。薬剤を調合し防虫を施す。その器具を片付けると円滑な作業のために取り外した門扉などを元に戻す。領収書を用意すれば完了だ。


「終わりました」

「はい、今、出ます」


「これで良いですか? 一応、確認してください」


 庭を一緒に歩いてOKを出す。


「言っていた値段で」

「はい、四万六千円です、確かめてください」

「はい、間違いなく。領収書です。ありがとうございました」

「また来年もお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、いつもありがとうございます」


 夕刻五時前である。八時間労働かと思うが、これからトラックに満載した木々の枝葉を処理場まで運ばねばならない。それから帰還だろう。


 四万六千円、払う方にとっては勿論、痛い額だ。だが前述のように二人の丸一日を買い取っている。機材や薬剤、肥料、それに廃棄物の処理料も含まれる。彼らは三百六十五日、稼働できるわけではない。天候もある。そうなると受け取る側にとってはギリギリの妥協点だろう。


 高額な費用支払いを回避できるかと一度、自分で切ってみようとしたことある。高い脚立に昇ってみて分かった。無理だ。危険すぎる。僅かにバランスを失っただけで数メートル落下する。それに落とした枝はどう処分すればいいのだ。燃えるゴミで少しずつ出そうとしたら細かく切って、気が遠くなるような回数に分けることになる。直ぐに諦めたことはいうまでもない。


 最近は町内でも庭に植樹しない家が増えた。街路樹も倒され、その跡はアスファルトで埋められた。合理的だ。だが情緒は失われていく。


 植木屋の商売が成り立つ未来であって欲しい。切にそう願う。

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