それからきょうまでの三日間は、一日一日が本当に長く感じた。

 気がつけば、橘さんの一挙一動をチェックしているし、会話もうまく弾まない。目が合えば、変な間でそらしてしまう。

 気にしないようにしていても、ぜんぶ態度に出てしまって、反省の毎日だ。

 橘さんも、そんな俺の挙動に気づいたらしく、とうとうきょうは、朝早くに出勤していった。

 避けられたのかも、と思ったら、涙もちょっと出る。

 限界を意識してしまうと、そのちょっとが本格化しそうで、掃除と洗濯をしてごまかした。

 そのあと、甘いものでもやけ食いしてやるかとコンビニへ出かけた。ビニール袋を提げ、エレベーターを降りたところで、橘さんの部屋からだれかが出てくるのが見えた。

 思わず死角を探す。

 一瞬見えたそいつは短い黒髪で、赤いパーカーを着て、グレーの細身のパンツを穿いていた。

 壁際に隠れている俺の脇を過ぎ、後ろ姿を見せる。背は俺と同じくらい。こっちに気づくことなくエレベーターへ乗った。

 もうイヤな予感しかしない。

 だって、あそこへ入れたってことは、あいつは、橘さんの部屋の鍵を持っているんだ。

 意味がわからなさすぎて立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。

 隣の部屋の人だった。きょうはスーツじゃなく普段着で、笑顔で立っている。

 なんでこんな時間にいるんだ。

 挨拶もそこそこに、俺は逃げるように部屋へ戻った。

 ドアを閉めてからはっとした。そういえばきょうは土曜日だ。

 悪いことをしたと思いながらリビングへ入ると、ローテーブルの上に、コンビニへ出かける前にはなかった封筒が乗っているのが見えた。

 ソファーに腰を下ろし、さっきの赤いパーカーの男を思い出す。

 見てはいけないのかもしれないけど、確認しないわけにはいかない。

 封はされてないそこへ手を突っ込んで、中身を引き出す。一番上にあったのは手紙。せめて二つ折りになっていれば、読まずにすんだんだ。


「二十日に見に行くことにしたから、憲吾、忘れずに空けといてよ!」


 けんご。

 それを目にして、心臓を鷲掴みされるくらいの衝撃を受けた。

 いまだに、俺は名前で呼べないのに。……呼べてないのに。

 残りの数枚は、予想通り、ここ数日俺を悩ませているアパートの見取り図だった。

 頭を整理したいけど、悪い想像がじゃまをする。

 そこへ、俺の携帯が鳴り出した。

 橘さんかと思い慌てて手にしたけれど、お母さんからの着信だった。

 親には、いろいろうやむやにしているから、なにを訊かれるのか怖くて、しばらく携帯をほったらかしにした。

 しかし、なかなか切れない。もしかしたら、だれかになにかあったのかと、そっちのほうで不安になって、俺は携帯に出た。


「もしもし?」

「佑? あんた、仕事辞めたんだって?」


 第一声から、訊かれたくないことを訊かれた。

 やっぱり出なければよかったと、後悔した。


「いきなりなんだよ。ていうか、だれに聞いたの」

「用があって電話したのよ」

「電話? バイト先に?」

「そう」

「うそだろ……マジかよ」


 吐き捨てるように言ったら、キンキン声で怒鳴られた。

 当たり前か。

 お母さんは、心配してかけてくれたんだから。

 でも、いまの俺の精神状態では、素直に受け取ることができなかった。


「いま次を探してるから」

「それよりあんた、お盆はちゃんと帰ってくるんでしょうね?」

「まあ、お墓参りしには帰る」

「話があるんだからちゃんと帰ってきなさいよ」

「話? なんの? いまここで言えばいいじゃん」

「佑が前に言ってたルームシェアしてるという人のこと。どういう人なのか、ちゃんと説明しなさい。じゃないと、お父さんもお母さんも安心できないから」


 両親には一応、神崎の一件のことは話をしていた。それで警察が動いているというのも、橘さんが電話で説明してくれた。被害届のこともあったから。

 ただ、次が簡単に見つかると思って、バイトを辞めたことは黙っていた。

 マスコミが大げさに騒ぎ始め、それを回避するために知り合いとルームシェアを始めたという話もした。

 本当は、あまり心配をかけたくなかったから、マスコミの話はしないでおこうと思った。でも、実家にまで押しかけていくかもしれないと橘さんに言われて、話さざるを得なかった。


「あんなことがあったあとなんだから、しばらくは家にいたっていいでしょ。成人したといっても子どもは子ども。とくにあんたは、危なっかしいったらありゃしないわよ」

「警察の人だよ」

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