第78話 由紀の異変


 道場を出た俺達は、そのまま二階へと向かう。

由紀に手を引かれ、やや駆け足で階段へと向かう。


 階段の手前で、急に由紀が立ち止まりその場にしゃがみ込んでしまった。


「ど、どうした?」


 俺が声をかけると、由紀は胸を押さえ苦しみだす。


「む、胸が苦しいです。由紀はここから立ち上がれません……」


 もしかしたらさっきの道場での一件で由紀も何かしらのダメージがあり、悪化したのかもしれない。


「大丈夫か? 救急車呼ぶか?」


 片膝をつき、由紀の肩に手をかける。

急に由紀が俺の腕を取り、振り返る。


「大丈夫です! 救急車はいりません! 寝れば治ります!」


 そ、そうか。救急車を呼ぶまでではないのか。少し安心する。


「兄さん、肩を貸して下さい。自分の部屋に戻りたいです」


 俺は由紀に肩を貸し、ゆっくりと階段を上がり始める。

体重を俺にかけ、息も少し荒くなっており苦しそうだ。


 由紀の部屋の前まで到着する。ここまでくればもういいかな?


「ここまででいいか?」


「ダメです! ベッドまで運んでください! あぁ、膝に力が入りません。兄さん、ここはひとつ、お姫様抱っことかお願いしてもいいでしょうか?」


 由紀はその場で座り込み、俺にお願いしてくる。

ま、まぁ立てないのならしょうがないかな……。


 俺はそのまま由紀をお姫様抱っこし、由紀をベッドに寝かせる。


「もう大丈夫だな。少し安静にすれば治りそうか?」


「兄さん、ありがとう。うぅ……。む、胸が苦しいです。さ、さすってください」


 少し胸元を広げた由紀は頬を紅潮させ俺にさすれと依頼してくる。

流石にそれはちょっと……。


「そ、そんなに苦しかったらやっぱり救急車を……」


――ガバァッ!!


 急に起き上がった由紀は俺の手首をつかみかかってくる。

こ、これはものすごい握力だ。


「ダメです! 救急車はいりません! さぁ、早く! 早くここをさすってくださ――」



――ガチャ


 急に後ろから扉の開く音が聞こえた。


「さて、由紀様。純一様とナニをなさっているのでしょうか?」


 目の前にはさっきまで道場にいたレイが仁王立ちしている。


「レイ……。道場のお片付けは終わったのかしら?」


 にやりと笑ったレイは口を開く。


「そっちはマリアに丸投げしました。問題ありません。で、元気な由紀様はナニをなされているのですか?」


「わ、私は元気じゃありません。膝にも力が入らなく、もうダメダメなんです!」


 ベッドに寝たままの由紀はさっきより元気そうだ。救急車はいらなさそうだな。


「そうですか。では、これでも動けませんか?」


 レイは胸の前で印を組み、さっきまで道場で一戦を交わした大蛇が現れる。

だが、小さい。手のひらサイズだ。


「レ、レイ? これってさっきの大蛇か?」


 疑問に思った俺は、レイに問いかける。


「そうです。サイズ変更可能ですし、何体も出せるので諜報活動にも重宝しております」


 ……。諜報活動に重宝。うん、ここは突っ込まないでおこう。



 数体現れたミニ大蛇は、俺の目の前をチョロチョロっと通り過ぎ、ベッドに這い上がって布団に入っていく。

おぉぅ、これはちょっと気持ち悪そうだ。


 すると突然由紀の腹部が盛り上がり、爆発しそうな感じになる。


「んぁ……、ちょ、レイ……。服の中に、ま、待って……、あっ! そこはっ! んっ……」


 くねくねする由紀はちょっとかわいく見えるが、本人はそうでもなさそうだ。


「由紀様。もう数匹追加しますか? それとも今日は大人しくこのままお休みになりますか?」


 しばらくモゾモゾしていた由紀はジト目でレイを睨みつける。


「レ、レイ……、もう、やめて……。ん、そ、そこはだめ……。寝ます! もう寝ます! だから、これを、は、早く何とか……」




――パッチーン


 指を鳴らしたレイは、ゆっくりと由紀に近づく。

服の中でもぞもぞしていたミニ大蛇たちはいなくなったようで、ぐったりと横になった由紀は呼吸が荒くなっている。


「それでは由紀様、お休みなさいませ。さ、純一様もご自分のお部屋に」


 俺はレイに手を取られ、由紀の部屋を後にする。


「由紀! ゆっくり休めよ! おやすみー」




 レイに手を取られ、自分の部屋に戻って来る。


「さて、純一様。この後私ともう一戦しますか? ベッドの上でも私はそれなりに――」


「じゃ、レイもお休み。明日も早いし、俺はもう寝るわ」


 バッサリとレイのセリフを切り、部屋からレイを追い出す。

これ以上ナニかあったら俺の体力が持たない。明日からも忙しいし、デートのプランも考えないといけないし、勉強もしないといけないし。

俺って何気に忙しいんじゃないか?


 ベッドにもぐりこみ、明日からの事を考えながらそのまま眠りにつく。

稽古も必要だけど、デートはどこに行こうか……。


 そんな事を考えながら俺は眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る