041, 0-21 幕間・エロシスターの心配

・リリスの心配


前回のあらすじ

 少しだけボーッとして、急にビクッとして



魔法を使えるようになったジョニーは、すごく強くなった。

やっぱり魔法って凄いんだな、と私が思っていると、エリックがとんでもないことを言った。

「よしジョニー、そろそろモンスターを相手にしてみよう」

休憩中、私はエリックにどういうつもりなのか聞いてみる。

「衛兵さん、たしかにジョニーは強くなったと思うけど・・・モンスターと戦うには早すぎるんじゃない?」

「別に強いモンスターを探して戦うわけじゃないさ。畑の護衛に連れて行って、向かってきたモンスターを殺すだけだよ。街の近くだし、衛兵も冒険者もいる。もちろん俺だって近くにいるし、いざという時は助けるさ」

「でも・・・もうちょっと大きくなってからでも―――」

「ジョニーは冒険者になるんだから、危険なんてずっと付いて回る。それに、ジョニーの最近の動きを見る限り大丈夫だ」

「本当に・・・本当に大丈夫なのね」

「絶対に大丈夫だよ。シスターは心配性だな・・・」

エリックは呆れたように言うけれど、人は驚くほど簡単に死んでしまうのだ。

そんなことはエリックもわかっているはずだけれど、私は心配でたまらなかった。


でも私の心配は杞憂きゆうに終わる。

次の日、剣を貸してもらったジョニーはエリックと一緒に街の外へ向かい、モンスターを何体も倒してから戻ってきた。

エリックの話では全く危なげがなくて、手を貸す必要もなかったそうだ。

(甘えん坊のジョニーは・・・いつの間にか立派な戦士になっていたのね)

きっとジョニーなら冒険者になっても大丈夫だと、少しだけ安心した。



訓練の日々は続き、エリックが乗馬を教えるとジョニーを兵舎へ連れて行く。

帰ってきたジョニーは「お馬さんと友だちになった」と嬉しそうに言っていた。

未だに子供達と距離があるジョニー。

(ジョニーは人間以外と友達になる方がうまいみたいね)

そんなふうに思ってしまったからか、ある日、ジョニーが神様モドキと友達になったという。

私はとても心配だったけれど、神父様は大丈夫だというし、何よりジョニーがすごく楽しそうで反対できなかった。

そして私の心配は、また杞憂きゆうに終わる。

神様モドキはジョニーに危害を加えることなく、一年ほどで街から去った。ジョニーは少しだけ落ち込んでいたけれど、すぐに元気になり訓練に取り組んでいた。



ある日、教会にエミリアと名乗る女の子が訪ねてきた。

エミリアはマザー・ウィニーが管理している孤児院の子だという。

「マザー・ウィニーが亡くなりました。埋葬は、ビブリチッタ様の教会の・・・リリスというシスターにお願いするように言われて・・・」

神父様にマザー・ウィニーが亡くなった事を知らせると「あなたが埋葬を任されたのなら、全てあなたに任せましょう」とおっしゃって下さった。

埋葬するなら、遺体を運ぶにも護衛にも人手は必要だと、エリックが衛兵を呼んでくれる事になった。

私はエミリアと一緒にファタリーノ様の教会へ行くことにした。

ベッドの上で眠るマザー・ウィニーの顔はとても安らかで、きっとこの少女が看取ったのだろう。

数十人の衛兵と一緒にエリックが来たので、私達は街の外のお墓へ行く。

護衛の数が多すぎるように思ったけれど、信徒さんや孤児院出身者も立ち合いたいと集まってきて、これでは護衛も足りないと更に増やすことになった。


街の外のお墓に着く。埋葬できる場所はもう随分と少なくなっていた。

奥の空いている場所まで行き、魔法で深く穴を掘る。その穴の中に、エリックがマザー・ウィニーを寝かせる。

エミリアが遺体の前で祈りを捧げ、マザー・ウィニーを慕う人々もそれに続く。

私は祈りを捧げることもなく、ただその光景を眺めていた。

皆の祈りが終わり、魔法で穴を埋め、墓石を作り出し、名前を刻む。

そうして埋葬が終わり、街へ戻る。

エリックや護衛の衛兵、エミリア達と別れ、私は教会へ帰ることにした。


教会へ戻る頃には随分と遅くなっていて、夕食の準備などは全て終わっていた。

孤児院で夕食を取り、教会の部屋で眠りについた。



次の日も、いつもと同じようにエリックが訪ねて来て、ジョニーの訓練が始まる。

人は死ぬ。そんな事は分かっていたはずなのに、私は寿命で亡くなったマザー・ウィニーの死に強いショックを受けていた。

(マザー・ウィニーは安らかな最後で・・・看取ってくれる人もいて・・・)

(当たり前のことだけれど、神父様は私より先に亡くなってしまう・・・)

(もしもジョニーがモンスターとの戦いで死んでしまったら・・・)

(もしもエリックが犯罪者に殺されてしまったら・・・そんな事になったら私は―――)

そんな事ばかり考えていると、鈍い音とエリックの苦しげな声が聞こえた。

エリックは、肩を抑えひざを突いていた。

私はエリックに近寄り、傷の具合を見る。

(骨が折れてる・・・)

そんな状態でエリックは言う。

「すごいなジョニー、もう少し時間がかかると思ってたんだが・・・約束だ、このはがねの剣を受け取れ」

(ジョニー・・・ジョニーがやったの?)

「シスター」

弱々しいジョニーの声が聞こる。私は振り返り、思わず睨みつけてしまう。

そんな私を見て、ジョニーは走って行ってしまった。

(ジョニーは悪くない。これは訓練で、肩の怪我も魔法ですぐに治る怪我で、なのに私は・・・)

「待ってジョニー」

私の声は届かなかったのか、ジョニーは戻ってきてくれなかった。

でも、怪我をしたエリックを置いてジョニーを追いかけるわけにも行かない。

「俺は大丈夫だからシスターはジョニーを――」

「黙ってエリック!」

私は、エリックの肩に回復魔法を使う。

(落ち着いて、冷静に、魔法はイメージだから集中して―――)

5分ほどすると、エリックが落ち着いた声で言う。

「もう痛みも引いたし、あとは自分で治せるよ。リリスはジョニーを見に行ってくれ」

「本当に大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ」

エリックの顔を見れば確かに痛みは無いようで、大丈夫そうだった。

「じゃあ、行ってくるわ」


ジョニーに謝らないと、そう思いながらジョニーの部屋へ行き、ノックをしても返事がない。ドアを開け中に入ればジョニーの荷物はなくなっていた。

ジョニーはショックで家出してしまった。そう考えた私は神父様に会いに行き、事情を伝える。しかし返ってきた答えは意外なものだった。

「家出ではありませんよ。ジョニーはちゃんと私に挨拶をして出ていきました。ご近所の信徒さんにも挨拶をすると言っていましたし、エリックとの約束で剣を手に入れたら出ていくつもりだったようですよ」

エリックとの約束―――。

『俺に一太刀いれることが出来たら卒業だ。その時は卒業の証に、このはがねの剣をやろう』

卒業・・・じゃあジョニーは?!

「年長の子が16歳になると、歳の近い子達はそれに合わせて孤児院を出ていきますが、ジョニーは他の子供達より将来について考えるのが早かった。だから大丈夫ですよ。がんばり屋さんなジョニーですからね」

神父様はそう言うけれど、私はジョニーが心配で仕方がなかった。



教会の前で冒険者ギルドがある方角を見つめる。

ジョニーが冒険者になると言い出した日も、こんなふうにジョニーを心配していた気がする。

「リリス」

そう私を呼ぶ声に振り返ればエリックがいた。

「エリック・・・ジョニーは・・・冒険者になると出て行ってしまったわ」

「そうか。でも、ジョニーなら大丈夫だな」

「本当にそう思う?」

「リリスはいつもジョニーを心配し過ぎじゃないか?ジョニーはすごい子だ・・・たった12歳で衛兵の俺に一太刀入れたんだから」

「そう・・・そうよね」

たしかに、私はいつもジョニーを心配するけれど、その心配はいつだって杞憂きゆうに終わった。

神父様もエリックもジョニーを大丈夫だと言う。だからジョニーは絶対に大丈夫。

「それよりリリス、これからは俺のことエリックって名前で呼んでくれるのか?」

「そ、それは貴方次第よ。今までずっと私のことシスターって呼ぶから・・・」

「なんだよ、それじゃあまるで俺のせいみたいじゃないか」

「そんなこと言ってないでしょ!」

そんなふうにムキになって言い合っていると可笑しくて、私とエリックは一緒に笑いだす。

私が名前を呼んでほしかったように、エリックも名前を呼んでほしかったそうだ。

そして少しだけ落ち着くと、エリックが呟いた。

「俺もジョニーに負けてられないな」

「何なのエリック。まさか冒険者さんにでもなるつもりなの?」

私がおどけて言えば「いや、衛兵の仕事を頑張ろうって話さ」とエリックは私を見つめて言った。



ジョニーがいなくなっても、エリックは毎日のように教会や孤児院に顔を出してくれた。

そうして自然に恋人になって、男女の仲になった。


マザー・ウィニーは言っていた。誰にでも運命の相手が一人はいると・・・。

そしてジョニーの言葉を思い出す。

『でもシスターはお兄さんのこと、衛兵さんって呼んでるよね。お兄さんもシスターって呼んでたし・・・変だよ!』

思えばあの後、ジョニーは急に冒険者になると言い出し、強くなる方法をいてきた。

ジョニーの周りで強くなる方法を知っている人は、衛兵さんだけだった。

考えすぎかなと思うけれど、偶然とも思えない。


もしかしたらジョニーは、お父さんとお母さんが運命の神・ファタリーノ様に頼んで遣わしてくれた、聖者様だったのかもしれない―――。

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