067, 0-35 幕間・生意気男子の観劇

・デュークの観劇


前回のあらすじ

 お腹が空いたよシスター




『お腹が空いたよシスター』


温暖なルービアス大陸で、わずかに肌寒さを感じさせる冬の朝――王都近郊……男爵領、領都の隣りにあるカナリッジの街では珍しい木造の建物の中で弱々しい声が聞こえる―――

二重の円の中に二冊の本が重なったシンボルマークが描かれた、歴史を感じさせる大きな建物。しかし寂れており、上水すら通っていない。

ほこりが積もり始めた長椅子の上で、ふくよかな胸を持つ女性にすがり付く、明るいブラウンの髪と瞳をした小さき普人の子、その名はジョニー。


『ゴメンねジョニー、教会にはお金がないの・・・』


ジョニーを抱きしめながらシスターは思う。どうにかしなければ、と。



◆残◆念◆ジ◆ョ◆ニ◆ー◆く◆ん◆で◆し◆た◆



意外なことに悲劇の始まりは――ある冒険者の善意の行いだった。

冒険者の死亡率を下げるために、無償の魔力感知を始めたのだ。

それは善意の気持ちであり、そこに一欠片の悪意もなかった。

その善意が……冒険者の間だけであれば……何も問題はなかった―――



嫌らしい顔を浮かべた男が冒険者ギルドをおとずれ、善意の冒険者に向かって言う。


『あんた、無料で魔力感知してくれるって本当か?ちょっと俺にもしてくれよ』


善意の冒険者は断りきれず、軽い気持ちで魔力感知をしてしまう。

その話を聞いた人々は、魔力感知を冒険者ギルドでしてもらうようになる。

魔力感知は金貨5枚、この街の一般労働者の平均月収は金貨15枚、それを無償でやってくれるとなれば、当然の流れ―――



魔力感知は教会の大事な収入源、それが途切れてしまったのだ。

人気がある教会にして影響はない。

しかし、ビブリチッタ様の教会は違う。

祈っても何もしてくれない事で有名なケチな神様は人気がなく、信徒の数も少ない。

信仰心の厚い神父様が亡くなり――元々少なかった信徒達が教会をおとずれなくなった頃――教会の蓄えは底をつき、遂には食べるものすら無くなってしまった―――



◆◆◆◆◆◆ジ◆ョ◆ニ◆ー◆だ◆よ◆◆◆◆◆◆



ビブリチッタ様は知識の神様、教会には図書室がある。

教会の管理を引き継いだ聖職者達が長い年月の中で集めた知識の宝庫。その蔵書量は多く、貴重であり、売ればお金になる。

シスターは悩む、だが


(ジョニーを・・・飢えさせるわけにはいかないっ)


それは苦渋の決断だった―――



本を売ったお金を財布に入れ、市場へ向かうシスター。

揺れる大きな胸の中にあるのはジョニーへの熱い思いだけ。

だがしかし、それを邪魔する存在が現れた―――


『お、シスターじゃん。元気?』

『ええ、元気よ衛兵さん。今ちょっと急いでるから――また今度ね』

『急いでるって、どこに行くんだ?』

『ちょっとお買い物にね』

『買い物ねぇ・・・』


唐突にシスターの体をまさぐる衛兵。


『っ―――なにするの!?』

『おっ、あった、あった。じゃあなシスター』


そう言い手を振りながら、何事もなかったかのように衛兵は立ち去る。

動揺したシスターは、心を落ち着かせるため――乱されてしまった服を整えながら、気づく―――財布がない。



なんとか寄付をしてくれないか、と、知り合いの信徒達をたずね頭を下げるシスター。

辺りは暗くなり、夜が明ける頃にはお金も集まり、市場で買い物をして帰る。


(これでなんとか・・・)


だが彼女は知らない―――その頃、教会で何が起こっていたのかを―――



◆◆わ◆た◆し◆が◆ジ◆ョ◆ニ◆ー◆だ◆!◆◆



シスターの帰りを待つジョニーはもう限界だった。

空腹で眠ることが出来ず、孤児院の裏庭で空に輝く星を眺める―――


(シスター遅いな)


御飯を買ってくると言い出掛けたシスターは帰ってこない。


(きっともう・・・、シスターも嫌になっちゃったんだ・・・。仲がよかった信徒さんたちが教会に来なくなったみたいに・・・、シスターも帰って来ないんだ)


そんなジョニーに寄り添うのは、どこからか迷い込んだ痩せた犬。


『くぅ~ん』

『お腹が空いたの?でも、食べるものはなにもないんだ。ゴメンね』


そう言って迷い犬を遠ざけようとするジョニー。

しかし、迷い犬はジョニーの元を離れず、小さく震えるその体をなんとか温めようと舐める。


『くすぐったいよ・・・』

『くぅ~ん』

『ボク、なんだかさっきからおかしいんだ。全然力が出ないんだ。でも、もう一度だけ・・・もう一度だけ教会に行きたいんだ。手伝ってくれる?』

『ワン!』


孤児院から教会に続く渡り廊下を歩くジョニー。

子供の歩みでも数秒の距離を、迷い犬の力を借り、なんとか教会にたどり着く。

長椅子に倒れるように腰掛け、横になる。

迷い犬も力なく、ジョニーに寄り添う。

天井には大きなシンボルマークが――しかし汚れが目立つ。掃除が行き届いていないのだ。

そんな天井を見ながらジョニーは言った―――


『ボクもう疲れたよ、なんだかとっても眠いんだ・・・』



◆◆◆◆◆ま◆さ◆に◆ジ◆ョ◆ニ◆ー◆◆◆◆◆



市場で買った食材を使い、孤児院の台所で朝食を作るシスターは思う。


(きっとジョニーは驚くわね)


久しぶりに作ることが出来た、たった一杯の塩スープ。だが、シンプルな味付けでも具は多く、子供の腹を満たすには十分な量だった。

食事の準備を終えたシスターはジョニーの部屋をノックし開ける――が、ジョニーはいない。

他の部屋を探してみるも――見つからず、教会にいるかもしれないと考え足を運べば、犬と共に長椅子で眠るジョニー。

その寝顔は安らぎに満ちており、まるで天使のよう。


『ジョニー起きて、御飯よ。一緒に食べましょう・・・、ジョニー?っ―――嗚呼ああ、あぁそんなジョニーっ』


教会の窓から入り込んだ陽射ひざしがジョニーの顔を暖かく照らす。

そんなジョニーを胸に抱き、涙を流すシスター。



空腹のジョニーは死んでしまった―――




ジョニーの話が終わると、ギルドの空気が変になっていた。

酒場のお客さんたちが言う。

「クソッ、目から汗が・・・」

「なんだってそんな・・・」

「衛兵の野郎・・・」


スタンプの人がカウンターを叩いて泣いている。

「ひ、ヒドすぎるし!それはヒドすぎるし!!」


俺はアデラを見る。

アデラも泣いていた。


ジョニーが男に向かって言った。

「お前のせいだぞ!」

「な、何がだよ・・・」

「お前のせいで死んだんだぞ!!」

「お、俺は悪くねぇよ!」


変わった白い杖を持った女の子が言う。

「許せない・・・。ジョニーを殺すなんて・・・。許せないんだから・・・」


ギルドにいる人たちが言った。

「教会にいけよお前」

「ジョニーが死んじまったじゃねぇか!」

「お前のせいだぞ!」

「そうだ!お前のせいだ!!」


「し、知るかよ。俺じゃねぇ・・・俺は悪くねぇんだ!!」

そう言って男の人は逃げていった。



給仕の女の人がスープを持ってきてくれた。

「今日のメニューは塩スープだけだ!一杯目は無料だから、死んじゃったジョニーの分までみんなちゃんと食べるんだよ!!」



俺はジョニーを見る。

いつもと同じイケメンだった。

そんなジョニーはスープを飲んでいた。


ジョニーは生きていた。

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