4話目「ふたつめの月」

 

ひとつめの月が上り、ふたつめの月が沈む。

ひとつめの月が三度上ると、ふたつめの月は二度沈む。

ひとつめの月が四度沈むと、ふたつめの月は一度沈む。

ふたつめの月が一度上ると、ひとつめの月は何度沈むのだろう。



「くだらない問題だな」

「ことば遊びだ。ユピテルもネタが尽きたか」

 神々の王の名を模した生存維持システムは、長い星間航天のなかであらゆる役割を果たしてくれた。字義通り、わたしと彼の日々の生存を支えている。

 睡眠、食事、娯楽プレジャー。睡眠、食事、娯楽プレジャー。睡眠、食事、娯楽プレジャー

 わたしと彼。三万人の冷凍睡眠ゴールドスリーパーのなかで、ただふたり。わたしと彼だけが母星の時を刻む。

「おまえと二人で過ごすとは思わなかったぞ」

「それは俺も同じだ」

 しかし、と彼は続けた。

「おまえでよかったよ。彼女とはもう会えないが」

 自虐的に笑み、

「おまえとなら、彼女の話ができる」

 そうして彼は、彼女を語る。

 声、肉体、ことば、香り、ありとあらゆる彼女を分解し、組み立て直し、繰り返し語り続けた。忘却を恐れ、一言一句違えないように、慎重に、物語を再生していく。

「俺が彼女と初めて会ったのは、大学の研究室だった。俺は博士課程前期の二年目で、このまま大学に残るか、働くか、まだ迷っていたんだ」

「それで?」

「雷に打たれるような衝撃って、ああいうものなんだろう。彼女は学部の三年生で、研究室の見学に来ていた」

「それで、どんな感じだったんだ」

「ああ」

 彼は思い出すように遠い目をした。碧い目は初めて会った時と変わらない。

「陽が当たっていた。そこだけが輝いて見えた。彼女は白いブラウスに、青い石のネックレスをして、美しい声で笑っていた。まるで水音のような笑い声だ」

 そう、陽が当たっていた。

「俺とおまえ。あいにく彼女が愛したのは俺だった。おまえにはすまなかったよ」

 声を立てて笑う。あの頃と変わらない、からりとした夏のような声だ。

「いいや。私も愛したよ。深く、強く、」

 おまえを愛した。


『生存信号を捉えることができなくなりました。非生存者と判断します。同朋フェロー、次は誰を目覚めさせますか。リクエストがあればお願いします』

「ユピテル、乗客No.00002/30000を」

『了解しました。No.00002は、非適格者としてシステムより除外されていますが、変更オーバーライドしますか?』

「してくれ」

『了解』

 航天任務はバディシステムだ。到着地までは百三十六年と三ヶ月の航天が予定されている。数世代経てようやく目的の大地を踏む。

 彼と彼女は、最初のバディに志願した。新天地を踏むよりも、二人だけの時間と、礎になることを望んだのだ。

 そうして、私は忠実なNo.00003/30000として、どちらか残された方と過ごす約束をした。


 しかし、彼女は眠り、私は目覚めた。その理由を彼等は知らない。


 もう二度と、ひとつめの月は上らない。

 



(終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます