第二話。ハチコとロクスケ。

「わたしは踏査型作図兵器八号。超有機迷宮体、通称<鯨>の地図を完成させるためにつくられた人造人間」


 真っ黒のヒール、真っ黒のパンツ、真っ黒の服。おまけに髪も真っ黒だ。そのせいで、白い肌と青い瞳がやたらと目立っていた。

 そして、手にしていたナイフはぼろぼろに崩れ、砂になって消えてしまった。


「ずっと、長い間探していました。お初にお目にかかり光栄です、人類」

「ありがとう、助かった、本当に」


 女の手は小さくて冷たかった。この手が怪物たちを一瞬でばらばらにしたとは、とてもじゃないが思えなかった。それに、勢いよく振り下ろした俺の腕を、片手で引き上げた怪力も。

 こっちはそのおかげで擦り傷程度で済んだわけだが。あのままパイルハンマーを起爆させていれば、少なくとも今頃俺の右半身は文字通りの焼け野原になっていたのは間違いない。しかし事態が俺の常識を超えていて、いまいち助かった実感がない。


「あんたは何者だ? とうさがた……なんとかって。あ、いや、すまない、俺から名乗るべきだな。俺はロクスケ。冒険者クローラーのロクスケ……」

「ロクスケ。人類の名称ですね。わたしは、<ロクスケ>はあなたの名前であると定義します。教えてくれてありがとう、ロクスケ」


 なんか、変なやつだ……

 旅人をやっていると数年単位で人と会わない場合もある。そのせいで会話の仕方を忘れてしまう。この女もその類いだろうか。いや、待てよ、人類を初めて見たとか言っていたな?

 それにしては髪は清潔に整っているし、衣服にも汚れは少ないが。


「わたしは踏査型作図兵器八号とうさがたさくずへいきはちごう。固有の名称はありません。あなたの名称で指すところの、冒険者クローラーに当たるものかもしれません」

「なに、とうさ……なに? 八号?」

「わたしは人造人間。人類に似せて造られた、非人類です」

「非人類……」

「そうです。わたしは人造人間、踏査型作図兵器八号。超巨大有機迷宮体――<鯨>の地図を完成させるために造られたと記録されています」

「はあ……そうですか……」


 一体なにを言っているのかさっぱりわからない。


「まあ、助かったよ。本当に。ありがとう」

「いえ、礼には及びません」なんとか八号は微笑んだ。「敬愛する人類の役に立てて光栄です」

「はあ、敬愛ね……しかし本当に、あんたが来てくれなかったら俺は無事で立ってはいない。不味い食糧程度でしか礼ができないのが、申し訳ない」


 ポーチから栄養飴を出した。美味いものではないが、覿面てきめんに精がつく。<鯨油>でできた食事の中では一番マシだ。味も香りも念入りに飛ばして、鯨油の風味を全く無くしているから。

 しかし八号は首を横に振った。


「わたしに食糧は不要です。人造人間ですから」

「そうなのか、便利なもんだな」


 強がりを言っているようには見えない。そもそも栄養飴が嫌いなのかもしれないし、満腹なのかもしれない。いずれにせよ貴重な食糧を減らす必要がないなら、有難く引っ込めておこう。


「わたしが摂取するのは髄液です」

「髄液!?」

「ええ、この灰白質の足場から染み出る褐色で粘性を持った……人類は見たことがない?」


 八号はしゅっと尖ったつま先で、足場の<ホネ>を叩いた。

 あの怪物たちと同じで人間の髄液をしゃぶるのかと思ったら、<ホネ>から染み出る、褐色で、粘性を持った液体……


「それは、<鯨油>のことじゃないか?」

「ゲイユ?」

「ああ、俺は<鯨油>と呼んでる。他の定住者コロニアンたちもそうだったから、たぶん<鯨油>で正しいんだろう。古い<ホネ>から染み出る液体だろ」


 あの怪物たちと同じく髄液を啜るのかと少し驚いたが、しかし、確かに<鯨油>も<ホネ>から染み出るから、髄液と呼んでも間違いではないのかもしれない。

 この女が育った居住区コロニーではそう呼ばれていたのだろうか。

 <ホネ>の塊を区画ユニットと呼んでいる。区画によってある程度の独立した文化が形成されているのは、俺が十年歩き続けて体感したことだ。それなりに離れていれば、<鯨油>の呼び方が違っていてもおかしくはない。


「あんた、どこから来たんだ」

「七八の区画ユニットを越えました。ここから<尾南みなみ側の直線で数えると、およそ四〇区画分です」

「なに……」


 俺が来たのは四区画手前だ。それだけで十年くらいかかっている。

 確かに、それだけの距離がある区画をまたいできたのであれば、使う言葉が異なっていてもおかしくはない。おかしくはないが、そうするとおかしいのはこの女の年齢だ。

 四区画で十年かかったんだぞ。

 俺をだましてる? なんなんだ、人造人間だと?


「……そんなに歩いて、初めて会った人類が俺なのか?」

「一方的に目撃したことはあります。ただし、わたしは踏査型作図兵器。原則として人類の足が及ばない、つまり未踏の地を探索するように設計されていますので」


 なんとか八号の表情は変わらない。

 その途方もない時間を一人で歩いていたことを、なんとも思っていないようだった。


「ただ、戦闘している人類を見るのは初めてでした。あなたが右腕の装備品に詰めた爆薬は、その距離で起爆すると死に至る量では?」


 八号は俺の右腕を指さした。

 右腕には釘打機パイルハンマーが絡みついている。薬莢に詰めた火薬をコックが叩き炸裂させ、釘を打ち出す原始的な道具。

 俺が育った居住区で生産されていた、最も安価な武器だ。


「まあ……死んでたかもな」

「生物は生存を続け、種の繁栄に貢献するものと定義されています」

「定義ねえ」


 八号は悪びれる様子も、遠慮する様子も全くなく、まっすぐと俺を見つめていた。

 きりと立った眉も、凛とした唇も、透き通る瞳も、この薄暗く小汚い鯨の胎には似つかわしくない。

 生物は生存を続け、種の繁栄に貢献するもの。

 間違いないだろう。だが、しかし。


「ロクスケ。冒険者クローラーのロクスケ。あなたがその命を捨ててあの怪物たちを倒す意味はあるのですか」

「そうする他なかっただろう、あの状況だと」

「言い方を変えます。あなたはなぜ、致死量の爆薬を持って、一人で旅をしているのですか」


 八号はあくまでも無表情でそう言った。

 これまで会ったコロニアンやクローラーとは違う。一切の悪意もなく、ただ純粋に不思議そうに。


「……なあ、あんた、人間と話したことがないんだよな」

「ええ、あなたが初めてです」

「もっと、たくさん人間がいるところに行かないか? そうすりゃ、俺が爆薬を持っている理由も、旅をしている理由もわかるかもしれない」

「ここでは、教えてくれないのですか?」

「ここじゃ、だめだ」


 八号は悩んでいた。俺も悩んでいた。

 なぜ誘っているのだろう。コロニーを出てからはずっと一人で歩いてきた。道中でギルドに誘われることもあったし、足の骨を折ったときには近くのコロニーでの定住も考えた。何度も誘われたし、何度も考えたが、結局俺は全てを断ってきた。

 理由は恐らく無かった。なにも考えていない。ただ一人でいられなくなることが怖いというだけだった。


「いいですよ、行きましょう。わたしもこの道は初めてですから」


 八号は逡巡して、そして頷いた。

 青空のような瞳は、相変わらずまっすぐと俺を見ていた。


「よろしくな、八号」

「わたしは踏査型作図兵器八号です」

「長いだろう。そうだな、八号じゃ味気ないし、ハチコって呼ぶよ。いい名前だろう。俺がロクスケで、あんたがハチコだ」


 俺はほっとしていた。

 なぜなのかはわからない。暮らした居住区が崩落してからおよそ十年間ずっとひとりで歩いてきて、ずっとひとりを望んできた。声をかけてくれたひとたちに、なにか思うところがあったわけではない。それどころか、どいつもこいつも良いやつばかりだった。

 どうしてハチコを誘ったんだろう。ハチコ自身、どうして快諾してくれたんだろう。


「まあ……良いでしょう。複数人での戦闘を考慮すると、長い名称は不利かもしれませんし、ハチコと呼んでいただいても構いませんよ。よろしくお願いします、ロクスケ」


 こまかいことは良いか。

 追い追いわかることだろう。

 ハチコが、俺が旅をする理由をいつか理解するように。


「じゃあ、行くか」

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