桜の記憶

「くそっ! 何なんだこれは……!?」


 休めることなく顔の前で手を振り回しながら、片桐が苛ついたような声を吐き出す。


「これ……虫か?」


 無数の羽音が向かう先は、前方に立つ片桐の元だ。


 よく目を凝らせば大小様々な羽虫たちが、片桐を取り囲むようにして飛び回っていた。


 それらから主を守ろうとサンドワームも必死に動き回っているようだが、いかんせん虫の数が多すぎる。


 防ぐよりも遥かに圧倒的な勢いで、さらにその数は増え続けていた。


 無意識に、口元が綻ぶ。


 まさか、ここまでやるとは。


 周りの木々や草むらが、激しく音を立てる。


 続いて、小動物や鳥の無秩序な鳴き声が空気を震わせる。


「……勝った」


 虫の羽音と獣の声による不快音としか呼べないコーラスを聞きながら、俺は呟いた。


「雄治!!」


 背後の茂みから一際高い音を立てて飛び出してきた少女が、ぶつかるような勢いで腕に抱きついてきた。


「……遅ぇよ、死ぬかと思っただろが」


 憎まれ口をたたきながら、間近に現れた桜の頭に手をのせる。

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