第59話 お幸せに

この地で一緒に暮らし出してから、半年以上が過ぎた。

それは同棲というくくりではなく、家族、つまり、結婚をしたに等しい覚悟で始まった生活だ。

でも、二人は一度たりとも結婚式を挙げたいとは言わなかった。

三人という自分達の形が、世間一般に広く受け入れられるものではないと判っているからだろう。

勿論、探せば三人の結構式を挙げさせてくれる式場は見つかるかも知れない。

式場は無くても、どこか会場を借りて出来ないことは無い。

でもそれは、我儘なのだと二人は思っているのだ。

だから、ただの一度も、結婚式という言葉を口にしなかった。

ウェディングドレスという言葉だって、俺は耳にしたことは無かった。

そんな当たり前の望みでさえ口に出来ない二人を、俺は不憫ふびんに思うと同時に、自分の不甲斐なさを情けなくも思った。

婚姻届すら出せないのだから、せめて形だけでも、結婚という人生の大きな節目を飾ってやりたかった。

でも、式場を借りれば、そこのスタッフからは好奇の視線を浴びるだろう。

このご時世だ、SNSに発信するやからもいるかも知れない。

いや、そんなことは抜きにしても、本当に祝ってくれる人だけで結婚式を挙げたい。

子供の頃に訪れたことがあった、この歴史資料館は、今は閉館している。

そこに、会議や講演会が出来るホールがあることを思い出した。

テーブル席なら三十人ほどは収容できるだろう。

役場が管理しているが、常駐スタッフもいない。

場所さえ借りられればいい。

幸い、管理は役場の地域振興課がしているという。

花凛の所属する部署だ。

町内会長も、この地域の名士だ。

何とかなる、そう思った。

ウェディングドレスもレンタルでいい。

着付けや化粧もみゃーママやいろはにやってもらおう。

音楽もCDでいい。

讃美歌もみんなで歌おう。

町内会長や、隣の家族、いつもにこやかに挨拶してくれる近所の人達だけで、祝ってもらおう。

何より二人に、ウェディングドレスを着せたい。

ただ愛し合うだけでなく、祝福されてほしい。

あんなにもいい子達が、俺なんかを好きになったせいで祝福されないのなら、それは俺に力が足りないからに他ならない。

そして、それには何より、美月のご両親にも来てもらわなきゃならない。


説得に何度も東京に行った。

みゃーママも一緒に説得してくれた。

でも、決め手になったのは、沢山の美月の写真だった。

それは、両親も見たことのない美月の、ねた顔や楽しそうな顔、キラキラした瞳に、白い歯のこぼれる笑顔。

泥だらけではしゃぎ、網を振り回す子供のような姿、縁側で寝そべり、エプロンを着けて料理を作り、美月が美月らしくある姿。

正直、俺一人だけではどうにもならなかった。

一回目は酷くののしられた。

それはそうだろう、親としての務めは果たさなかったとはいえ、自分の娘が、十二も年上の、しかも他の女性を含む三人で暮らしているのだ。

いや、親の務めが果たせなかったからこそ、より娘の幸せを願っていた。

二回目も似たような反応だった。

キサマの親の顔が見てみたいとも言われた。

農業に対する偏見もあった。

俺はそれらに丁寧に答え、今後の展望や、俺が美月にしてやれることを説明した。

三回目は、いや、土日に会っていたから、実質六回目になるのだが、その頃には随分と態度は軟化していた。

三人で作った米も、受け取ってくれた。

あと一息だと思ったが、取り敢えずは三人の暮らしを静観するという構えで、結婚を認めてくれそうには無かった。

美月が例の嘘をいた次の日、みゃーママが一人で説得に行ってくれた。

俺が託した美月の写真、美矢から毎日のように送られていた写真付のメッセージ。

それらは、美月の両親を泣き崩れさせたらしい。

ほら、美月。

お前はちゃんと愛されてるよ。

そして美矢。

お前の母親は、お前だけでなく、美月も、そして俺のことも無尽蔵の愛で受け入れてくれる素敵な人だ。

お前は、お前の母親と、それを受け継いでいる自身を誇れ。


花凛が列席者に挨拶をした後、俺を壇上にうながす。

司会進行は花凛に任せている。

左側の、いちばん手前の席には両親の写真が立て掛けられている。

末席では、籠の中でサバっちが不満そうな顔をしている。

俺達の関係をずっと見てきたお前は、本来なら準主役なのに申し訳ない。

右側には、美月の母親や、先ほど部屋に入ってきたいろはが座っている。

いろはは目が合うと、親指を立てて見せた。

「それでは、花嫁の入場です」

落ち着いた花凛の声は、マイク乗りが良かった。

扉が開いて、美矢とみゃーママ、美月とその父親が、それぞれ腕を組んで入場してくる。

母娘は寄り添うように。

父娘はぎこちなく。

この日のために協力してくれたみゃーママに感謝を。

そして、来てくれた美月のご両親にも感謝を。

こら、美月、そんな怒ったような顔をするな。

お前のお父さんは泣いているというのに。

それにしても──

ウェディングドレスは二人に、とてもよく似合っていた。

人に言えば笑われるだろうが、俺には白い天使に見えた。

ああ、着せてやれて良かった。

本当に、こんなに嬉しいことはない。

でも、もっとよく見たいと思うのに、視界がぼやけてよく見えない。

嬉しくて嬉しくてたまらないのに、嗚咽おえつが込み上げてくるのは何故だろう。

俺はその場にしゃがみこんでしまった。

まるで子供みたいに涙が止まらなかった。

両親がいたら、一緒に泣いただろうか、それとも笑っただろうか。


「こら、孝介!」

マイクを通した、委員長の委員長らしい声が響いた。

「立って笑え! そして二人を抱き締めなさい! 私はアンタの幸せを見届けるためにここにいるんだから!」

叱咤しったする声は、強く、優しかった。

俺は立ち上がった。

親の手を離し、白いドレスをひるがえして駆けてくる二人が、滲んだ視界を埋めていく。

俺は笑った。

いや、泣いていても勝手に笑みが溢れた。

二人分の衝撃を、俺は受け止めた。

そしてこの腕の中で、二人は何度も何度も俺の名前を呼んだ。

「……末永く、お幸せに」

花凛の声がうるんで、マイクのスイッチを切る音が聞こえた。

拍手がずっと、三人を包んで、いつまでも鳴り止まなかった。





あとがき


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

「通勤途中と通学途中」の続編として、出来れば二人の教師生活、出産や育児まで書いてみたい気もしましたが、筆力不足などもあって、日常のマンネリ化は避けられず、連載としてはこの辺りが潮時だと考えました。

番外編として、断片的になら彼女達のそういった日々も描けそうですし、また書いてみたいとも思いますが、結婚式という大きな節目を期に、連載を終了しようと思います。

三人という歪な結婚生活を描いてきましたが、三人だからこその幸せを書いてきたつもりです。

この三人の幸せが、読んでくださった方と共有できれば、こんなに嬉しいことはありません。

連載中、沢山のコメント、評価、フォローをいただきました。

深く感謝いたします。

                         杜社

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