15.
今日も窓の外には雪がちらつく。中庭の枯れた藤棚も、一面、白く染まっていて物寂しい。
本当は暖房のある生徒会室がいいのに、久しぶりに会う後輩から「ちょっと漫画用にスケッチをしたいので……」とやつれた顔で弱々しく言われたので、仕方なく明け渡している。
何気なく触れた窓枠が冷たい。今週末にかけて、もっと気温は下がるらしい。
「外、寒そうだね」
ダウンにマフラーまで身につけ、完全に防寒の格好のまま、先輩も隣に立って窓の外を見ていた。
「ここでも寒いですしね、というか集中してくださいよ」
センター試験まであと二日。試験本番の日に電車止まらないように、なんて、先輩は昨日不安そうに呟いていた。
「休憩だよ。ほら」
机の上には、実技対策のノートが広がっていた。その作品はいつもより少し急ぎ気味に作られた感があって、先生とかに提出したりする用の物ではなさそうだ。だけど。
「……いつもと、ちょっと毛色が違いますね。なんだかしっとりした作品」
「うん。これね、この前友達に披露したらかなりウケが良かったんだ」
そのノートを眺めながら、不思議な感覚にとらわれていた。
いつもならノートの中へと自分の体が引きずり込まれる感覚がある。だけどこの作品は違う。逆だ。一つ一つの模様が、こちらへそっと飛び込んできて、すっと自分の中に溶け込んでいく。まるで、
「大和田くんみたいな作品でしょ」
えっ、と彼女の顔を見下ろす。
いつもより距離が近くて、俺の息の輪郭がそのまま髪の毛に触れてしまいそうだ。まばたきで動くまつ毛まで意識してしまう。
「これね、大和田くんを見ていて思いついたんだ。優しくて、真面目で、面倒見が良くて、でもどこか影を抱えていて」
ねえ、と彼女は寂しそうに微笑む。
「隠さなくていいよ。フィギュアスケート、やってたんでしょ」
「どこでそれを」
「ちょっと友達から。昔のことも、あの蓮くんって人と同じ大会に出てたことも。今はもうやめちゃって、スケートリンクでバイトしてることも」
会話が途切れると、聞こえてくる音。
合唱の声、吹奏楽の音、ミシンの音、美術室からの水道の音、外でボールが弾む音。
放課後の学校には、それぞれの努力の音が流れていて。
「知ってるなら、別にもういいですよね」
「ううん、一つ言わせて」
絵の具の匂い。肌を刺す冷たい風。先輩の、髪が揺れる。
「大和田くんは、優しいね」
彼女は前髪をかき分け直して、再び見つめてくる。
「天才の凄さとか、才能がどうかっていう怖さとか、自分のプライドが崩される辛さとか、全部知ってるのに、私には見せずに応援してくれている。私を信じてくれている」
「それは」
そんなことない。口では応援しながら、心のどこかではそんな上手くいくはずないとか思ったり、先輩の才能を疑ってしまったり。
「ううん、本当は疑ってたとしても、それが当然だよ。だって私はまだ何も結果を残していない」
だけど、と続ける。
「誰かが応援してくれている、その事実だけで私のエネルギーになる。一人じゃ絶対無理なんだよ。一人でも多くの人に応援してもらわないと、私はきっとどこかで崩れてしまう。
でも支えてくれている人には、逆に私は恩返ししたくて、夢へのエネルギーがどんどん増していく。支えてくれる大和田くんに向けてだから、こんないい作品ができたんだ。大和田くんだから、私は、この作品をプレゼントしたい」
「あ、はい、ありがとうございます……」
先輩はその部分だけを丁寧に破り取り、to大和田くん、と書いて俺に手渡してきた。恥ずかしくて、嬉しくてたまらないけれど、何か引っかかる気がした。
「大和田くん。応援するよ、目を覚まして」
手の中の紙を見つめる。応援、応援……。
まさか。
「これって、そういうことですか、先輩?」
彼女ははっきりと頷いた。後ろに束ねた髪が、いつもより前後に大きく揺れる。
「大和田くん、今から行こう」
右腕に引っ張りの力を感じる。でも勉強は、とまごつく俺に彼女は笑いかけ、
そっと机にペンを置いた。
「スケートリンク。案内して」
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