第35話 レトロな喫茶店で


 薫と二人で駅に向かう。自宅から駅は思ったより近い。

商店街を歩いていると薫が声をかけてくる。


「まだちょと早いわね」


「何が?」


「制服の配布時間よ。少し喫茶店によってから行くわね。それに、何か話があるんでしょ?」


 薫だったら俺の本当の事を話しても問題ないか?

きっと俺の力になってくれる気がする。


「そうだな。少し真面目な話なんだ」


「そう、だったらあそこがいいわね」


 薫に手を握られ裏路地に入っていく。

メインの通りから一本裏に。人通りも少なく寂しい感じがする。


「ここよ」


 見た感じ昭和の匂いがプンプンする喫茶店。

絶対にマスターがいる! 俺の感がそう言っている。


「随分古い店だな」


「まぁね。味は保証するし、お客さんがめったに来ないから話しやすいはずよ」


「すまんな、気を使わせて」


「……。別に」



――カランコローン


 『ザ昭和の音』の様な鈴の音。


 店にはカウンター席とボックス席が数か所。

奥の方にはソファーのテーブル席がある。

若干店内は暗く、お客さんは誰もいない。

音楽は静かなクラシックが流れている。

おぉ! レコードが回っている、すごいな。ある意味かっこいい。


 良く見ると音楽機材には電球のようなものを使っている。

何だあれ? なんで機材に電球が?


「いらっしゃい……。適当に座りな」


 おぉ、予想通り。年配のダンディーなマスターがいる。

カウンターでコップをキュコキュコ磨いている。

ここだけ本当に昭和の時代になった感じがする。


「マスター、コーヒー二人分。奥の席に」


「ああ」


 薫はそれだけ言うとすぐに奥の席に歩き始める。

え? たったそれだけ?


「何してるの? 早く来なさいよ」


「え? ああ、すぐ行く」


 まだこんな店があったんだ。

絶対に儲けとか考えてない趣味の店だ。

レコードにレトロな機材、スピーカー本体も自作っぽい箱に取り付けられている。


「早く座りなさいよ」


 薫にせかされ、俺は薫の正面に座る。

カウンターから死角になっており、マスターからは見えない。

しかもカウンターとこの席の間にスピーカーがあり、こっちの会話もマスターには聞こえないだろう。


 な、なんてナイスな店だ。何か話したいときはここを利用しよう。

しかし話の展開上、可愛いメイド服の女の子が出てこないのは残念だ。

ハートのオムライスも猫耳もない。非常に残念でしょうがない。

だがしかし、おじさんの猫耳メイドは見たくない。

猫耳メイドおじさんに『いらっしゃいにゃーん』とか言われたら速攻店を出る。



「で、話って?」


 薫にどこまで話せばいいのか、話をしてもいいのか考える。


「なぁ、薫は俺の事どう思っている?」 


 急に薫が頬を赤くした。え? 何その反応。可愛いんですけど。


「あ、あんたバカ? なんでそんなこと聞くのよ」


「真面目に話している。正直に答えてほしい」


 俺も真剣な眼差しで薫を見つめる。さっきまで動揺していた薫だが、急に真面目な顔になる。


「そうね。あんたは私にとって唯一無二の存在。私の命にかけてもあんたを守るし、助けるわ」


「好きとか嫌いとか、恋とか恋愛とかは?」


 少しだけ沈黙の時間が流れる。薫は何を考えているのだろう……。


「無いと言ったら嘘になるわね。でも、ただの好きとかではないわね。あんたは家族に近いわ」


「何故?」


「気が付いたら私のそばにいて、今でもこうして目の前にいる。あんたはいて当たり前の存在になったのよ」


「長い付き合いだな」


「そうね。一番古い記憶はあんたを泣かしている私の記憶なんだけどね」


「なんだそりゃ?」


「忘れたの? あんた年少の頃、私に毎日泣かされていたのよ?」


 そんな記憶なーい。俺の知っている薫とは小学校からの付き合いだ。

幼稚園では会っていない。微妙に俺の記憶とずれがあるな。

というか、女という時点で全く違うんだけどね。


「俺にその記憶はない。薫の本当の気持ちが知れて嬉しいよ」


「あ、あんたが話せって言ったからよ! 普段はこんな話、絶対にしないんだからねっ!」


 ん? 誰かこっちに歩いてくる。

薫の目線も俺の後ろの方を見ている。オーダーが着たのかな?


「おまち」


 マスターは俺と薫の前にカップを置く。

おお、いい匂いだ。カップもレトロでいい感じ。

マスター、さすがです。


「ミルクと砂糖はカウンター。欲しかったら自分で取りにいきな」


 一言話したら紙を一枚テーブルに置き、さっさと戻ってしまった。

せ、接客態度悪っ! そして無愛想! 絶対にこの店儲かってない!


 そんな事を考えながら一口コーヒーを飲む。



――な、何だこれは!


 口の中に広がる苦味と酸味。そして、鼻の奥の方までヅッキューンと来るコーヒーの香り。

今まで飲んできたコーヒーがまるでインスタントのように感じる。

な、何だこのうまさ! これはまるで(以下略


「それなりの味でしょ? コーヒーだけはいい味していると思うわ」


「そ、そうだな。また来よう」


「で、私の本音を聞いてどうするの? 婚約でもするの?」


「今はまだわからない。でも、答えを出すよ」


「そう……。今の関係は嫌?」


「違う、逆だ。今のままでは良くないから答えを出さなければならない。薫の本音を聞いたらなおさらだ」


「あんたらしくないわね。いっつも私の気持ちスルーしてきたのに」


「すまんな。今から話す事をまずは聞いてほしい。そして、改めて薫の気持ちを確認したい」


 俺は薫に話す。全てを。こいつならきっと、受け止めてくれるはず。

俺の記憶と、経験と、この身に起きた出来事を……。

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