桜の記憶

「……まぁ、良いか。サクラ、きみはすぐにでも全ての真実を知りたいかい?」


 一瞬、何かを思い巡らすかのように眼球を泳がせてから、男は俺の肩越しに桜へ視線を定めた。


「知りたい。自分の記憶を取り戻せるなら……」


 背後から聞こえる、返答の声。


「……そう。わかった。なら教えてあげるよ。ただし、二つ条件がある」


 男が、ブイサインをして話を続ける。


「条件?」


「そう、条件。僕もちょっと準備があるから、明日の夜九時にきみが隠れていた廃墟に来るなら全てを話してあげよう。この申し出をのむことが条件の一つ目」


「準備って何?」


 探りを入れるように問う桜だったが、しかし男はこれには答えず首を横に振る。


「詮索はなしだよ。どうする? この条件、受け入れるかい?」


 桜を見つめるその視線は、ゲームを楽しむ少年のように嬉々とした感情を浮かび上がらせていた。


「…………わかった。言われた通りにする」


 他に手段がないと悟ったか、若干迷ってから渋々と桜は頷く。


「オーケーだ。それじゃあ、もう一つの条件……」


 ニヤリと笑い、男はもったいぶるように間を空ける。

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