第一話。踏査型作図兵器八号。

 足元は灰色。

 頭上は黒。右も、左も、遠くは黒。

 灰色の一本道はしばらく真っ直ぐで、迷うこともなかった。<ホネ>は遥か彼方まで伸びている。気持ちの良い道である。

 足元に広がる、化け物たちの死骸が無ければ最高だった。

 異臭を放つ褐色の血液は、服に付くとなかなか落ちない。自分の体臭も混ざって最悪の気分だ。

 久しぶりの戦闘だったということもあって、ずいぶんと苦戦してしまった。

 前の戦いはいつだったか。二百日ほど前だろうか。

 最後に居住区コロニーを訪ねたのは一千日くらい前になる。そこで補充した鉛玉も品切れが近い。できるだけ戦闘は避けたいところだ。隠れながらここまで来たが、この一本道でとうとう捕まってしまった。


「ちくしょう、今度はいつ居住区にたどり着けるかもわからないってのに……」


 進む方向を見ても、まだ居住区は現れない。誤算だった。一千日前に尋ねた居住区で聞いた話によれば、四百日ほど歩いた場所にまた居住区があるはずだった。たしかにあった。しかしそれはあったというだけで、生きてはいなかった。どくろが転がる滅んだ居住区には、鉛玉なんて残っていなかった。


 通常、怪物たちは居住区を襲わない……というよりは、怪物たちに襲われる場所には居住区を築かない。なんらかのきっかけで呼び込んでしまったのだろう。襲撃時の凄惨さは、そこら中に散らばる、髄液をしゃぶられた背骨が物語っていた。


 水でも飲もうと背嚢を降ろそうとしたとき、いやな予感がした。

 きりきり、という金切り声のような音が聞こえた。


「ああくそ、また来やがった……」


 遥か背後に見えたのは、ヒトの形をした怪物だった。さっきの音は声帯の無い喉笛と、びっしりと生えた牙が鳴らす金切り声だ。

 しかも、迫ってきているのはまた群れだった。さっき倒したばかりのものと同じか、それ以上の集団!


 四本足で無様にバタバタ走る怪物たちは金切り声を上げながら俺を追ってきた。瞳孔のない双眸をかっ開き、涎を散らしながらまっすぐと俺を見ている。

 冒険者クローラーはこの事態になったきとき、まず第一に隠れることを考える。だがこの遥かなる一本道にそんな場所は無い。次に考えるのが環境の利用だ。落とせる足場も、一対一にもっていける狭い洞窟ももちろん無い。そして最後に考えるのが戦闘だ。つまりそれは、最悪の事態ということだ。


 しかし戦うにしても数が多すぎる。鉛玉はもうほとんど残っていない。杭打機パイルハンマーでいちいち撃墜できる量じゃない。半分を落とす頃には、オーバーヒートでおしまいだ。

 久しぶりの、絶体絶命というやつだ。

 どうする、どうすると考えながら逃げ走っているうちに、じりじりと距離が詰められる。耳障りな金切り声が少しずつ大きくなってくる。


 できるだけ戦いを避けて、できるだけ銃弾を節約して、なんとかここまでやってきたんだ。

 まだ死ぬわけにはいかない。こんなところで、こんなつまらない死に方をしてしまったら、<崩落>のときにすべてを託してくれたワンダに顔向けができないだろう。

 あいつは言っていた。生きろと、生きろ、ロクスケと!


 ベルトに提げていた爆薬を取った。右腕に取り付けたパイルハンマーのスロットルに叩き込む。装填する<杭>も切り替えた。

 あの日のワンダを思い出す。あいつもこんな構えを取っていた。

 鯨の腹の中にある物質で最も硬いとされる足場ホネを破壊するための奥の手。同じ硬度を誇る特別製のパイル、そしてそれを射出する大量の爆薬。


 運が良ければ犠牲にするのは右半身だけで済む。血まみれで意識も吹っ飛ぶだろう。全身やけど、瀕死の状態で目が覚めて、砕けた半身を引きずりながら歩くことになるかもしれない。

 それでもこんなところで、やつらに食われて死ぬよりマシだ。

 無理やり足場を崩してやつらを落とす。最下層の<胃酸の海>でまとめて殺す。この場で俺が生き残るには、これしかない。

 俺の右半身を捨てれば、五十体からの怪物どもをまとめて倒せる。釣りが来る。上等だ。

 パイルハンマーのロックを外した。起爆の準備は整った。


「いくぞ、くたばれ――」

「――いま助けます、人類ッ!」


 パイルハンマーの切っ先が地面に触れる直前、何かに肩を引っ張られた。思い切り振り下ろした腕を、肩ごと引き戻される。とてつもない怪力に、俺はそのまま投げ飛ばされた。バランスを失ってあわや骨折、おかしな方向に関節を曲げながら地面を転げ回る。

 ぐるぐる回る視界で最初に見えたのは、目の前をかすめたつるぎのように鋭い黒いハイヒール、次に見えたのはしなやかな脚、そして真っ黒な服、手に握られた銀の短刀。


 何者かは躊躇うことなく怪物たちの群れに突っ込んだ。

 そして、次の瞬間にはばらばらになっていた怪物たち。

 俺がうつ伏せで倒れる頃には既にすべてが終わっていて、そこにあるのは血の池と、人形のような美女だけだった。


「無事ですか、人類。手荒くしてしまい、ごめんなさい」


 女が握っていた刃物は砂のように崩れて消えた。

 目が覚める艶やかな黒髪を耳にかけて、微笑んで、俺に手を伸ばしてきた。絶体絶命の局面をまばたきのうちにひっくり返したその手は小さく、作り物のようにきれいだった。


「わたしは踏査型作図兵器八号。超有機迷宮体、通称<鯨>の地図を完成させるためにつくられた人造人間」


 差し伸べられた手を握った。冷たい手だった。冷たくて、小さくて、儚いようにも思えた。

 女は手を握り返した。


「ずっと、長い間探していました。お初にお目にかかり光栄です、人類」


 ひとの声を聞いたのは、実に一千日ぶりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る