桜の記憶

 残っているのは、手駒を失った一人の青年。


「桜、もう良いぞ」


「ん」


 俺の合図に応じて、桜は展開していた能力を解除した。


 元に戻った虫や鳥たちが、まさに蜘蛛の子を散らすと言った感じで四方へ散らばっていく。


「……」


 肩で息をする片桐の目が、獰猛さを湛えてこちらを見ていた。


「さっきまでとは真逆の状況だな。手帳はもう燃やした。自分が追い込まれてることくらい理解してんだろ?」


 敵意のこもる視線を睨み返して、俺は不敵に笑ってみせる。


「このクソガキ、お前は絶対に許さないからな。二人とも必ずぶっ殺してやる……!」


 忌々しげに口の端を歪め、片桐が吐き捨てた。


「させるかよ。てめぇみたいな奴が普通にのさばってたら不幸になる人が増えちまう。ここで終わりにしてやるよ」


 言い返し、桜と視線を交わす。


 彼女もそれで理解したようで、力強く頷くと躊躇う様子もなく片桐へと駆け出した。


「――な、何をっ……」


 お互いの距離などたかがしれている。


 桜の脚力をもってすれば、間合いを詰めることなどまさに一瞬だった。

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