第六章 許されざる者 ③
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「ねえ、J。脱出してどこに行くの?」
「しっ、その話は後だ。とりあえずは、アースウィンドから抜けるだけでも事、だからな」
部屋から出なければ、幽閉状態。
正面の入り口は当然見張りがいるだろうし(おそらくは、ここまで案内してきた融通の利かなそうな一団)ベルウェール伯爵と鉢合わせしたらジ・エンド。
そこで、トイレに行くふりして間違った態を装って、先ほどメイドたちがお茶を運んできた戸口に、紅穂が向かう。
その間、どのくらい役に立つか分からないが、Jとロンが正面入り口の2枚の扉の取っ手同士を(椅子に乗って)結びつける。
ウィルは心配そうに、紅穂の後をトコトコと付いてきた。
「失礼しまーす」
恐る恐る、戸を押す。
静まり返って返事はない。
空気感も、誰もいない部屋のそれだった。
思い切って強く押すと、戸は音もなく開いた。
「誰も居ませんかー」
居ないと分かりつつ、一応声掛ける。
そこは、簡易キッチンの様だった。
窓はない。
右手のタイル張りの壁際に沿って、白い食器類の棚と、最奥に縦長の黒い箱がある。パッと見、冷蔵庫だろうか。
その手前に壁に平行に高級そうな銀色のシンク。
奥正面に出入口。
左手の壁に沿って、サービス用の銀ピカのワゴンが2台。
その奥には煙突のようなレンガ造りの柱が、天上から床まで伸びている。
レンガ造りの柱には、真ん中辺りにマンホール大の正方形の鏡が付いていて、その横に縦に数字が並んでいた。レンジだろうか?それともオーブン?
「どうだ?」
真後ろで急に話しかけられて、思わず飛び上がる。
「J!驚かさないでよ!」
「すまんな。急いでるもんでね」
そう言ってJは、紅穂の正面に回り込む。その後ろをロンがノソノソと続いた。
「出入口はあるが…」
「あそこから出るの?」
「いや、当然誰か張ってるだろう。ベルウェール伯爵は敵だ、と思った方がいい」
「じゃあどうする?窓はないよ?さっきの部屋の窓から出る?」
「ここ七階だよお」
「それは、無理」
腕組みして考え込んでる3人を尻目に、ウィルがチョコチョコと煙突状の柱に走った。
「グッキュ~。ダムエーラッキュ」
「ん?」
「何?ドラクエの呪文?あたし、全部は覚えてないよ?」
紅穂が言うと、Jが否定した。
「違う。そうか…」
Jが足早にウィルの指さす煙突に向かい、その中央、丁度紅穂の胸の高さにある出っ張りを掴んで押し下げた。
「あれ~?」
Jが出っ張りを押し下げると、鏡が下に収納され、そこにぽっかりと黒い穴が現れた。
「ああ。ダムウェーダーかよお」
ロンが感心したように言う。
「グッキュ、グッキュ」
ウィルは近くに有ったワゴンを使って穴の入り口に入るとそのまま奥に進み、見えなくなった。
「えっ?何?秘密の出入り口?」
「知らねえのかよお」
「知らない」
「これは料理を運ぶためのエレベーターだ。紅穂にはちょっと狭いかもしれないが、行けそうだ。紅穂、ロン、行こう!もう時間がない!」
「わっ、分かった」
「Jよお」
「何だ?」
「積載重量80キロまでって書いてるけどよお。紅穂大丈夫かよお?」
「なっ!失礼な!ないわよ!多分…」
「ロン、気にするな。どうせ下に行くんだ。イチかバチか壊れても構わん。ギリギリもてばいい!」
そう言ってJは乗り込む。
紅穂はロンに手を貸し、押し込むと、すでにぎゅうぎゅうの暗がりに乗り込んだ。
「紅穂。右側にあるパネルの一番下を手探りで押して、扉を閉めてくれ!」
紅穂が言われた通りすると、ガコン、と箱の中に音が響いて、真っ暗闇の箱は下に向かって降り始めた。
7
少し動くとギッ、と軋む音がするのに怯えながらも、ダムウエーターは一気に落下することなく、静かに降下し、停止した。
暗がりで誰かに太ももを突かれた。これが日常なら、痴漢だと騒ぐが、小動物相手に騒ぐ場合でもない。紅穂は、その意図を明確に察して、ダムウエーターの扉に指を引っ掻けるようにして内側から押し下げる。
眩しい光が差し込み、思わず目をしかめる。
扉が完全に開ききると、視界が徐々に回復した。
そこは、先ほどの部屋より4倍ほどは広い、白い大きなキッチンだった。
そこかしこに、調理台やコンロ、シンクや調理器具、食器がある。
しかし、無人の様だった。
無言でダムウエーターから降り立ち、ロン、Jの順に降りるのを手伝う。ウィルは、紅穂の腕にしがみついて降りた。
「よし。行くぞ」
Jが先頭に立って歩きだす。
「J大丈夫?逃げられるかな?あたしたち」
「分からん。正直五分五分、だな。空港まで行けば逃げられると思うが、そこまでが遠い」
言いながらJはすたすたと歩く。
「多分まだ見つかってないと思うがよお。あと10分もしたらばれるだろうよお」
ロンが、まったく緊張感のない口調で、裏腹なセリフを吐く。
「そうだな。だからすぐに車に乗る。そこから飛ばして空港までギリギリだな」
Jに連れられて、キッチン横の大きな部屋を抜け、その部屋の扉をそっと開けると、そこには見慣れた空間が広がっていた。最初に入ったエントランスだ。
エントランスには、受付デスクの辺りに2人。他に人影はない。エントランスの大きなガラス張りの窓と出入り口の向こうには、何台かの車が並んでいた。
「よし。まだばれていないようだ。堂々と行くぞ」
おのおの頷き、Jに続いた。
紅穂のニューバランスはともかく、他の3人の靴は革靴。どうしても音は出る。
その音で、受付の2人(共に金髪で若い)が振り向いた。
突然背後から現れた一団に、驚き、顔を見合わせる。
Jは素知らぬ顔して、片手を挙げて通り過ぎようとした。
釣られて2人共、手を挙げる。
Jは頷くと、その横を通り過ぎる。紅穂もペコリ、とお辞儀をして通り過ぎた。
「あの!お待ちください!」
後ろから声を掛けられる。
Jは2、3歩進んで立ち止まると、振り返って言った。
「何か?」
「あの、もうお帰りで?」
「いや」
「あの、ではどこに?」
「忘れ物をしたから取りに戻る。連絡が来てないのか?」
「ええ」
「それでは、その内来るから、今言ったまま伝えてくれ」
「ええっと…」
「復唱!」
「はい!連絡来ましたら、忘れ物を取りに戻ったとお伝え致します!」
「よろしい!」
そう言うと、Jは足早にエントランスの出入り口に向かった。
「すごい。なんて言うか、Jすごいね」
紅穂が感心して言う。
「いや、どこもあんなもんだよ」
Jはほんとに何でもない風情。
「だよお。みんな上が勝手に決めちまうから、どんどん自分たちで考える癖が無くなってるんだっけ」
ケケケケケッ、とロン。
外に出ると、太陽の位置は、遅い夕方のそれだった。
仰ぎ見る場所ではなく、ほぼ視線上にある。
「急ごう」
手近な車両に左から(Jが運転席、残りはスライドドアから後部座席)乗り込み、ボタン式のスターターを押す。音もなく、ハンドル正面のパネルが点灯した。
「自動運転?」
「いや、時間がない。アナログで行く」
そう言って、Jは正面のパネルを素早くタッチして、視線をちらりとバックミラーに送った。
「ばれたな」
「えっ?!」
振り返ると。受付に居た2人が、ドアにぶつからんばかりの物凄い勢いで走って来る。
「掴まれ!」
言われた通り、アシストグリップに捕まる。事故を想定していないのだろうか、シートベルトが見当たらない。
ウィルはそんな紅穂の脚にしがみつき、ロンは背もたれにコアラよろしくしがみ付いている。
車が急発進して、王宮は瞬く間に後ろに通り過ぎた。紅穂はつんのめりながら、アシストグリップに両手で掴まる。
「Jよお!」
「なんだ!スピードなら落とせんぞ!」
「違うよお!そろそろ例のボタン押していいかよお!」
「ああ。それか。全部には仕掛けてないだろうな?」
「もちろんだよお!三機残してあるよお!三機とも、俺たち以外乗れないようにウィルがプログラム書き換えたしよお!」
「分かった。あの橋を越えたら直線で空港が見える。そしたらやってくれ!」
「オッケーだよお」
「ところでロン」
「何だよお」
「王宮から煙が出ているんだが、お前何かやったか?」
「デへへへへ。さっきのキッチンに火を点けて来たよお」
「ええっ!何てことすんのよ!」
「ロン!」
「あいよお」
「よくやった」
「よく分かんなあい!」
良く分からないやり取りと、車が猛スピードで進み、右に揺れると橋に到達した。
「いやああああ!死ぬう!」
紅穂の叫びに誰も何も返さない。
「ウィルウ!」
「グッキュ」
紅穂の脚を踏み台替わりによじ登ると、ウィルが何かをロンに渡す。
ロンが受け取ったもので、胸元の階級章をいじると、今度は遠く、進行方向でドカン、と派手な音がした。
2発、3発、4発。
「ちょっ、今度はなに?!」
ドカン。5発。
左手でアシストグリップを握り閉めたまま、紅穂は思わず身を竦める。
「爆破したよお」
「爆破って!ロン達武器持ってなかったんじゃないの?」
「んだよ」
「じゃあどうやって?」
「全部仕掛けて来たんだよお。持ってるのは階級章型の起爆スイッチだけだから、チェックされても引っ掛からねえもんよお」
「ええっ?いつの間に…」
「もうすぐ着くぞ!」
紅穂の問に被せるようにJが言うと、車は空港内部、滑走路に続く道路に入った。
空港は封鎖されているかと思ったが、ゲートは開かれ、消防車らしき車がそこから滑走路へと吸い込まれていく。
飛行機が何台か燃えている。その内の一台は見覚えのある三角形の飛行機。
紅穂達の乗った車はどさくさに紛れて、滑走路内に入り込むと、右側から迂回して燃えていない飛行機の横に停車した。
停車と同時に車を降り、無傷の飛行機に乗り込む。
ハッチを閉じ、各自来た時と同じ場所に座ると、Jが飛行機を発進させた。
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