桜の記憶

「知らねぇよ。呼び止めても無視して行っちまったし。とりあえず出ようぜ」


「うん……」


 思い返してみるに、桜はよく俺の呼びかけをシカトして勝手に行動することが多々あった。


 変なところでは素直に従ったりするくせに訳がわからない。


 気まぐれな性格、と理解しておけば良いのか今ひとつ判然としないが、ボキャブラリーの無い自分にはそう形容する以外他に言い様がない。


(横柄なくせに気配りはできてたりするし、ほんと何なんだろうな)


 冷房の効いた屋内から出た途端、再び目眩がするような熱気が身体中にまとわりついてきた。


 せっかく収まった汗がまたジワジワと噴き出してくるのが嫌でもわかる。


 時刻は五時半。外は当然まだ明るい。


 ジージーとあちこちで鳴いている蝉の声を聞きながら、俺は駅前周辺を見回す。


「あれ? 雄くん、夜月さんいるよ?」


「は?」


 隣に並んで立つ有紀が、首だけを横に向けながらすぐ近くにある自販機を指差した。


 方角で言えば本屋を出て右側。


 桜が去っていった方向だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る