50,ヴェルニー公園

 大船駅で東海道線から横須賀線に乗り換えて、横須賀に着いた。


 駅としては珍しく階段のない横須賀駅の改札口を出ると、目の前には半円状の小さなバスロータリーがある。その中央部には数台のバスが乗り場に着車する時間まで待機している。横須賀駅は街のはずれに位置し、周辺の景色もこじんまりとしている。周囲は改札口から見て左に海、右に山と、横須賀線の踏切とトンネル。


 この横須賀という街、全国的には米軍の基地や海軍カレーなどで知られているけれど、実は私の大好きないくつかのアニメがこの街を舞台に描かれているので、以前から歩いてみたかった。


 部活ではただ不入斗いりやまず競技場に行くだけで街めぐりはできず、せっかく来ても「いつかゆっくり観光したいな」と願望を抱くだけだった。


 だから、きょうは念願の横須賀めぐり。しかも初デート!


 あぁ、いままで散々陰口を叩かれたり、引っ込み思案で自分のしたいことや想いを封じ込めて苦しい日々を送ってきたけれど、きょうまで生きてて良かった。


「電車、座れなかったな。ちょっと休憩するか」


 バス乗り場の前に立つ木の下で、武道くんがボソリと言った。この木は確か、鉄道会社がアニメとのコラボ企画でスタンプラリーを開催したとき、キャラクターといっしょに描かれていた木だ。


「うん! ありがとう」


 うれしい、こういう心遣い。私の脚はクタクタだけど、筋肉質な武道くんはまだ歩けるであろうに。


 横須賀線は鎌倉かまくら逗子ずし、横須賀を通る関東屈指の観光路線。古都めぐり、海水浴、御用邸のある葉山はやま、横須賀でのバケーションなどを目的にした観光客や、地元住民で混雑していて着席できなかった。早朝は最後部車両に乗れば空いているけれど、今回はタイミングが良くなかったみたい。


 横須賀駅前から南へ伸びるヴェルニー公園に、私たちは足を踏み入れた。海に面したこの公園、入ってさっそく左側には横須賀本港があり、きょうも大きな艦艇が威風堂々と停泊している。


 それを見た武道くんは「おお、かっけぇなぁ、すげぇ」などと言いながら、目を輝かせていた。


 私も見上げるほどに大きくて強そうな佇まいに、いつも圧巻される。部活帰りにここを立ち寄ったとき、同じ学校の男の子たちも興奮していた。その気持ちが、私にも少しわかる。


 園内にはフランス式の花壇や噴水があり、その周りでは数人の子どもがきゃっきゃとはしゃいでいる。


 砂浜のない海を見下ろすと、意外にも水は澄んでいた。波は穏やかどころかほとんどないけれど、手すりが壊れて転落したら、間違いなく溺れる。海は美しくて、恐ろしいもの。


 自販機で冷たい缶ココアを2つ買って、海から数メートル離れたベンチにふたりで腰を下ろした。


「ふぅ、やっと座れたね」


「あぁ、極楽だ」


 シュパッ。プルタブを起こし、ココアの缶を開けた。窒素充填してあるからか、微炭酸飲料を開栓したときのような音がした。


 武道くんは指でプルタブをなめている。指が短いからか、なかなか開けられないみたい。


「良かったらこれ、どうぞ」


 私は自分の持っている缶を、武道くんに差し出した。


「い、いい、のか?」


「うん、いいよ。同じココアだから、味は変わらないよ」


「そ、そうだな、なんだか申し訳ない」


「ううん、武道くんは力持ちだから、きっと私はこれからも頼る場面が多いと思うけど、小さいものの取り扱いなら私のほうが得意だろうから、これくらいはさせて」


「お、おおお!! ありがとう!! なんてやさしいんだ!!」


 お腹から湧き出る声。喜んでくれるのはうれしいけど、この反応は既視感がある。


 あ、沙希ちゃんだ。沙希ちゃんもよくこんなふうに喜んでくれる。


 決して私から口にするつもりはないけれど、武道くんと沙希ちゃんの思考回路の構造は似ているような気がしている。


 もしこの二人がカップルになったら……。


 うほ、うほうほうほ!


 うほーう! ほうほうほう!


 こんな具合で会話をするのかな?


 知性的にはどうかと思うけど、これはこれで楽しそう。


 うぅ、想像したら嫉妬心。


 でも沙希ちゃんは種差くんと両想いだし、私と武道くんも両想い。


 だから余計な心配は無用。


 きょうは思いっきり、デートを楽しもう。

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