8話目「楽器よ唄え」

 私が弦楽弾きになった理由を語ろう。


 むかし、むかし、地球という惑星に、弦楽器という〈木〉でてきたうつわがありました。


 〈木〉とはなにかって?

 そうだね。そこから説明しないといけない。

 〈木〉とは、不思議な気高い生きものだ。昼夜問わず大気を生み出し、種というひとつの核から長い時をかけて育つ。365自転周期を1つの単位として、丸い輪をその身体に刻んで成長するんだ。

 そうして、上へ上へと伸びていく。


 そう。

 成長する。

 私も初めて知った時、不思議でならなかった。驚いて、何度も父に聞き返したものだ。

 ほんとうに上なのか、と。

 その時、父がなんて答えたかって?

 いまの私と同じだった。

 “そうなんだ。上なんだ。父さんも、何度もおじいちゃんに確かめたんだよ”と。


 その後〈木〉どうなったかって?

 そうだね。おまえは〈木〉を知らない。つまり、そういうことだ。


 ある時、地球という惑星は燃えてしまった。

 〈木〉は熱に弱くてね。何よりも先に燃えてしまった。

 そうして地球はとてつもなく長く燃え続けて、大気もいきものもすべてなくなってしまったんだ。惑星ごと。


 弦楽器は、その〈木〉から造った器なんだよ。

 溶解して成型したものではなくて、〈木〉の身体をそのまま削って造りだす。

 職人と呼ばれた手仕事の達人たちが、切り倒した〈木〉の板から手で削り出し、組み合わせて造り上げたそうだ。


 かつてどんな音がしたのかは、今度ライブラリーで探してみるといい。

 ひとの声にたとえられることが多かったそうだが、私にはそれほど似ているとは思えない。

 あれほどの音量を間近で聞いたら、うるさいばかりとしか思えないからね。


 それでも、私にも好きな音がある。

 かすかな、羽音のような音だ。ため息のような、不思議な音を奏でるんだ。

 濁った二つの音がそっと寄り添うような、歌声の余韻のような残響が重なる。不快と快感の狭間にあって、おまえが喉でたてる〈声〉にもにているかもしれない。


 しんと静まり返った地下空間そらに、その音が響いていけば、誰もが手をとめ、地下空間そらの深さと昏さにこころを震わせ、そうして一方では耳を塞いで逃げたいと思うような、そんな、やっかいな音なんだ。

 私はその音を聴きたくて、弦楽弾きになった。


 ああ、花の名を持つ愛しいおまえよ。

 今日もその音色こえをきかせておくれ。



(終)


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