第70話 デートの約束


遠目から見たら可愛い女の子が二人、仲良く握手しているよに見えるだろう。

だがしかし、目の前で見ると、二人の瞳の奥には炎が見え隠れしている。


 そして、二人の背中から『ゴゴゴゴゴ』と効果音が出ていてもおかしくない。

いやいや、仲直りの握手じゃなかったの?


 俺は立ち上がり、人差しで二人のほっぺを指で突つく。

二人は戸惑ったように俺の方を見て、手に込めていた力を抜き始める。


「さて、今度それぞれデートに行くんだよな? 楽しみだな!」


「そ、そうね。私も楽しみよ」


「兄さんと一緒に出掛けることができるなんて、由紀は幸せです!」


 ほっぺにツンツンとされた二人は、俺の方を見ながら少しもじもじしている。

まったく、そろそろ本気で仲良くしてもらいたいもんだ。


「ほら、薫も帰らないと日が暮れるぞ」


 俺がそう話すと、二人とも手を離し薫は帰り支度をし始めた。

由紀はクッションを抱き込み、ラグに座り込んでいる。



「由紀ちゃん、じゃぁまたね。今度は二人でた・の・し・く、お話しできるといいわね」


「そーですね。薫さんも背中に気を付けてお帰り下さいね」



 ……さ、先が思いやられる。女心は難しいね。





―― ガチャ


「じゃ、純一。余計な事しないでしっかりとプランを立ててね」


「あぁ、わかった。時間、忘れるなよ」



 薫は、にっこりしながら部屋を出ていき、扉を閉める。

玄関まで見送った方がいいかな?


「由紀。玄関まで見送ってくる。すぐに戻る」


 部屋に由紀を残し、俺は薫の後を追う。

あれ? もういない。歩くの早いな。




 階段を降りようとした時、玄関口で薫と母さんが話しているのが見えた。





「薫さん、純一さんの事頼みましたよ」


「は、はい! が、頑張ります!」


「純一さんはきっと奥手だから、薫さんがしっかりとリードしてあげてくださいね」


 顔を赤くしながら薫は目を泳がせる。


「は、はい! そ、そっちの方もがんばってみます……。今日はありがとうございました。帰りますね」


「気を付けて帰って下さいね」




 玄関から出ていく薫を、俺は階段の上から眺めていた。

そうか、俺って奥手だったのね。


 ここは男として、女性をリードしていかねば!

よし! 勉強しよう! デートで失敗は許されない! 最高のプランを準備しようじゃないか!


 俺は息を荒くしながら自室に戻る。


 部屋に入ると由紀がいるが、その目はうつろでなぜがため息をついている。


「兄さん、薫さんは?」


「帰ったぞ。由紀、もう少し薫と仲良くしてくれよ」


「分かってます。分かってますけど……」


 若干涙目になりながら俺の方を見ている。


「兄さん。由紀はわがままでいけない子ですか?」


 うーん、この年頃だったらこんな感じなのが普通なのか?

妹なんて今までいなかったし、この年頃の女の子との付き合いもなかったから良くわからないのが正直なところだな。


「どうだろ? 女の子は少しわがままでもいいと思うし、由紀はいけない子ではないと思うぞ。まぁ薫ともう少し仲良くしてくれればいいけどな。すぐには難しいと思うが、気長にね」


 由紀に笑顔が戻る。


「由紀は兄さんと一緒にいるのが幸せです。薫さんとも仲良くできるように努力しますね!」


「あぁ、きっと長い期間一緒にいることになると思うから、みんなで仲良くしていきたいな」


 俺は由紀の隣に座り、飲みかけのコーヒーを手に取る。

一口飲もうとした時、急に由紀の顔つきが変わる。


「のぁぁぁああ! 兄さん! そのコーヒーは冷めています! 今すぐ温かいのをお持ちします!」


 俺の手からマグをぶんどった由紀はそそくさ部屋を出て行ってしまった。

なんだ、別に冷めたコーヒーでもいいのに。



 部屋に残された俺は、新しく入手したスマートフォンを取り出し、充電を始める。

お、なかなかスタイリッシュでいい感じじゃないですか。

早く使えるように設定しないとなー。


 俺は久々に新しいスマホを手に、心ウキウキになる。





――ッタッタッタッタ


 階段を駆け下りる。コーヒーがこぼれないように、注意しないと……。

危うく兄さんに飲まれるところでした。

危ない危ない。


 兄さんから認めてもらった。これは喜ばしい事。

結果的に言えば私の大勝利。まぁ、薫さんと言うマイナス要因はいますが。


 これからは正攻法で責めていくことにしましょう。

ちょっとだけ、私も考え方や接し方を変えていきますよ。

私は大人になり、兄さんにふさわしい女性にならなければなりません。


 そう、大きな心をもって、薫さんを受け入れましょう。

愛に障害はつきものです。兄さんと関係を持つ、全ての女性を受け入れましょう。


 そう、私は兄さんと付き合う女性の中で、一番大きな心を持ち、一番兄さんを理解できる女性なのです。

 

 兄さんを守りながら、他の女性をも許容し、おおらかに対応できるのは私しかいません。

兄さんには私だけなのです。


 これからはこんなコーヒーなどに頼らなくとも、自分の力のみでいきましょう。

リングももらったし、なんでもありですよね?


 ね? 兄さん……


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