第84話 追跡


――フォン! フォン! キュルルルルルルルゥ キキィィィーーー


 黒のライダージャケットを身に着けた人が俺の目の前でバイクを止めた。

黒のバイクに黒のパンツ。黒いライダージャケットに黒いフルフェイス。


 そのすべてが黒一色になっている。闇にまぎれて行動しそうな方ですね。


「な、何だちみは!」


 俺の腕を抑えている女が、バイクに乗っている人に話しかける。

バイクにまたがったままこっちを見ている人は、ジャケットのジッパーを下げ、懐を露わにする。

そして、見えたのが黒のタンクトップ。そして、ボリューム満点の山が二つ。


「なんだちみはって?」


 バイクにまたがった女性は懐に手を入れ、その後俺の腕をつかんでいる女性に取り出した黒いものを向ける。

黒い銃。ハンドガンだ。


「お、お前! こんな所で!」


「時間が無いんだ。悪いな」


 パッシュ! とサイレンサーから少しだけ音が漏れる。

その二発の弾丸は、的確に俺を掴んでいた女性を打ち抜く。


「い、いくらなんでも……」


 俺が慌てて倒れた女性を抱え上げる。

が、血も出ていなければ大きな傷も無い。


「安心しな、ゴム弾だ。殺しはしない主義なんでな」


 俺はバイクに乗った女性に助けられた。が、この人はいったい?


「あ、あなたは?」


「そんな事はどうでもいい。そうだな、シャドーとでも呼んでくれ。それに時間が無いんじゃないか?」


 シャドーと名乗る女性は、親指を立て、後部座席に向けてクイっと指さす。

これは俺に乗れって事だよな? 

俺は、言われるまま後部座席に乗り込み、その細い腰に手を回し、安全を確保する。


「いいか、行くぞ」


 バイクはウィリーをしながら園内を爆走し始める。


「ちょ! 園内でバイクはいいんですか!」


 速度が増すにつれ、会話もままならない。

次第に速度を上げていくバイクは、人通りの多いメインストリートから脇道へ。

そして、薫を乗せたカートを追いかけていく。


 パレードも終盤にかかり、残っていた人たちも帰路に付き始めようとしていた。

そして、パレードの執着地点で行われていたイベントも終わり、段々と人がまばらになってきている。


「許可は取っている。園内で運転しても問題ない」


 シャドーはさらにアクセルをふかし、速度を上げていく。

そして、視界に薫を乗せたカートが見えてきた。





 遊園地の中央にそびえたつツンデレラ城。

ライトアップされた城は美しく、中央の巨大なゲートは開けられ、中に入る事ができるようになっている。

薫を乗せたカートは、スピードを緩めることなく、ゲートに入っていく。

シャドーはそのままゲート入口まで行き、止まっているカートの隣にバイクを止めた。


「いないな……」


 シャドーが漏らした声に、俺は自分の心臓が高鳴った。

いない、どこに行った?


 俺はバイクから降り、カートを覗き込む。

そこには薫の穿いていた白のシューズが落ちている。


 薫……。俺は、シューズを片手にゲートの方を見つめる。

そこには薫と貴族女性がいた。そして、こっちを確認し、さらに奥へと入っていく。


「薫!」


 俺は届くかわからなかったが、薫の名を叫んだ。


「私は大丈夫! 純一は早く帰って! 私に心配かけさせないでよ!」


 そして、薫は暗闇の中に消えて行った。

心配かけさせてるのはどっちだ! 俺は心の中で叫ぶ。


「どうするんだ? 帰るなら、入場門まで送るが?」


 シャドーが俺に話しかけてくる。


「まだ帰れない。ちょっと言ってくるよ。ここまでありがとう。ここから先は俺の仕事だ」


 俺は、シューズ片手にツンデレラ城のゲートへむけて歩き始める。


「これを持っていきな」


 投げ出された物を俺は反射的に受け取る。

それは、革ベルトにトンファーが刺さっている。自宅に置いてきたはずの物が今ここにある。


「シャドー。あなたはいったい……」


「気にするな。ただの仕事だ。無事に帰れよ」


 俺はシャドーが見送る中、暗闇に染まったゲートをくぐり、薫の後を追いかける。

待っていろ! 俺が、俺がお前を!

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