5話目「点と点。」

前を見ていても、点と点とはつながらない。

後ろを振り返って、初めてつながるのだ。

だから、信じるしかない。

その点と点が、いつかつながると。

           ──S. Jobs



『乗員No.29999/30000、冷凍睡眠コールドスリープ解除します』


 遠くで声を聴いた。

 いや、聴いたような気がした。

 解凍時の全身が膨らむような違和感が去り、私は目を開いた。

「よかった!」

 知らない人間の弾けるような声。逆光の照明が眼を射た。

(誰だ)

 ぼんやりしていた意識が、薄皮を剥がすように明瞭になる。

『乗員No.29999/30000。気分はいかがですか?』

 知っている穏やかな声。この声が「おやすみなさい」と告げたのは、つい昨日のことだ。──いや、どれほど前だ、実際。

「ユピテル? ここはどこだ。到着したのか?」

「してないんだ」

 知らない声が告げる。

「今日で航天31,759日目。まだ、全航路の半分も行っていない」

 意味がわからない。


 彼はアレシュと言った。

 専門は辺境離星における開拓農業の歴史、だそうだ。

 堰を切ったように自分のことを話し続ける男を遮り、私は事情の説明を求めた。

「わたしにも分からない」

 彼は文字通り困惑して、ぽつりぽつりと語り始めた。


 彼が目覚めたのは四十二年前。バディとなった女性はすでに高齢で、乗員No.00003だと名乗った。

 初めは意味がわからなかったという。自分の持つ数字とのギャップも意図があるのだと思った。正常バイアスというやつだ、と笑った。

 女性は語った。バディであった乗員No.00004が事故で亡くなったあと、手順通り同朋フェローの蘇生を試みたが、誰ひとり成功しなかった。ユピテルのシステム自体が狂ったのか、いくら調べても原因がわからない。そうしてようやくひとりだけ、アレシュが戻った。女性が亡くなってさらに三十九年が過ぎ、アレシュは乗員No.29999/30000の私へたどり着いた。


 状況を認識するにつれ、私は失われた数字の大きさに絶句した。

 そして、まだ航天は七十一年ある。

 この船。この航路になにがあったのか。記録を細部まで再生してもわからなかった。


 アレシュは老いた子犬のようにまとわりついてくる。

 私はじきにひとりになるだろう。そうしたら手順通り、次のバディを起こさねばならない。最後の乗員No.30000/30000を。


 私は冒険と新天地を期待して、この船に乗った。

 物事に絶対はないとわかっている。

 しかし──。



(終)


 

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