凛の心の闇

 凛が笑わなくなった。

 表情も乏しい、無表情というか、どこか強ばっている。

 

 いったい凛に何があったのか分からないけれど、少し前に掛かっていた、こころの医療センターに行きたいと言ってきた。

 私は同じ先生にならないかもしれないよと、それでもいいと凛が言うので病院に予約の電話をかけた。

 運良くその日は凛の主治医だった先生が外来にいたので、来週の予約が取れた。

 

「凛、主治医の先生に予約取れたよ」

「うん、診察の時は凛ひとりで入るよ」

 そう、分かった。

 私は待っているよ。

 

 精神病院の診察は、できる限り本人の言葉で症状を伝えた方がいい。

 他人には分からない心の病を、先生はカウンセリングで聞き診断するのだから。

 

 待ち合い室で待っていると、凛の家族の方お入りください、と呼ばれた。

 あわてて入り「なにかありましたか?」と、あいさつも忘れてことばを発してから「あ、お久しぶりです」と私は言った。

 先生は変わらず淡々と話した。

「本人は躁うつ病を疑っていたようですが、躁うつ病というのは数日間躁状態が続いて数日間うつ状態になるもので、一日の中で躁と鬱が変わるのではないので、凛さんの場合はうつ病ですね」

 なるほど。

 私は最悪、統合失調症なのかと心配していたので、うつ病と診断されたのならばそれはそれで、凛の状態には思いあたる節がある。

 あんまりよくはないのだけれど。

「とりあえずうつ病の薬を処方しますが、ちょっと心配なので早めにまた来てください」

 

 うつ病患者は、死にたがる。

 心の闇に負けそうになると死に急ぐ。

 実際、凛には自傷行為があった。

 

 凛は少しづつ、本当に少しづつだけれど、自分の心の葛藤を話した。

 そのほとんどが彼の事だった。

 やっぱり。

 私は気付いていたけれどね。

 凛にはまだ恋愛なんて早すぎたのだわ。

 

 話し始めると、堰を切ったように泣き出した。時おり過呼吸を起こしながらも、今、凛がどれほどの重荷を背負ってしまったのかはよく分かった。

 未熟な凛には、他人の人生までもは背負えない。

 つまり、冷めたのだろう。

 いや、目覚めた、と、言うべきなのか。

 

 そこからの凛行動は早かった。

 彼に別れを告げた。

 けれど、カンタンにはいかない。彼に泣いて縋りつかれて凛はますます冷めていった。

 

 恋愛なんて、必ずどちらか先に冷めるもの。

 どっちが悪いとか、そんなものじゃない。どちらも悪くはない、それが答え。

 強いて言うなら、合わなかった、それくらいの事なのだ。

 

 まだまだ若いのだから、次の出逢いはきっともっとステキになることでしょうね。

 私から見たら、ひとりのオトコしか知らずに終わってしまったらもったいない人生だと思うのだけれど。

 凛にはもっと広い世界を知ってほしい。失敗は繰り返して成長するものだから。

 

 彼と別れてようやく凛は笑顔を取り戻し始めた。

 それもこれも高校生になってからできた大切な友達のおかげなのだ。親身になって心配してくれた、優しい友達のおかげだろう。

 

 こんなご時世じゃなければ、うちに集まってパーティーでも開いていたことだろうが、それも叶わない。

 

 いつか、このウイルスが収まって、日常が戻ってきた時には、うちに集まって焼き肉でパーティーやろうね、と約束したのだと笑って凛は私にそう告げた。


その笑顔にはもう一点の曇りもない、澄み渡った初夏の青空のような笑顔だった。


一言付け加えて言わせてもらえば、凛の理想はパパである

 女の子なら誰しもが持つ、父親である人への憧れ。

 けれどね、凛のパパはこの世に二人と存在しない。

 それは私が保証する。

 だって凛のパパは私が唯一愛した人なのだ。他には絶対にいない。

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歪な月 神崎真紅©️ @blackspot163

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