第6話 『最強』の称号
本日の予定。
午前中、高幡の工場にあいさつ。午後、片倉医院で診察。聡子の状態次第では、そのまま入院。
さくらはどちらも付き添うつもりでいる。自分の住まいも早く見ておきたいけれど、しばらくは聡子が町家にいたいとごねている。
「入院したら、しばらく動けないし!」
できたら、京都観光したいらしい。この、大きなおなかで! 一歳児を連れて!
「玲には悪いけど、さくらちゃんと類が愛をはぐくんだ、天神さん近くの和菓子屋さんでしょ、夜ごはんは過去にきょうだいが会食した、水炊きのお店に予約済!」
「食べ物ばっかり」
「だって、入院したら病院食だもん」
あっぱれ聡子、最強。
***
町家より、徒歩五分。高幡染色工場。何度も通った道。いつも、苦い思いだった。
今は、玲と聡子と皆がいる。
「おこしやす、みなさん。聡子はん、おなか大きなぁ。さくら、ほんまきれいになったねえ。胸がある!」
対応に出た、高幡祥子。工場のひとり娘。かつての、さくらのライバル。二年、ううん三年ぶりの邂逅だった。
「再会して、いきなりそれですか」
「失礼だぞ、祥子。半年前はもっと大きかったんだ」
ぐ、ぐぬぬ。玲にとどめをさされた。
「玲ってば、変わらんね」
いちばん変わっていないのは、祥子だと思う。
つやつやの長い黒髪、露出過多の服装。長い脚をさらりと出した、ホットパンツ。
「立ち話ですんまへん。みなさん、お久しぶり」
工場のおじさん、高幡春宵。
「こんにちは。おじゃましまあす」
聡子VS春宵。
さくらは皆をだっこしている。自分の新居の荷解きをしてもいいと言われたが、類にも『祥子の相手を見てきて』と言われている。
「みみみ、みなさんこんにちは!」
カチコチに緊張しまくっている青年が棒立ちしている。これが、祥子の結婚相手らしい。
「初めまして、池ノ上大地(いけのうえ だいち)です! 北海道出身です!」
「大地、もう高幡や。た・か・は・た!」
祥子が、おかんみたいな雰囲気もあるけれど、婚約中とのこと。さくらが驚くほどいちゃいちゃの、べたべたである。人のこと、とやかく言えないけれど。
「年下ってええなあ、さくら」
いきなり話を向けられてしまい、困る。
「と、年下、ばんざーい。かわいいですよ!」
類と自分、どちらが年上なのか分からないときも多いけれど、生まれはさくらが先。
そもそも、祥子は年下好きなのだろう。
祥子の婚約者、大地。ちっさくてかわいい。
痩せていて、身長は百七十センチないだろう。もちろん、祥子よりも低くて少年みたい。にこっと笑うとえくぼが出る。てっきり、玲に似た寡黙な青年をイメージしていた。まるで違った。
「ふっふっふ。これでも、夜はすごいんや」
「……寝不足やで」
父の春宵が嘆いた。なんか、とんでもないことになっているらしい、高幡家。
祥子がお茶を出してくれた。
「ほんま、申し訳ない聡子さん。玲を預かったのに。跡取りにすると決めてたのに、こないなことになって」
こないなこと……祥子が連れてきた若い男が工場の婿、そして後継者に決まったことを指している。玲は、お役御免だった。
「玲が納得しているなら、私が口を挟む余地はありません。むしろ、今までご指導してくださって、ありがとうございました。今後も、高幡家と柴崎家は親戚ですし、縁が切れるわけではありません」
「ほんまにすんまへん」
春宵は聡子に恐縮しきりだった。無理もない。
「玲はうちの会社で引き取ります。ちょうど、服飾ブランドを立ち上げようと思っていたので、玲にはその事業を任せたいと思います。工場で覚えたことが生かされます」
「かんにん、聡子はん」
「かわいい旦那さまと仲よくね、祥子ちゃん」
「おおきに。うち、今は主婦やし、聡子はんの出産のお手伝い、してもええか。将来のためにも、なあ大地」
「そうですね。赤ちゃんのお世話、するといいよ祥子は」
この、圧倒的なあまーい雰囲気。あっけにとられてしまう。なんなの。玲もずっと黙っている。
玲に執着していた祥子が、あっけなく吹っ切った。玲の残像を乗り越えたのだ。そのことは純粋にお祝いしたい。未練を断つにはやっぱり、新しい恋か。強い。
「結婚式などは、されるんですか」
「内輪のお披露目会を、六月ごろにやろうかと」
ジューンブライドにかこつけて、というよりは、玲以下柴崎一家が京都を引き払うタイミングに合わせて、という魂胆らしい。
「六月ですか。でしたら申し訳ありませんが、文面でのお祝いになるかと。私はこんな身体ですし、あいにく類も多忙で」
「気にせんでって。おおきに、聡子さん」
高幡家は丸くおさまったようだった。玲は、なにも言わなかった。これまた、強い。
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