第163話 守るべき寝顔と誓い

「ったく。こんなにも体を震わせちまって……。リサ、寒いんじゃないのか? もっと俺の身体を抱き締める形でくっ付けば、いつものように身体も温かくなるぞ」

「で、でも……ボクの体、冷たいでしょ? それなのに抱きついたりしたら、お兄さんが逆に風邪をひいちゃうよ」


 デュランはもっと身体をくっ付けるようにと口にしたのだが、逆にリサは遠慮気味に彼の元から身体を離そうとして、身体をじらせている。


「ふふっ。俺にそんな気遣いする必要ないさ。いいからほら、もっとこっちに!」

「あっ……んっ温かい。にゃははっ。お兄さんの体って……温かいね。なんでだろうね? どうしてこんなに温かく感じちゃうんだろ……」


 デュランは彼女がいだいている不安を打ち消すかのように、体を抱き締め温めることにした。

 それが今の自分に出来ることであり、それと同時に自分自身の不安をも打ち消そうと努力する。


「んっ? そうか? まぁさっきまで馬に乗ってきたからな。身体を動かしていたから、そのせいかもしれない」

「ううん。違うよ……そういうのじゃなくてね。身体だけじゃなく、なんていうかボクの心まで温かいっていうのかな……うん」


 リサは彼の胸に顔を埋める形で甘えていた。

 本当なら、泣き出したいはずなのに想い人である彼を前にして、そんな自分の見っとも無い姿を見せたくなかったのかもしれない。


 彼女同様、デュランだって突然のことで気が動転していた。


 それは彼女の体のことはもとより、これから先の将来がどうなってしまうのか、そして自分はそんな彼女に対してどう寄り添い支えていけば良いのかと思っていたのだ。


 だが、ここでそんな不安を口にして彼女を見捨てるわけにはいかなかった。


 彼女は想い人であり、情を交わした仲であり、そしてこれまで自分のことを支えてきてくれた存在なのだ。今度は自分が彼女のそばに寄り添い支え、その恩に報いる番なのだとデュランは思っていた。


「明日の朝、医者に行こうな?」

「……うん。その、あのね。お兄さんにお願いがあるんだけど……」

「ん? なんだ、この際だから遠慮せずに言ってみろ」

「あ、うん。その……明日はお兄さんも一緒に付いて来てくれるの?」

「当たり前だろそんなこと。なんだ、俺は行かないとでも思ってたのか?」

「うんん。そうじゃないけどね、お兄さんも色々やることがあるから、それでそれで……あっ」


 リサが言い終わるその前にデュランは強く彼女の身体を抱き締め直した。


「今の俺に……リサよりも大切なことなんてないさ」

「ふふっ。ありがとねお兄さん。なんだかボク、その言葉だけでも十分だって思えてきちゃうよ」

「ははっ。なんだ、本当は医者に行くのが怖いのか? それとも苦い薬を出されることか?」

「ぅぅ~っ。そ、そんなんじゃないもん。ただ……」

「言わなくてもちゃんとわかってるさ。さぁ、もう夜も遅いから寝るとするか。ほら、このまま部屋まで抱き抱えて行くぞ。落ちないようしっかりと俺に掴まれ」

「あっ……う、うん!」


 デュランは冗談だと口にすると、リサをお姫様抱っこで抱き抱えたまま、二階への階段をゆっくりと登っていく。彼女も抵抗することなく彼の胸元の服をぎゅっと握り締め、頭を押し付け甘えていた。


 先程リサが口にしたかったこと……それは医者に診てもらっても、目が治るかどうかが不安でたまらなかったのだ。彼女のことを抱き締めていたデュランも、そのことを十二分に理解していた。理解していたからこそ、一緒に付いて行くと口にして、彼女を安心させたのだ。


 彼女同様にデュランも医者から何を言われるのかと考えると、今から気が気ではなかった。もしこのままにしておいても、決して自然治癒することはなく、むしろ病状は悪化してしまうことだろう。最悪の場合、一生目が見えなくなる恐れもあると、医者からは告げられてしまうかもしれない。


 デュランも不安で胸が苦しくなり、押し潰される感覚を覚えたが、リサの手前それを顔に出すことは無かった。一度それが出てしまえば、リサ本人は更に不安になってしまうことを彼は何よりも恐れていたのだ。


「お兄さん、今夜も一緒に寝てくれるんでしょ?」

「ああ、もちろんだ。朝までなんて言わず、ずっとリサの隣でこうしていてやるからな。だから安心して眠ってていいぞ」

「うん♪ 約束だよ、いつまでも……ずっと…ボクの傍で……」

「……リサ? ふふっ、もう眠ったんだな。ああ、ずっと傍に居てやるさ。いつまでも……いつまでも……お前の隣でな」


 ベットの上へゆっくりと降ろされたリサは不安そうな面持ちと声でそう尋ねると、デュランは彼女の隣へと横になり再び頭ごと自らの胸へと抱き締める。リサは安心するように彼の胸へと顔を埋め、眠りについた。


「ふふっ」


 デュランはそっと抱き締めている彼女の顔を覗き込み、鼻先にかかっている髪を指先の背で持ち上げると彼女の睡眠を妨げないように、そっと彼女の左耳へとかける。すると少しだけ頬に指先が触れてしまったのか、リサは頬を指で掻いて、ちょっとだけくすぐったそうにしながらも再び眠りについた。


「むにゃむにゃ」

「ははっ。本当に子猫みたいだな、リサの寝顔は」


 彼の胸で安心しきって寝ている彼女の寝顔はとても可愛らしく、オマケに可愛らしい寝言まで聞こえていた。


(たとえこれから先の未来リサの目が見えなくなったとしても、俺はリサのことを決して見捨てない。彼女が望む限り、ずっと傍でこうやって抱き締め幸せにしていってやる。今の寝顔と同じく、彼女が毎日笑顔でいられるためならなんだってしてやる。だから今はただ安心して眠っていていいからな……リサ)


 デュランはそんな彼女の寝顔を眺めながらも改めて、この大切な女の子を自分の手で守らなければいけないと誓うのだった。

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