第28話 ゴム


 俺はいまだかつてない危機に直面している。


 正面には鏡。そして、背後にはバスタオル一枚の由紀。

鏡越しに見える華奢な肩、美しい肩甲骨、そしてすらっとした太もも。

おおぅ! 中学生なのに! 中学生なのにぃ!


「兄さんは毎日由紀と風呂に入っていたのか?」


「そ、そうですよ。由紀が中学生になってからほぼ毎日です」


 な、なんてこったい。いったい俺は何をしているんだ。

こんなかわいい妹に、兄という立場を利用して、まったくけしからん!


「それで、兄さんはいつもどうしてるんだ?」


「それを由紀の口から言うのですか? 恥ずかしくて言えません……」


 こんちくしょう! 恥ずかしい事なんだな!

ここで引いたらだめだよね? 行くとこまでいってもいいかな?


 イイトモー。


「恥ずかしくても、言ってごらん。兄さんは、由紀の口から聞きたい」


 鏡越しにでもわかるくらい、耳まで真っ赤にしている。

少し、もじもじしながら目が泳いでいる。


「い、一回だけですよ……」


「ああ、一回で十分だ」


 俺は手に持っていたタオルをさりげなく自分の太ももの上に広げて置く。

これで俺の四四マグナムは隠れた。

ある程度、動いたり跳ねたりしても大丈夫。



「初めに、丸いゴムを兄さんにはめます……」



 おおぅぅ! 言っちゃったよ。この子ズバリ言ったよ。

ドストレートですね! 由紀さん、すごいね! 兄さんびっくり!

そ、その後は何するんですか!


「さ、由紀、恥ずかしがらないで続けて……」


 由紀は俺の両肩に手を付き、おでこを俺の背中に付けてくる。


「そ、その後は私が液体を兄さんにかけて……、りょ、両手でしっかりと揉みます」


 由紀が揉むんですね! 液体って、もしかしてあれですか! あれですよね!


「そ、そのあとに、白いものが沢山出たらシャワーで流します」



 いやー、しかし今日はいろいろあったな。

人生の中でもトップクラスでイベント盛りだくさんだったよ。

それに、さっき食べたハンバーグが絶品でさ。

残っていたら明日の朝も食べたい位だ。


 っは! 少しトリップしたようだ。

いかんいかん、最後までしっかりと聞かなければ。


「さ、最後に付けていたゴムをとり、タオルで拭きます」


 言い切った。由紀は最後まで言い切ったよ。

すっかり俺の背中で撃沈しているようだが、毎日何してるんじゃ!

妹とそんなことしてるんか! 


 いいだろう、しょうがない。

俺の意思に反するが、ここは受け入れないといけないよな。


 そうだよね? 受け入れないとダメだよね?


「由紀、ありがとう。良くわかったよ。じゃぁ、今日も由紀にお願いするよ」


「分かりました。では、いつも通り目を閉じてください。絶対に開けてはだめですよ」


「ああ、絶対に開けない!」


 風呂場で目を閉じ、精神を統一させる。

人は約八十七パーセントを視覚から情報を得ているらしい。

では、目を閉じたらどうなる?

他の感覚が普段より感じやすくなるのではないだろうか?


「兄さん、いきますよ?」


「ああ、いつでもいいぞ」


 いいぞー! いつでもばっちこーい!

俺は開き直った。ここまで来たんだ、なるようになるさ!



 由紀は扉を開け、何かゴソゴソしている。

そして、俺の頭にきっつい何かをはめ込んだ。


 な、何だこれ! きつい! 締め付けられる!

まるで孫悟空の頭についている金冠のようだ。

初めての感覚に戸惑う。

由紀さん! あ、頭が痛い!


 そして、頭からシャワーをかけられる。

急にかけないでくれ、ビックリするじゃないか……。


 早々にシャワーが止まる。


――シュポ シュポ


 

 こ、今度は何の音だ?



 つ、冷たい! 頭の上に何か液体っぽいのが!


「痒い所があったら教えてくださいね」


 由紀が両手で俺の頭をモミモミ、モシャモシャしている。

こ、これは頭を洗われてているのか!


 これはこれで気持ちがいい。

んふー、女の子に頭を洗えってもらえるなんて……。



 ……ちがう! 俺が思っていたのと違うじゃないか!



「兄さん、そろそろ白い泡が山盛りになってきたので流しますねー」


――シャワワワワワー



 泡が流された後に、しっかりとトリートメントまでされました。

これでサラサラヘアーだね!


「終わりました。取りますね」


 さっきまで頭を絞めつけていた輪っかが取れる。

こ、これはもしかしてシャンプーハットか!

聞いたことはあったが、実際に使ったのは初めてだ。


「ふきまーす」


 由紀はタオルでわっさわっさ俺の頭を拭いていく。


「ゆ、由紀?」


「はい、何でしょうか?」


「俺はなんで頭を洗われたんだ?」


「それは兄さんが一人で頭を洗えないからでは?」


「詳しく教えてくれ!」



 俺の頭を拭き終わった由紀は、タオルをハンガーにかける。

そのままその場に正座で座りこみ、俺の方を見る。


「兄さんは、一年前までレイさんに。その後、由紀が中学生になってからは由紀が兄さんの頭を洗っています」


「ずっと? 頭を洗ってもらっていたのか?」


「はい。一人で頭を洗えないのは恥ずかしいからと、レイさんと特訓していたじゃないですか」


 おーまいごっと! そんな奴だったのか……。

これは恥ずかしい! 一人で頭位洗えるわ!


「そうか、じゃあ明日から大丈夫だ。一人でできる」


「兄さん……、ついに一人で……、由紀は嬉しいです!」


 バスタオル一枚の由紀が抱き着いてくる。俺はスッポンポンだ。

力いっぱいい俺に抱き着いた由紀は、なぜか俺の首を絞めかかっている。


 や、やめてくれ、苦しい……、い、息が……。


「兄さん、おめでとう。プールに通って良かったですね」


 そ、そんな、そんな事が理由で俺はプールに通っていたのか……。

由紀、そろそろ息が……。


 俺は意識が飛びそうな中、由紀の脇腹を手でたたく。

ギブアップだ。 そろそろ離してくれ。

このままだとすっぽんっぽんのまま落ちてしまう。

それだけは回避しなければ。


「んっ……。に、兄さん、ダメですよこんな所で……。そんなに由紀のタオルを取りたいのですか?」


 ち、違う! 取りたいんじゃない! う、腕を離してくれ!


「今回だけですよ? 一人で入れるようになった記念に、ね」


 そ、そんな事より、早く腕を! 息がぁぁ!


 由紀が俺から離れ、数歩下がる。


 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……危なかった。

あと少しで落ちる所でした。由紀さんもなかなか力つよいねー。

ワタシマイッタヨ。


「ゆ、由紀……。抱き着いてもいいが、首は絞めるな。首はだめだぞ!」


「はい。今度、ゆっくり抱き着かせてくださいね」


 前半のセリフは聞いていたようだが、後半は聞いていない模様。

兄さんの言葉は最後までしっかり聞いてくれ。


「じゃ、タオル取りますよ。お母さんには内緒ですよ?」


 い、いかん! スッポンポンな俺はいいとして、由紀までスッポンポンになってしまう!

そんなことになったら、ダブルスッポンポンでとんでもないことに!


 は、はやまるな由紀! 俺達はまだそんなに進んだ関係じゃない!

俺達は兄妹だ! 




 でも、兄妹で一緒に風呂入ったりするよね?

するよね? してもいいよね?

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