第68話 レイの独り言


 一瞬空気が固まり、時間が停止する。

扉を開けてたのはレイ。


 散らかった部屋。散乱した床。

ベッドの上に売る俺。


 そして、取っ組み合っている三人。


「いったい、あなた達は何をしているの?」


 扉の目の前に立っているレイは無表情に話しかける。


「レイ! 邪魔をしないで! 今ここでとどめを刺さないと!」


「由紀ちゃんの言うとおり。わ、私にはマリアさんを押さえる力がもう残っていないの……」


「レイさん。いいところに! この二人を止めて! 私の彼も望んでいるの!」


 いや、おい、待て待て。『私の彼』って誰ですか?


「……。いいから、三人とも静かにして」


 由紀とマリアは睨み合ったまま。薫はマリアを羽交い絞めにした状態で均衡が保たれる。

しばらく静かな時間が流れる。このまま皆落ち着いてくれればいいのだが……。




「今から話すのは私の独り言。聞き流してもいいわよ」




「純一様の洗濯物。毎回洗濯機に入れる前に、クンカクンカするのは良くないと思うわ」


 マリアは一瞬表情を変え、目線を窓に向け雲を眺めている。

おい、おまえ、そんな事しているのか? 頼むからやめてくれ。




「とある女性の日記。『今日はお箸を拝借した。洗って戻せば問題ない。同じものを共有する時、私の心は安らぐ』」


 由紀はマリアに向けていた手刀をおさめ、腰の後ろで手を組み、マリアと同じように雲を眺めはじめる。

ちょ、由紀。何をしているんだ。自分のを毎回使いなさい!




「等身大の男性型抱き枕と毎日一緒に寝るのはいい気分になるのかしら? 自作の抱き枕っていいわね」


 薫がマリアを解放し、両手を上に上げ背伸びを始める。


「今日はいい天気ね……」


 薫も同じく雲を見る。三人が三人、外を眺め、同時に皆からオーラが消えていく。

薫さん……、いったいどんな自作枕作ったんですか?




「さて、私の独り言は終わり。もっと濃い独り言を話してもいいけど、三人はどうかしら?」



「良い運動だったわね! やっぱり、たまには体を動かさないとね! ねっ! マリア!」


「そ、そうですね! 健康第一ですから!」


「それにしても、部屋が散らかっちゃったから片付けないと! 純一! 掃除機借りるわよ!」


 俺は一言も言葉を発せず、コクコクと頷く。

レイ、その情報はいったいどこから手に入れた?

そして、この三人。さっきまでの乱闘が嘘のように今は皆せっせと掃除をしている。



「マリア、奥様が呼んでいるわ。面談よ」


「分かりました! 純一様、続きはまた今度お願いしますね! 由紀様も薫さんも夜道には気を付けてくださいね!」


 怖い事をさらっと言い残し、マリアは部屋から出ていく。



「純一様、私は仕事に戻りますね。何かあれば内線で」


 レイも部屋から出ていき、扉を閉める。

残ったのは俺と由紀、薫の三人。沈黙の時間が流れる。

何か話さないと……。





――「俺の心を二人は生涯を通して、受け取ってくれるか?」



 恥ずかしい。答えを受け取るタイミングを完全に失っている。

と言うか、今すぐこの場から逃げ出したい。

さっきのはなかったことにして、一回仕切りなおさせてほしい。


 時間よ、戻ってくれ! お願いします!


 と言う俺の願いもむなしく、刻々と時は過ぎていく。

空が少し赤みを帯びてきた。もう夕方か……。



「純一。週末時間ある?」


「へ? 時間? あるよ。特に予定はない。」


「十時に迎えに来るわ。デートしましょう。普通の服装で、普通にデート。いいわね」


「あ、あぁ。デ、デートな。うん。分かった」








――デーーーートォォーーーー!


 おめでとう 俺。

 おめでとう 初デート。

 おめでとう 初カップル。

 おめでとう 心の底から おめでとう。


 俺は心の中で泣きながら、表情には出さず、クールに決める。



「プランはどうするんだ?」


「遊園地。あとは純一に任せる。忘れないでよ」


「まかせろ」


 俺は心ウキウキになる。






 その時俺の頬に突き刺さる何かがあった。



――由紀


 その目線は百戦錬磨の戦士のごとく、俺に殺意を飛ばしてくる。

ジト目による、殺意の目線。兄さんは耐えられません。


「薫。デートは二人きりですよね?」


「三人でデートする意味は? 私の事を考えての三人なのかしら?」


 ですよねー。一応確認をしてみただけですよ。


「由紀。兄さんと今度遊びに行こうなっ!」


「いつですか? すぐですか? どこにですか? 二人だけですか?」


「えっと、まだ細かい所は決まっていないけど、絶対に行こう!」


「……分かりました。それで今回は手を打ちます」


 危なかった。第二ラウンド開始になるところでした。

ナイス判断、俺。

そして、俺はこのタイミングで話を切り出す。


「今回は横やりが入ってしまったけど、さっきの答え聞かせてくれ」







 二人とも、笑顔で俺の方を見る。

答えを聞かなくても、その表情で俺は満足だ。

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